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この世で一番やさしくて、厳しいことば

私は夫と結婚したとき、台北に住んでいて。体調を崩して京都に帰ってきたのに、また日本を離れて今度はベトナムに住もうとしている。

なんでおとなしく日本にいられないの?

と自分にいつも問う。京都を中心に日本のあちこちで仕事をする夫は、私について行くことはできない。だから、海を渡るときはいつもひとりなのに。


誰よりも寂しがりやで、心配性の私。それでも海の向こうで暮らすことを手放すことはできない。

このnoteにも書いたけれど、怖がりで自分の感情に溺れてしまいがちな私にとって、日本を離れることは、「自分の人生と私の目から見えていること」を言語化するために不可欠なのだ。

この世界をどうしても、知りたいから。だからこそ場所を変えて、言葉を変えて、食べ物を変えて、耳に飛び込んでくる音を変えて…。環境を変えることで掴んでいく、生きているという感覚。そしてそれを言葉にしていく。



自分の道を自分の力で決め、進んでいくように見えるけど、私は相談魔だ。心配性だから、これでいいかな? 大丈夫かな? って親しい人にはいつも聞きまくる。

ベトナムで暮らすことについても、何度も何度も夫に聞いた。

ねぇねぇ、私ベトナムで暮らすんだよ。どう思う?やめたほうがいいよね? ベトナム語なんて「こんにちは」も知らないんだよ。知っている人が一人もいないのに、いきなり仕事をするんだよ。体調も万全じゃないのに、海外にいくなんて危ないよね?

などなど。


でも夫の答えはいつもひとつで

行きたいなら、行ってくればいいんじゃない。


やさしいセリフに見えるけど、この言葉より厳しいものはない。

たくさんのリスクを並べて、挑戦をあきらめる逃げ道を他人に作ってもらおうとしたんだけど、バッサリと断ち切られてしまった。


私の人生は自由で。主役は私しかいなくて。私が決めるしかなくて。

でも弱虫の私は挑戦をあきらめることや、何もせずに逃げること、を誰かに後押ししてほしいと実は願っている。やらなかったことを後悔しないように。私が100%決めたわけではなくて…

それは

タイミングが悪くて、みんな(たった一人か二人なのに)危ないって言っていたから、やらなかったんだよ。

なんて。


一番身近にいる夫は、そんな甘えを一切許してくれない。離れて暮らすのが私たち夫婦にとって幸せなことなのか、は分からないけど。



私は明日、今なんだか息苦しいと感じている日本を出ていく。そして不便極まりないアジアの国で暮らして、また日本を大好きになって戻りたい。

夫と離れて暮らすことも、友達と会って話ができないことも、鳥貴族でせせりが食べられないことも寂しすぎるけど。

やる。私が決めるしかないから。


それでね、やってみてね、どうしても無理で苦しかったら、全力で逃げちゃうよ。それも私が決めたことなら、それでいいんだもんね。

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