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私は私。アナタはアナタ。


☆教えてくれませんか。

〔普通〕ってなんですか?

多数決で、多い方が〔普通〕という事になるのですか。

では、少ない方は、なんて呼ぶのですか。


☆教えてくれませんか。

〔個性〕ってなんですか?


やはり多数決で決まるのですか。

これだけたくさんの人間がいるのに、

やはり多数決で多い方が個性的、という事ですか?


ならば、少数派の人のことは、なんて呼べばいいのですか。

その人たちには〔個性〕は無いという事になるのでしょうか。


         ✨☘️✨



この薔薇の名前は、なんて云ったかな。

植物園の係りの人に、さっき訊いたばかりなのにもう忘れてしまった。

けれど咲くのは5月だと訊いた。

私は黄色い花が大好きだ。

元気をくれる色だから。ビタミンカラーと呼ぶらしいね。


来年の5月にも、また綺麗に咲いてるところを見たい。

でも、それは叶わないけれど……。


「真理、真理、そろそろバスが来るよ」

「はーい、いま行くよー」

「ほらぁ、真理が遅いから、こんなに行列が出来ちゃったじゃない。座れるかどうか、微妙だよ」

「ごめん、ごめん、あんまり花が綺麗だったから、写真を何枚も撮ってたんだ」


友達の由紀は、かなりの不満顔だ。

駅に着いたら、甘いものでもご馳走しなきゃだな。

私はそう思っていた。


「あ、バスが来たよ」

「とにかく間に合って良かった。次のバスまで、1時間もあるんだから」

私と由紀は、前から14、5番目に並んでいる。


駅までは、ざっと1時間半はかかる。

それもかなりの細い道を通るので、実際にはもっとかかると思う。

立ちっぱなしは、結構シンドイものがある。


やっとバスのステップまで来た。

空席はあるだろうか。

パスモで料金を払いながら、席を探す。


「あった!」由紀が云った。

1番後ろの席なら2人共座れることが分かった。

やれやれと、思いながら後ろの席に座った。


「良かったね、由紀」

「ホントだわ。私たちは守られているのね」

「そっかー、感謝しないと」

特別に信仰しているわけではない。

けれど私は、常に何かに守られている気がしている。

それは、由紀も同じように思っているみたいだった。


特別な能力があるわけでもないのに、不思議と、そう思う。

もしかしたら、祖母がかなり、ご先祖様の供養をしているのを、毎日見て育ったからかもしれない。


静かなので、隣りを見ると、由紀が寝息をたてている。

「広い植物園だったから、由紀も疲れたんだろうな」

彼女の寝顔を見ながら、私はそう思った。


私と由紀は、中学からの同級生だ。

私たちの学校は、中高一貫の学校だったから、6年間は一緒だったことになる。


大学からは違ったけれど、今でもたまに会って出かけたり、食事に行ったりしている。

由紀は、年内に会社の人と結婚する。

20代ギリギリの滑り込みに、私は笑ってしまった。


それを見て、由紀は唇を尖らせながら、

「別に20代にこだわったつもりじゃないからね」

と、必ずそう云うのだった。


どっちでもいいのだ、由紀さえ幸せになるなら、年齢など、どうでもいい。

私はそう思っている。


      ✨☘️✨


私は私で、年明けから海外で生活する予定だ。


期間は決めてない。もしかしたら、そのまま住むかもしれない。特別な理由はなかった。

もちろん語学力は身に付けたいけれど。


《嘘つき。》

《理由ならあるじゃない》



嘘なんかついてない!

嘘……なんか……


「ん、真理?泣いてるの?どうかした?」

由紀が目を覚ました。

「うんん、泣いてないよ。あくびをしただけ」

「なんだ、びっくりした」

「ごめん、まだ駅に着くまで時間があるから、寝てても大丈夫だよ」


「なんか、悪いね、自分ばっかり寝ちゃって。植物園でかなり歩き回って疲れたみたいなの」

「悪くなんてないから。着いたら起こすね」

「ありがとう。では遠慮なく」


         ✨☘️✨


私は窓の外を見ていた。

太陽が傾き始めている。

私は道行く人たちを、ボンヤリ見ていた。


親子連れで買い物に行く人。

友達同士で笑いながら歩いているグループ。

手を繋ぎながら、ゆっくり会話しているカップル。


ーーー🎇ーーーー🎆ーーーー🎇ーー


『真理、あなた本当に彼氏はいないの?』

『いないよ』

『そんなに落ち着いてる歳じゃないのよ、あなたは。30になるの分かってるの?』

『自分の年齢くらい分かってるよ』


『だったら、もっとーーーーーーー』

あ〜あ、始まった。母からの早く結婚しろばなし。

親という人たちは、どうして子供の意思に任せてくれないんだろう。

娘の先行きが心配なのは、分からなくもない。

けれど、私はたぶん一生、結婚は出来ない。こんなことを、お母さんに話したら、間違いなくこう云うと思う。

[真理、あなたレズなの?]

ってね。


ねぇお母さん、〈セクシャルマイノリティ〉って知ってる?

大抵の人は知らないもの、無理よね。

レズビアンも、この言葉の中にはいってるわ。ホモの人やゲイの人も。


でもね、ほとんど知られていないタイプの人もいるの。


私は……やっぱりいいや。

云いたくないから、云わない。


とにかく、たくさんはいないんだって。

でね、それが私の、

〈セクシャルマイノリティ〉なの。


ーーー🎇ーーーー🎆ーーーー🎇ーー


金曜の夜に、由紀から電話があった。

「もしもし、真理?明日は何か予定はある?」

「今のところ無いけど」

「あ、良かった〜。あのね真理さえ良ければ、私に付き合って欲しいの」


「いいけど、どこに行くわけ」

「ウエディングドレスの試着。今はまだ仮縫いの段階なのね、それを一回試着してみるのよ」


「えー!由紀、ウエディングドレスをつくってるの?レンタルじゃなくて?」

「そうなのよ。私はレンタルのつもりだったのに、里崎さんが、せっかくだから作りなよって」


「由紀の未来のご主人は、太っ腹だわ」

「私はもったいない、って思うんだけどねぇ」

「分かった、行くよ。時間はどうする」

「真理には、付き合ってもらうわけだから、ランチを奢らせて。11時に赤坂見附はどう?」


「いいよ」

「ありがとう、じゃあ明日ね、おやすみ真理」

「おやすみ由紀」


翌日、私は赤坂見附駅を出たところにいた。

由紀は時間ぴったりに階段を駆け上ってきた。

「私、遅れた?」

由紀は、ハアハア息をしながら訊いたので、私は笑いながら「遅れてないよ、ぴったり」

「ハア〜良かった〜」

「由紀、大丈夫?どこかでお茶でもしよう」

「え、だってランチは」


「それはウエディングドレスの後でいいよ。赤坂は高いし、移動しよう」

「真理ありがとう。じゃあ早速だけど、道路を渡ったところにある、あそこの珈琲店でもいいかな?」


「もちろん、専門店なら美味しい珈琲が飲めそう」


こうして由紀と私は、お店の扉を開けた。

珈琲の、いい香りが漂ってきた。

店内は照明を落としているので、薄暗い。

小さな音量で、クラッシックが流れいる。


落ち着くなぁ

私はそう思った。


由紀も私もブレンドを注文した。

運ばれてきた珈琲を、私も由紀も黙って飲んだ。


由紀は静かにカップを置いた。

「真理、本当に外国に行くの?」

「うん、行くよ」


「嫌に、なった?日本に居るのが。だから出て行くの?」


「それも、ある。というか、理由はそれだな」

「そうなんだ。私なんかが分からない辛さが真理にはあるものね。外へ出て行きたい気持ちなるのも当然かもしれないね」


そう云って由紀はため息をついた。

「こらこら、これから花嫁さんになる人が、ため息なんてついたらだめだよ」

「だって、寂しいもの。真理が居なくなったら」


「ありがとう。私だって寂しいよ。ずっと一緒にいてくれたからね由紀は」

由紀は泣きそうな顔になっている。


「泣かないで由紀。大丈夫よ、これからは里崎さんが、傍にいてくれるし、ね?」

「彼と真理じゃ違うもの」

「そんなこと云わないの。そろそろドレスを試着しに行こう」


由紀は、黙った頷いた。


       ✨☘️✨


仮縫いのドレスだったが、既に綺麗だった。

由紀にとても似合ってる。

試着を終えて、私たちは渋谷に出た。


相変わらずの人混みだ。

でも、赤坂と違って安いお店がたくさんある。

二人共かなりの空腹だった。

全てが美味しそうに見える。


ウロウロ歩いて、私たちは【牛タン】のお店に入った。

ここはチェーン店の割には、牛タンがとても美味しい。

私も由紀も牛タンが好きなのだ。


二人して、黙々と食べ、会話の無いまま完食した。

そして私と由紀は、駅で分かれた。

由紀は里崎さんのマンションに行くと云っていた。


私は何も予定がないので、そのまま帰路に着いた。

部屋に入って、私はベッドに仰向けになり、一冊の本を見ていた。


私が行こうとしているのは、北欧だった。

それも北極圏にあるラップランドという土地に行きたいと思っている。


もちろん極寒に地だ。

けれど私は昔から、何故かラップランドに憧れてを抱いていた。


見渡す限りの雪。

夜は天空を覆う、緑がかったオーロラを眺め、

オオカミのとう吠えに耳を傾ける。

ずっと憧れていた、そんな生活に。


私には、忘れられない光景があった。

それはテレビを観ていた時だ。

日本のあるタレントが、ラップランドを訪れていた。


人々は歓迎の意味も込めて、野外でトナカイの肉を使った料理をしていた。

薪を燃やし、その上に鍋を置いて、グツグツ煮込んでいた。


そのうち、鍋いっぱいに肉のアクがひろがった。

タレントの男性は、すくい取ろうとした。

すると、住民は、「それは、旨味だから取ってはいけない」

そう告げた。


タレントは、露骨に嫌そうな表情を見せた。

料理が出来上がり、住民は器に、よく煮込まれたトナカイの肉とスープをよそい、タレントの男性に渡した。


タレントは、仕方なさそうにスプーンで、肉とスープを口に入れた。

とたんに、顔が強張った。


少し時間が経ち、タレントは、

「ここでは、アクではなく、旨味なのですね」

と、ようやくコメントをしたのだ。


私はずっと観ていたけれど、タレントに頭にきて仕方がなかった。

その土地の食文化を、露骨に拒むような顔。

嫌そうに食べる表情。

それら、一つ一つが、気に入らなかった。


もし、日本に来た外国人が、生の魚を食べている私たちを、あのような顔で見られたら、私ならショックだ。


ラップランドの住民の人たちに、申し訳ない気待ちで、いっぱいになった。


私が同じ料理を、振る舞われたら、もし口に合わなくても、あんな顔だけはしないと決めている。


       ✨☘️✨


そして、由紀の結婚式当日になった。

真っ青な空だった。

由紀の希望で、今日のクリスマスに式を挙げる事になっていた。


師走の寒さは感じない。

風もない、穏やかな天気になった。

教会の扉が開き、里崎さんの腕に手を回した由紀が、ウエディングドレス姿で皆んなの前に出てきた。


「わ〜由紀ちゃん、綺麗ねぇ」

女性たちは、ウットリとした目で由紀を見ていた。

階段を降りてくる二人に、皆んなは紙吹雪を浴びせた。


「由紀、おめでとう。綺麗だよ」

私は呟いた。感激して涙が流れた。

中学1年の時の由紀を思い出していた。


そして、由紀が後ろを向いた。

ブーケトスだ。

私は自分には関係ないと思い、スッと女性たちから離れた。

みんなの心臓の音が聞こえてきそうだ。

今か今かと、待ち構えている。


すると、由紀はくるりと向きを変えた。

背中ではなく、正面を向いたのだ。

集まった人々は、ザワザワしている。


私も、驚いた。

すると、由紀は歩き出した。

そして、私の前に立ち止まり、

「はい、真理。次は貴女の番よ」

そういうと、私の手に、ブーケを握らせた。


私は呆気に取られていたが、ハッとして、

慌てて由紀に

「由紀、私は結婚は」

そう、言いかけた時、一人の男性が私に近づいてきた。


そして、丁寧にお辞儀をした。

顔を上げると、男性は、

「初めまして。僕は杉田智也といいます。奥宮真理さん、良かったら僕と付き合ってください」

そう云ったのだ。

私は焦って由紀を見た。


由紀は、笑顔で私を見ていた。

そして、うんうんと、何度も頷くのだ。


私は自分を落ち着けて、ゆっくり話したい。

「杉田さん、お気持ちは嬉しいのですが、私は」

「知っています。由紀さんからお聞きしました。だからこそ僕は、貴女といい関係が築けると思いました」


「……あ、の」

「アセクシュアル、ですね?恋愛感情も性的な感情も持たない」


私は黙っていた。


「貴女は、たぶん、辛い経験をなさったことと思います。アセクシュアルの人間は、恋愛感情を持たない、それがイコール、冷たい人間である、そう思われることが多いですね」

私は下を向いていた。

その通りだから。

過去に私に告白してくれた男性も数名、いたのだ。

けれど、自分のことを、正直に話すと、彼等はみんな、急に態度が変わった。


そして、決まってこういうのだ。

「人を愛せないなんて、冷たいんだね」


違うのに……。

恋愛感情は無いけれど、友情や、家族を愛することは普通に出来る。


けれど、このことを理解してくれた男性は、いなかった。

だから、私はもう諦めたのだ。


杉田さんは、黙って私を見つめながら、

「分かるんです。僕も同じですから」

「えっ!じゃあ」

「はい、僕もアセクシュアルなんです」


        ✨☘️✨


あの日から半年が経とうとしている。

私は杉田さんと、お付き合いしている。

心から、伸び伸びと出来るなんて、初めてだった。


私はまだ、ラップランドに行っていない。

でも、必ず行こうと決めている。

そのことは、杉田さんにも話した。


杉田さんは、興味深そうに、尋ねた。

「僕もご一緒してもいいですか?」

「もちろんです!一緒に行きましょう」

私は答える。


そうだ。あの植物園の黄色い薔薇。

もうすぐ6月になるけど、間に合うかな。

見に行きたい。杉田さんを誘ってみよう。


そんなわけで、今年も薔薇に会えることになった。

明後日の土曜日が、私は今から待ちきれずにいる。

        (完)


















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