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育休中のリスキリング「後押し」との首相答弁の問題について

1月27日の国会で、岸田文雄首相は「異次元の少子化対策」の1つとして育児休業中の人らのリスキリングを後押しすると答弁されました。これに対し、世論や識者等から大きな批判が集まっています。

2022年の流行語大賞にノミネートされた「リスキリング」とは、経済産業省の定義に従えば「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」となります。

「デジタル化による労働の自動化」、「経済環境のグローバル化」、「労働市場の少子高齢化」による産業構造のメガトレンドや、COVID‐19による景気の落ち込みにより、旧来型の日本型人材マネジメントモデルはエコシステムとしての抜本的な変化を迫られており、ジョブ型雇用化への積極的取組は国または個別企業の重要課題となっています。

ジョブ型雇用を導入するためには、これまで日本型雇用システムの中で許容されてきた中高齢を中心とする「ジョブ」と「報酬」のアンマッチ問題(担うジョブ価値よりも高い報酬を得ている者の雇用問題)の対策が急務であり、その為には仕事を失う危険性が高い社員に対して、デジタル技術など今後需要が高まるスキル教育を実施し、新たなキャリア形成を支援する事が効果的だとされています。
即ち、我が国で用いられる「リスキリング」の意味は、人材価値の更なる向上ではなく、ジョブ型雇用化による失職者抑制(雇用の維持)、給与カット抑制の文脈で用いられているのが主流であり、少なくとも有識者の間ではポジティブなワードだとは受け止められていません。

これに対し、社員が労働市場において需要の高いスキルを習得する機会を提供し、良い条件で新しい仕事を始められる可能性を高めるための学習支援を「アウトスキリング」と呼びます。
アウトスキリングが奏功した場合には、外部ステークホルダーの評判を維持しつつ、流出した社員とも良好な関係を継続することが出来るメリットが期待されています。他社でも通用するスキルの獲得を支援してくれる会社として企業価値が向上し、ジョブ型雇用による雇用流動下では人材獲得面も期待できるでしょう。

首相の答弁は、自民党の大家議員からの「産休・育休中のリスキリングによって、一定のスキルを身につけたり、学位を取ったりする人々を支援できれば、子育てによるキャリアの停滞を最小限にし、逆にキャリアアップが可能になることも考えられる」、「リスキリングと産休・育休を結びつける企業を国が支援すれば、親が元気と勇気を貰い、子育てにも仕事にも前向きになれる」との提案を受けてのものであり、この文脈を上述のリスキリングと捉えても、アウトスキリングと捉えても無理が生じ、批判されるのは必至だったのではないでしょうか。

共通認識として社会にポジティブに定義づけられていない言葉を安易に用いるのではなく、単純に、「オンライン学習の進歩により育休中に意欲的に学びたい者がいるのであれば、それを国としても積極的に支援していく」程度の答弁に留めておけばここまで批判されることもなく、「異次元」の少子化対策という言葉に引っ張られた軽い答弁が為されてしまったのかなというのが私見です。

  〔三浦 裕樹〕

Ⓒ Yodogawa Labor Management Society


社会保険労務士法人 淀川労務協会




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