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美味しい豚足を食べたはず

神戸の阪急三宮駅にはいわゆる高架下商店街があって、西隣の駅まで店が並んでいた。
過去形で書いたが、おそらく今もあるはずだ。
高架下は雑多な場所で、若者向けに流行りの服を売っている店の隣で、マニアックな中古カメラが売られていた。
その中の古い中華料理屋に子供の頃よく連れられて行った。
横浜の中華街の、一本入った裏通りにある小さな個人店を想像してもらえれば、雰囲気は当たっていると思う。
横浜と同じく港町として発展した神戸には、中国系を含め外国人が昔から多かった。
実際、神戸にも南京町というこじんまりとした中華街がある。
その店も中国系の方が経営していたと思う。
行くと必ず豚足を食べた。
薄い青緑色をしたプラスチックの皿に、煮込まれた豚足が山盛りにされて出てくる。
カウンターの向かいにお座敷があって、四人用のテーブルが二つか三つ置かれていた。
子供連れだったからか、カウンターではなく必ず座敷席に案内された。
父親は瓶ビールを注文し、自分は豚足を食べさせられる。
他に何のメニューがあったか、全く思い出せない。

十数年前にその店を訪れると、おそらくその店は存在していた。
場所もうろ覚えだし店名も分からない。
記憶をたどって高架下を往復し、多分ここだろうという場所に、ひょっとするとこれかなと思わせる古い中華料理屋があったので、そこだと決めただけだ。
店内に入って豚足を食べればもう少し確信を持てたかもしれないが、残念ながら休みだった。
店には学会の帰りに行った。
真冬に行われるその学会はいつも寒かった。
特に、多くの演題が出されるポスター会場は、展示に広い空間が必要なのでより寒かった。
倉庫のように広い展示場は天井が高く、暖房があっても行き渡らない。
屋内にもかかわらず上着をつけたままで、底冷えのする会場を見て回る。
歩き回ったり議論が盛り上がったりするうちに体が温まることもあるが、その日は興味を持てる演題が少なく、早々に見切りをつけて寒さを引きずったまま会場を後にした。
会場を出るとすでに日は沈んでいた。
人は多いのに、気温と薄暗さが物悲しい気分にさせる。
電車に乗って三宮駅まで戻り、中華料理屋を探すべく高架下の狭い通路を歩いた。
営業中の店舗から漏れ出す光が通路を照らし、視線の先に見える高架下の出口はより一層暗かった。
目的の中華料理屋の店内に灯りはついておらず、通路から差し込む光に薄く照らされていた。
日中に訪れてもどことなく暗い店で、豚足は柔らかく、座敷の畳と座布団はすり減っていた。
隣に座る親がいつも、美味しいね、と言うので、頷きながら食べていた。
確かに豚足は、子供の自分でも食べられるほど癖がなく、ゼラチン質が美味しかった。
自分の記憶の中の味ではそうなっている。
しかし、親の「美味しいね」という言葉が刷り込まれているだけかもしれない。
結局、今でもどちらか分からないままだ。

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