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“ノーマル”なんてない。偏見と闘う90歳のセックス・セラピスト『おしえて! ドクター・ルース』

40代のwebマガジンの編集長をしている時、扱いたかったテーマに「性」「性教育」があった。女性の自己肯定感を高めることはもちろん、幸福感を育てること、自分を大切にすること、相手を知って尊重すること……などなど。生きていくうえでとても大切なことを、人生の折り返し地点あたりで、改めて考えるキッカケになればと思ったから。

「性」を等身大で語ろう

私たちは「性」についての知識をしっかり教えられてきていません。大人は大人で、実は自分でもよくわかっていないものだから、子供に質問された時には、きれいごとでどうにか乗り切ろうとしてしまう。そうこうしているうちにネットや友達の口コミから子供たちは偏った知識を先に得てしまい、「性」の核心から決定的にかけ離れてしまう……

下世話でも、猥雑でも、タブーでも、ミステリアスでもなく、等身大で「性」を語れる場をつくってみたかった。ヒソヒソでもなく、茶化すのでもなく、いつもの声のトーンで語りあえるような場を。

これに関しては、性急になりすぎて、いろいろな波紋を呼んでしまい反省したことも多かったけれど。

90歳のセックス・セラピストのドキュメンタリー

ホロコーストにより両親を失ったセックス・セラピストであるドクター・ルースのドキュメンタリーを観た。

12歳でナチスから逃げるためスイスへひとり移住(スイス人の子供たちの世話をする)。女性には許されない高校進学。イスラエルでの戦闘で両足切断になる可能性があったほどの大怪我(なんとこの時はスナイパーだった!)。二度の離婚、アメリカで英語が話せない状態でのシングルマザー生活……想像を絶するほどの壮絶な人生だが、彼女は常に前向きに生きてきた。

そして、性の話題がタブーだった時代(=女性には性欲がないと言われていた時代)に、偏見と闘いながらも、彼女はラジオやテレビでたくさんの人たちの性の悩みを解決し、アメリカで一大旋風を巻き起こす。

セックスに“ノーマル”なんてない!

ルースは、「ノーマルという言葉は曖昧だから嫌い」と言う。「セックスにノーマルはない」とも言うし、「人は皆ノーマル」だとも言う。何かをノーマルだと思うことで、そうでない少数派をアブノーマルと糾弾し、断絶し、排除する世間のムードを許さない。

彼女はセックスや人生の悩みに答え続ける一環として、LGBTQの人々の権利獲得や女性の地位向上、エイズ患者に対しての偏見を取り除きながらエイズ研究の支援もする。

虐げられる立場、弱い立場に立った彼女だからなのか。活動の「核」は、「自然界にあるすべては完璧である」という信念。人はそれぞれに皆ノーマルであり、完璧である。彼女は劇中でフェミニストと言われることを軽妙にかわす。レッテルを貼られることを拒む。as a human being。いたってニュートラル。ただ、ヒューマニストであろうとする。極めて朗らかに。

「性」を語るムードは変わるのか

「性教育」は妊娠のメカニズムや避妊の方法、感染症のリスクを教えるだけにあらず。「セックスとは相手を知ること」と言い切るルース。自己肯定、自己解放、自己愛、他者愛……「性」を語ることは、すなわち「自由」と「愛」を語ること。

彼がコンドームをつけてくれません。お願いすると嫌われそう。どうしたらいいですか?

これまでの編集者人生、幾度となく若い世代の雑誌でセックス特集を組んできたが、この質問を何回扱ってきたことだろう。この質問を扱わなくても良い時代はこれからやってくるのだろうか?

【おまけ  それにしても元気】

とにかく前へ、前へ。彼女は悲しい過去を振り払うかのように、明るく前進する。何かを言い訳(特に年齢!)に一歩踏み出さないことはなんともったいないことか、と彼女の後ろ姿が私たちに訴えかけてくる。元気で長生きの秘訣。それは、他者のために動き続けようとする気持ちだと言うこともよく分かる。「教養は自分を裏切らない」という姿勢も終始一貫している。

【おまけ 監督の編集がうまい】

ドキュメンタリーの仕事を拒み続けていたルースが90歳になるにあたり、自身の役割を記録し、後世に語り継ぐためにと白羽の矢をたてたのが『愛しのフリーダ』で知られるライアン・ホワイト監督。現在の日常と生い立ち、これまでの人生が本人の言葉や当時の日記をもとに語られていく。とりわけアニメーションを駆使した構成がお見事!

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【おまけ もう一人のルース】

アメリカ合衆国の最高裁判事ルース・ベンダー・ギンズバーグ。御年85歳。差別問題と闘う(こちらの)ルースのドキュメンタリーもおすすめ。





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