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リルケの詩「メリーゴーランド」―そしてときおり白い象

リルケの詩「メリーゴーランド(Das Karussell)」を訳してみた(★1)。

難解なものが多いリルケの詩の中でも例外的にわかりやすく、朗読会でも聴衆に好評を得ていた詩だ。

ヨジロー訳

  メリーゴーランド

      リュクサンブール公園

屋根とその影とともに
しばしめぐりめぐる
色とりどりの馬の群
すべてはいずれ忘れられる
メルヘンの国の生まれ
馬車につながれた馬もいるが
みんな勇ましい顔つき
怒った赤いライオンがともに歩み
そしてときおり白い象

鹿さえ 森での姿そのままに
ただ鞍をのせ 上には
ベルトでとめられた青い服の女の子

ライオンにまたがっているのは白い服の少年
汗ばんだ小さな手でしがみつく
ライオンが牙をむきだし
舌をのぞかせているから

そしてときおり白い象

馬に乗ってみんな通りすぎる
木馬にはもう似つかわしくない
明るい髪の少女たちもまた
揺られながら
どこかかなたを見やって――

そしてときおり白い象

過ぎ去り 終わりを急ぎ
ただまわりめぐる 目的もなく
かすめ去る赤 緑 灰色
小さな幼い横顔――
ときどき送られるほほえみ
この息もつかせぬ盲目のたわむれについやされる
まぶしい 至福のほほえみ……

語句の説明

いずれ忘れられるメルヘンの国――直訳は、「長らくためらった末に沈んでいく国」である。子供の想像力が生み出すメルヘンの世界、子供たちが馬や鹿やライオンや象とともに暮らしている世界のこと。大人になると失われていく世界である。直訳ではわかりにくいので、「メルヘン」の語を補った。

この息もつかせぬ盲目のたわむれ――メリーゴーランドのこと。「盲目の」とあるのは、4行上にある「目的もなく」と関連。

盲目のたわむれについやされる(……)ほほえみ――メリーゴーランドに乗ることで子供たちが幾度もほほえみを浮かべることを「ついやす」と表現している。

解説

メリーゴーランドに乗っている子供たちや少し大きくなった少女たちの姿を映し出している。

「そしてときおり白い象」という1行を繰り返すことで、回っている感じを出している。この象には誰も乗っていないようだ。

詩人は外からこの回転木馬を見ている。ずっと描写が続くが、最後の「まぶしい 至福のほほえみ」で、詩人がどのようなこの思いでメリーゴーランドの小世界を見ているのかがわかる。子供たちが「ほほえみ」を投げかけてくるが、詩人もまた「至福のほほえみ」を向けているはずだ。

この詩について

わかりやすく、ロマンチックな詩なので、『新詩集』以前の詩かと思っていたが、書かれたのは、1906年6月だ。場所はパリ。『新詩集』に収められた「事物詩」(★2)だ。

明るく、夢幻的な雰囲気がある。メリーゴーランドを美しく捉えていると思う。ただ、メリーゴーランドに幼年時代の幸福を見て取るのはごく一般的なことなので、あまりリルケらしさが出ていないとも言える。

しかし、リルケの不幸な幼年時代を思うと(★3)、少し複雑な気持になる。リルケがこの「メリーゴーランド」の世界によって、自分が得られなかった幸福な幼年時代を補償しようとしているようにも思えるからだ。

メリーゴーランドの周りには、普通、親たちがいる。笑いかける子供たちに笑顔を返し、手を振ったりする。子供が幼い場合には、一緒に木馬に乗ることもある。

しかし、この詩では親の姿はまったく描かれていない。幸せな小世界を創出するために木馬や子供たちだけに焦点を絞ったのかもしれないが、ちょっと気になる。

★1:訳出に当たっては、ゲールツ『ドイツ文学の歴史』548-549頁を参考にした。

★2:「リルケの詩『豹』―まなざしは疲れ」を参照のこと。

★3:特に母親との関係。母親は早死にした長女の代わりに、リルケを5歳まで女の子として育てた。富士川英郎は次のように書いている。

(引用者補足:リルケは)さまざまなひとに与えた手紙のなかなどで、この母親についてほとんど憎悪をこめた言葉で語っているが、ある意味では詩人リルケの生涯はこの母親の影響からの懸命な脱出のための努力の生涯であったと言うことができるのである。だが、この脱出がどんなに困難なものであったかは、1915年10月14日、そのときすでに40歳になっていたリルケがなお、

  ああ 悲しいことだ 母が私を打ちこわ
  私は私の石を一つびとつ積みかさね
  すでに偉大な日がその周りをめぐっている一軒の家のように ひとりで建っていた
  それだのに いま母が来て この私を打ち毀す。

というように歌っていることからも知られるだろう。(『新潮世界文学32 リルケ』755頁)

リルケが8歳の頃に両親は別居した。

参考文献

高安国世訳『リルケ詩集』岩波文庫、2010
富岡近雄訳・解説・注『新訳リルケ詩集』郁文堂、2003
富士川英郎ほか訳『新潮世界文学32 リルケ』新潮社、1971
ハンス・ユルゲン・ゲールツ『ドイツ文学の歴史』ワイマル友の会訳、朝日出版社、1978

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