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歌うたい

今日の出番は3番目。
2番目に出ていたあの子。可愛いな。綺麗な髪色にツインテール。赤いルージュに白のニーハイと厚底サンダル。ギターの装飾がライトに照らされてキラキラしてた。
お揃いのグッズをもったファンからの声援に囲まれて楽しそうだった。事前に用意されていたアンコールにも掛け声がかかり、演奏時間が5分延びた。

「ごめん。少し巻き気味でおねがいね。」ライブハウスのマスターが申し訳なさそうに耳打ちする声に私は小さく「はい」と答えた。
私の出番に切り替わるBGMと共に、その熱は一瞬で遠のいて、その子の後を移動していった。

水を打ったように静まり返るステージで、私はギターとかき鳴らし唄う。スマホに目を落とし煙草を吸う人、お代わりのジントニックを片手に談笑に花が咲く人、トイレにいったまま帰らない人。1曲終わるごとに半強制的なマスターの大げさな拍手を合図に、送られる曇った手打ちの音。それは決して拍手ではなかった。ただ手が衝突した時に出る雑音。

「ありがとうございました。」
もう二度と会うことはない耳と横顔に向かって私は頭を下げる。

夜中までかかって書いた手描きのフライヤーとCDは綺麗に並べられたまま、一度も人の体温に触れることなく取り残されていた。

届かない。誰の胸にも。

何が足りないのだろう。
あの子と何が違うのだろう。

ううん、たまたまだよ。
きっと誰かが振り返る。

ナワバリや警察の目をかすめて私は路上に出る。

道行く人のイヤホンから聴こえるであろう、その人にとっての愛しき歌に支配されている人々の横で私は唱う。

その足を止める事も出来ず、お前の声なんてノイズと変わらないという横眼に刺されながら。

ギターケースのベルトが重くのしかかる。
ライブ中の緊張で踏みしめた足が痛み、余計にその重さを感じて。

ライブ衣装のままでコンビニに入る。
見てみぬふりが充填する。
目も合わさない店員の手から肉まんを受け取り誰も待つことがない玄関の扉を開けた。

CDが入った段ボールの山にもたれて、その1枚を取り出す。

水で屈折異常を起こした瞳の先には、加工修正した鼻筋がピカソのようにねじ曲がった今の私の素顔を映し出す。

なんだこのアヒル口。
汚いんだよ、結局さ。みんな汚れてる。私も。何が元気ですかだ。何が景気よくだ。何がありがとうだ。何が期待だ。ウォータープルーフって言ったくせにめっちゃ落ちるじゃんこのマスカラふざけんな。

どうせみんな来やしない。
どうせみんな聴きやしない。
でも見とけ。
後で売れてから見に来たって覚えてなんかやらない。

かすれた声で泣いた。

私は
なぜ歌うたいを選んだのだろう。

(歌うたい-Fin-)

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