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使用者の政治活動に従業員を参加させてもいいの?

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 もう15年くらい前のことですが、ニューヨークのロースクールに留学していました。

 ハワイやグアムに行ったことはあったもののアメリカ本土に渡るのは初めてでしたし、それまで外国人と接したこともなかったので、不安いっぱい、アメリカにいる間も戸惑うことばかりでした。

 しかし、1年半の留学を終えて帰国して来た時には、今度は日本人の雰囲気に戸惑いました。

 アメリカでは誰も人のことを気にしていないというか、いちいち見ていないのですが、日本では町を歩いていても、みんながみんなの行動を気にしているような雰囲気を感じたのです。

 空間の狭さでそう感じたのか、生まれ育った国にいるという安心感からそのように感じたのかわかりませんが、「あぁ、これが単一民族の国ということなのか」と漠然と思ったものです。

 でも、日本には韓国籍や中国籍の人がたくさん生活しておられますから、本当は“単一民族の国”ではないんですよね。

 そして、日本は単一民族国家だという思いを強く持っている人は、違う国籍の人を排除しようとしてしまうのでしょうか。

 しかし、いろんな人種が混じり合っているアメリカでは、日本よりも激しい人種差別の歴史がありますから、単一民族の意識があるかどうかはあまり関係がないのかもしれません。

 人種差別の問題は、私がここで簡単に分析できる問題ではないので、あまり深く足を踏み入れることはしませんが、アメリカでも日本でも人種による差別があることは確かです。

 会社内で人種による差別が行われることがあることもあります。

 最近では、DHCの会長が過激な人種差別発言をして撤回しない、という騒動がありましたが、DHCの従業員たちや取引先や顧客や株主などのステークホルダーたちはどんな思いでいたのでしょうね。

 今日は、使用者による人種差別が問題となった裁判例を紹介します。

フジ住宅事件(大阪地方裁判所堺支部令和2年7月2日判決)

 韓国籍の原告は、分譲住宅、住宅流通等の事業を営む被告会社に、期間2か月の自動更新の有期契約で雇用されていました。

 原告は、以下の3点を主張し、(1)被告会社の代表取締役である被告会長に対しては、不法行為(民法709条)に基づいて、(2)被告会社に対しては、会社法350条、労働契約の債務不履行又は不法行為(民法709条)に基づいて、いずれも損害賠償として連帯して慰謝料及び弁護士費用の合計3300万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めました。

① 韓国人等を誹謗中傷する旨の人種差別や民族差別を内容とする政治的見解が記載された資料が職場で大量に配布されてその閲読を余儀なくされた

② 都道府県の教育委員会が開催する教科書展示会へ参加した上で被告らが支持する教科書の採択を求める旨のアンケートを提出することを余儀なくされた

③ 上記①及び②が違法であるとして本件訴えを提起したところ原告の訴えを誹謗中傷する旨の従業員の感想文が職場で配布されたことにより報復的非難を受け、これらにより原告の人格権ないし人格的利益が侵害された

 ここで問題となる点は、以下のとおりです。

① 在日韓国人である原告が勤める被告会社の職場において、韓国人等を誹謗中傷する旨の人種差別や民族差別を内容とする政治的見解が記載された文書等が大量に配布されたことが、労働契約に基づき労働者に実施する教育としては、労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容できる限度を超えているか。

② 被告会社において、従業員に対し、都道府県教育委員会開催の教科書展示会に参加し、被告会社等が支持する教科書の採択を求めるアンケートを提出することなどを促したことが、業務と関連しない政治活動に当たり、労働者である原告の政治的な思想・信条の自由を侵害する差別的取扱いを伴うものとして、原告の人格的利益を侵害する違法があるか。

③ 被告会社の職場において、原告の本件訴えを誹謗中傷する旨の従業員の感想文等が配布されたことが、原告の裁判を受ける権利を侵害し、また職場における自由な人間関係を形成する自由や名誉感情を侵害するか。

判決の内容

 大阪地方裁判所堺支部は、以下の理由により、原告の請求を一部認めました。

1 ①(文書の配布)について

 使用者は、労働契約に基づいて、労働者に対して教育を実施する権利を有しており、その時期、内容及び方法は、その性質上原則として使用者の裁量的判断に委ねられているものと解される。しかしながら、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されても、企業の一般的な支配に服するものということはできず(最高裁昭和52年12月13日判決・民集31巻7号1037頁参照)、使用者が有する上記裁量権は、労働契約上予定された範囲でのみ行使し得るものというべきである。
 したがって、使用者において、公序良俗に反する内容の教育を行うなど法令に反することができないことはもちろん、たとえ、法令に反するとはいえない場合であっても、業務遂行と明らかに関連性のない教育の受講を強制することは労働契約上許されない
・・・使用者の実施する教育が強制を伴わないものであっても、様々な思想・信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定されている企業では、企業内における労働者の思想・信条等の精神的自由が十分尊重されるべきであることは、論を待たない・・・。
 ・・・憲法14条1項が「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定めていることを受けて、労働基準法3条が「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」と均等待遇の原則を規定し、使用者に対し、国籍に基づく差別的取扱いを禁止しており、労働者は、就業場所において国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を有している。
 にもかかわらず、たとえ労働条件に関する差別的取扱いそのものには該当しないとしても、使用者が、特定の国民に対する顕著な嫌悪感情に基づき、それらを批判・中傷する内容の文献や自己が強く支持する特定の歴史観・政治的見解が記載された文献等を就業場所において反覆継続して労働者に教育目的で大量に配布することは、それ自体労働者の思想・信条に大きく介入するおそれがあるのみならず、たとえ前記国籍を有する当該労働者に対して差別意思を有していない場合であっても、前記嫌悪感情が強ければ強いほど、前記国籍を有する労働者の名誉感情を害するのみならず、当該労働者に使用者から前記嫌悪感情に基づく差別的取扱いを受けるのではないかという危惧感を抱かせるのであるから、厳に慎まねばならないというべきである。
 したがって、私的支配関係である労働契約において、使用者の実施する文書配布による教育が、その配布の目的や必要性(当該企業の設立目的や業務遂行との関連性)、配布物の内容や量、配布方法等の配布態様、そして、受講の任意性(労働者における受領拒絶の可否やその容易性)やそれに対する自由な意見表明が企業内で許容されていたかなどの労働者がそれによって受けた負担や不利益等の諸般の事情から総合的に判断して、労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり、その態様、程度がもはや社会的に許容できる限度を超える場合には違法になるというべきである・・・。

 被告会社は、特定の思想・信条を雇用条件としたいわゆる傾向企業ではなく、様々な国籍、民族的出自や、思想・信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定されている企業であり、その主たる事業は住宅販売であって、外国籍の顧客であっても取引を行う必要があるのであるから、事業上、従業員において、前述したような被告らが支持する歴史観や政治的見解を共有しておかねばならない現実的必要性は認め難い
 そして、認定事実のとおり、本件文書①の内容は、中韓北朝鮮の国家や政府関係者を強く批判したり、在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者に対して「死ねよ」「嘘つき」「卑劣」「野生動物」などと激しい人格攻撃の文言を用いて侮辱したり、我が国の国籍や民族的出自を有する者を賛美して中韓北朝鮮に対する優越性を述べたりするなどの強固な政治的な意見や論評の表明を主とするものであるから、韓国の国籍や民族的出自を有する者にとっては著しい侮辱と感じ、その名誉感情を害するものであるとともに、そのような顕著な嫌悪感情を抱いている被告らから差別的取扱いを受けるのではないかとの現実的な危惧感を抱いてしかるべきものであることが認められる。
 本件配布①の目的は、被告らが支持する一定の歴史観や政治的見解を全従業員に広めようとするもので、配布物の前記内容や、それを・・・反覆継続して就業時間中に大量に配布している上、その際、被告A(会長)が発出者であり宛先が全従業員であることが明記され、随所に被告Aがアンダーライン等で強調した修飾がされているという配布態様も併せ考慮すると、広い意味での思想教育にあたるといえるものであり、原告をはじめとする様々な思想・信条及び主義・主張を有する労働者の思想・信条に大きく介入するおそれがある。加えて、管理職であるBは、従業員が作成した感想文について当該従業員のみならず家族にも必ず読んでもらうよう呼びかけており、黙示的に同調するよう働きかけていると評価できるのであり、その結果、従業員が記載した本件配布①を主題とする感想文等は、いずれも被告らが配布した本件文書①の内容についての賛同・同調を述べるものや、被告らに対する感謝を述べるもの、被告会社に対する否定的な見解を本件文書①にほとんど目を通していないからなどとして批判したりするものである。そして、・・・原告が本件配布①を違法であると主張して本件訴えを提起したことに対して、被告Aは批判する文書を反覆継続して配布している上(本件配布②)、本件訴えの尋問期日に従業員に働きかけて多数の傍聴希望者を参集させている。それらによれば、本件配布①について、配布物の内容はもちろん、配布行為に対しても、原告が就業場所において口頭で自由に意見を述べることは困難な状況にあり、その状況を受忍しなければならない立場に立たされていたことが推認される。
 以上の事実を総合すれば、本件配布①は、たとえ前述したとおり、従業員間の在日韓国人に対する差別的言動を誘発していないとはいっても、労働契約に基づき労働者に実施する教育としては、労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり、その態様、程度がもはや社会的に許容できる限度を超えるものといわざるを得ず、原告の人格的利益を侵害して違法というべきである。

2 ②(政治活動の推奨)について

 本件勧奨は、被告Aの歴史認識や思想・信条に沿わない内容の教科書の採択を阻止するとともに、被告Aの歴史認識や思想・信条に沿う内容の教科書の採択を実現することを目的として、被告Aが、約1000名に及ぶ被告会社の従業員の人的資源を利用して、上記目的を内容とするアンケートを教育委員会に提出することで同委員会に対して圧力を掛ける行為であって、組織的、計画的、継続的に行われた党派的な運動の一環としてされたものというべきであり、教科書採択の中立性・公正性の確保が要求される地方教育行政に対して殊更に一定の政治的傾向を顕著に示す動員を行うといういわゆる政治活動であったというべきである。
 そして、使用者が政治活動の自由を有しているからといって、・・・労働者に業務と関連性のない政治活動を強制することは労働者の政治的自由(自己の意に反して一定の政治的行動をとることを強制されない自由)を侵害し、業務命令権を濫用するもので許されないことは明らかである。また、たとえ、それが強制を伴わないものであっても、従業員に対する教育訓練と異なり、労働契約によって取得する使用者における労働力の利用権の範囲に含まれているということはできず、そもそも労働契約上予定されていないものであり、様々な思想・信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定されている企業では、企業内における労働者の思想・信条等の精神的自由が十分尊重されるべきである上・・・、憲法14条1項を受けて均等待遇の原則を規定している労働基準法3条が、使用者に対し、信条に基づく差別的取扱いを禁止し、労働者が就業場所において信条によって差別的取扱いを受けない人格的利益を保障されていることからすると、使用者が就業場所において政治活動を任意に勧奨するにあたっては、労働者が不参加にあたり、前記政治活動に対する見解を表明することを余儀なくされたり(政治的見解の表明を強制されない自由を侵害されたり)、不利益を受けることのないよう、労働者の政治上の思想・信条に対して従業員に対する教育訓練の場面よりも一層慎重な配慮を要するというべきである。
 したがって、使用者が自己の支持する政治活動への参加を従業員に促すことについては、たとえ参加を強制するものではないとしても、前記の点や参加の任意性(勧奨の態様や不参加の容易性)等の諸般の事情を総合的に判断して、その勧奨が、労働者の思想・信条の自由を侵害するか具体的に侵害するおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容できる限度を超えている場合には違法になるというべきである・・・。

 これを本件についてみると、・・・被告会社は、特定の思想・信条を雇用条件としたいわゆる傾向企業ではなく、様々な思想・信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定されている企業といえるにもかかわらず、本件勧奨は、前記のとおり、被告Aの歴史認識や思想・信条に沿う内容の教科書の採択を実現することを目的として教科書展示会へアンケートを提出するという本件活動への参加を被告会社の従業員に対して任意に促す政治活動であって、住宅販売等の被告会社の事業と関連しないことは明らかである上、本件配布①とは異なり、従業員に対し、上記会場へ移動した上、被告Aが推奨する教科書の採択を求めるという特定の政治的意見の表明を含む負担を伴う積極的な作為を求めるものであり、原告を始めとする様々な思想・信条及び主義・主張を有する被告会社の従業員の思想・信条に大きく介入するおそれがあるものである。
 この点、被告らが主張するとおり、従業員が上記活動に参加するか否かは任意であったことを前提としても、被告会社においては、被告Aの肉声の録音資料を添付し、前記活動が重要であると明記した説明文書等を業務上配布し、あらかじめ収集されたアンケート用紙への事前記入を促したり、意欲的に参加した従業員を社内で表彰をしたり、本件活動に好意的な見解を示す従業員作成の感想文等や育鵬社の担当者との連絡文書を社内で配布・回覧するなどして強く本件活動を奨励しており(B(原告の上司)においても、平成25年の教科書展示会について、原告を含む設計監理課の部下に対して、基本的には全員で参加するよう呼びかけた上で、不参加を申し出ない限り社用車に乗り合わせて参加する予定であるとして扱い、勤務時間中に社用車を使用して会場に赴いており、「今回は日教組vs フジ住宅の愉快な仲間たちやから、いうことでよろしくお願いしますね」などと述べて、本件勧奨に応じる者が被告会社の仲間であり、これに応じない者が仲間ではないかのように従業員に受け止められる言動をし、本件勧奨に応じることが職務上望ましいかのような価値観を所属の部下に伝えていた。)、本件活動に参加した従業員には、参加時間中の勤務を免除するなど、被告会社においては、前記活動を被告会社の業務と同様に取り扱っていたため、本件活動に批判的な見解を有する従業員は、そもそも本件活動への不参加を申し出ることを事実上余儀なくされ、思想・信条を他者に表明しない自由を害される上、参加しないことにより、参加者と異なり業務の免除がされないという点で差別的取扱いを受けるばかりか、管理職の発言から明らかなとおり、自己の信条により使用者側からその他にも差別的取扱いを受けるのではないかという現実的な危惧感を抱かせるものであり、その結果、被告らの政治活動に同調する方向の圧力を黙示的に受けていたというべきである。
 以上によれば、本件勧奨は、業務と関連しない政治活動であって、労働者である原告の政治的な思想・信条の自由を侵害する差別的取扱いを伴うもので、その侵害の態様、程度が社会的に許容できる限度を超えるものといわざるを得ず、原告の人格的利益を侵害して違法というべきである。

3 ③(訴訟に関する文書の配布)について

 被告らが行った本件配布①及び本件勧奨はいずれも原告に対する不法行為を構成するものであるにもかかわらず、その救済を求めて本件訴えを提起した原告に対して、本件訴えが不当であることを、主に被告会社の従業員が本件訴え及び提訴者を批判していることを内容とする多数の文書を社内に配布することにより周知して、原告の前記行為を批判するものであって、原告に対する報復であるとともに、原告を社内で孤立化させる危険の高いものであり、原告の裁判を受ける権利を抑圧するとともに、その職場において自由な人間関係を形成する自由や名誉感情を侵害したものというべきであって、違法であることは明らかである。

 裁判所は以上のように述べて、被告らの行為の違法性を認め、被告らに対して原告への慰謝料100万円と弁護士費用10万円の支払いを命じました。

従業員の人権に配慮した社内教育を

 この判決の中身を見ると、本件の会社が政治活動を結構過激に従業員に強いていたことがわかります。

 韓国籍の原告が耐えがたい精神的苦痛を被ったことは容易に想像できますし、日本国籍の従業員の中にも不快な思いをしていた人がいたのではないかと推測されるところです。

 従業員を教育することと、自身の価値観を押しつけることは全く別のことです。

 従業員教育と称して、相手方が嫌がることを押しつけて洗脳することは深刻な人格権侵害として断じて許されません。

 従業員教育を実施する際には、十分な注意を払って、従業員の人権を不当に侵害することのないようにしましょう。

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