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言っとくけど、ほとんど失敗するからね

宇宙には、ダークマターとかダークエネルギーがあって、しかもそれが大部分を占めているらしい。
存在する物質やエネルギーの多くはその性質が解明されていないということでよいのだろうか。
物理学者や天文学者が長い時間をかけて解き明かしてきた、我々の身の回りにある物質やエネルギーは宇宙の一部にしかすぎなくて、まだまだ未知の領域が広がっている。

ボスを倒したら別の世界に飛ばされて裏ボスが出てくる、みたいなこの手の話は、科学の世界ではむしろ王道というか、ベタな展開だ。
生命科学で一例を挙げるなら、ジャンクDNAを真っ先に思い出す。
ワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を解き明かし、遺伝情報の本体は核酸配列であることが分かった。
つまり、ゲノムDNAには遺伝子情報が蓄えられていれば良くて、それ以外の配列は意味の無い「ジャンク品」だと最初は考えられていた。
ヒトのゲノムDNAは30億塩基対、つまりA, T, G, Cの4種類の核酸が30億個ほど数珠つなぎになっているが、この30億個のうちほんの数%にしか遺伝子の情報は記録されていない。

簡単に言うと、遺伝子はタンパク質の設計図で、DNA配列からタンパク質が作られるメカニズムは「セントラルドグマ」と呼ばれている。
DNA配列によってアミノ酸の種類が指定されていて、その通りにアミノ酸をつなげていくと、あるタンパク質になる。
しかし、設計図としてのDNAは細胞の中にひとつ、あるいはふたつしかないので、作業効率が悪い。
だから最初に、遺伝子情報の蓄えられたDNA配列から、RNAのコピーが作られる。
RNAはDNAとよく似た分子で、コピー機でコピーするように同じ配列のRNA鎖が大量に生産され、このコピーをもとにタンパク質が作られる。

だから、RNAは一時的に設計図をコピーするための存在と考えられていた。
しかしその後、色々な場面において、RNA分子それ自体が細胞の中で大切な機能を持つことが明らかになる。
思っていたより多くの種類のRNAが見つかり、「RNAワールド」という言葉が生まれた。
大きな研究分野がひとつ誕生し、科学が解明していたRNAの世界はほんの一部にしかすぎないことが分かった。

経験の豊かな研究者ならば、こういった例をいくつも体験しているはずだ。
それにも関わらず、意味がないと言われている存在を調べる研究者はそう多くない。
これは何も特別に保守的だということではなく、単にハイリスクすぎるからだ。
まず、これまでにほとんど手がかりとなるデータがないのは、そもそも十分に解析する手段がないからかもしれない。
自分の思いつくような実験は、世界中で何百人もの研究者がこれまでに思いついているはずなので、それでもデータが世に出て来ないのは、実験がうまくいかなかったのだろう。
もっと技術が進歩して、今までに調べられなかったことを解析できるようになってから取り組んだ方がいい課題かもしれない。

その先に広大な世界が存在するかもしれない「無価値な存在」を、見識や経験、センスにあふれる優秀な研究者たちが遠巻きに眺めながら通り過ぎていく。
きっと彼らも、何十年後かには解明されると考えている。
けれど状況証拠から、「今やるべきではない」と判断しているのだと思う。
そういうことに触れる時、「ジャンクDNAと呼ばれており、機能はよく分かっておりません」とか、「これまでのところ機能があるというエビデンスは出ていません」などと、完全には可能性を否定しない婉曲的な言い回しをする。
ある種の味わいや、微妙な距離の取り方を感じられなくもない。

逆に言えば、注目されない現象や方法を長い時間かけて突き詰め大きな発見をした人は、本当に偉大だと思う。
たとえそうした大いなる志を抱いた人間のほとんど全てが、何ひとつ報われずに撤退していったのだとしても。

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