駅で男は目覚めた:

駅で男は目覚めた。そんなことは露知らず、遠い異国の地で眠りについた女がいた。女の名前はエミリー、あるいはイヴ、あるいはジャンヌ、あるいはキャロライン、あるいはネリー、あるいはノリコであった。女は美しい女だった。どの程度美しいかと問われれば、その女を見たことのない人々の、各々の想像力が「美しい女」をイメージし、そのイメージを形作り、そのイメージを一定の期間、保持するのを損なわない程度には美しかった。そして女は眠りについていたので、以降、女の美しさが損なわれていくことも、消耗していくことも、減衰していくことも永遠になかった。その美を損なおうとする何ものも、その美を損なうことなしにその美によって損なわれ、その美を消耗させようとする何ものも、その美を消耗させることなくその美によって消耗させられ、その美を減衰させようとする何ものも、その美を減衰させることなくその美によって減衰させられていた。人々の小さい腕に許されていたのは、ただその美から、人々を徐々に遠ざけることのみだった。1人の男は、女を呼ぶのではなく、女の名を呼ぶことで、女を遠ざけた。1人の男は、女を見るのではなく、女の絵画を見ることで、女を遠ざけた。1人の男は、女に触れるのではなく、女の皮膚に触れることで、女を遠ざけた。1人の男は、女の息を聞くのではなく、女の声を聞くことで、女を遠ざけた。1人の男は、女を想うのではなく、女の想い出を想うことで、女を遠ざけた。1人の男は、女を知るのではなく、女の知を知ることで、女を遠ざけた。1人の男は、女を遠ざけるのではなく、女から遠ざかることで、女を遠ざけた。女は眠りにつきながら、男たちの枕元で、つまりは男たちの人生から最も遠い場所で、歌のようなお喋りを続けている。「あたしはあたしのことをあたしが呼ぶよりも快く呼ぶあなたを待っていたわ。あたしはあたしのことをあたしが見るよりもよく見るあなたを待っていたわ。あたしはあたしのことをあたしが触れるよりも優しく触れるあなたを待っていたわ。あたしはあたしのことをあたしが聞くよりもうまく聞くあなたを待っていたわ。あたしはあたしのことをあたしが想うよりも深く想うあなたを待っていたわ。あたしはあたしのことをあたしが知るよりも多く知るあなたを待っていたわ。あたしはあたしのことをあたしが遠ざけるよりも、もっと遠ざけるあなたを待っていたわ。あなたの遠くで、今も待っているわ――」。そんな囀りをいくら繰り返したところで、男たちは鏡の中の女を愛することはしないのに、女の眠りを知らないままに、駅で男は目覚めていくのだった。


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