01_邂逅01前_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第一話 【前編】

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Chapter01 邂逅 01 【前編】

 五辻辰巳《いつつじ たつみ》が怪物を消し飛ばした。その一部始終を、霧宮風葉《きりみや かざは》は呆然と見ていた。
 怪物――確か、リザードマンと言っていただろうか。RPGとかによく出て来る、名前通りのトカゲ人間達を、辰巳は一撃で全滅させたのだ。
「うわ、わ、ぁ」
 風葉は動けない。
 通いなれた日乃栄《ひのえ》高校の廊下に、非常識な怪物が現れたから、というだけではない。
 自分を守るように背中を見せる辰巳の格好が、一瞬で別物に変わってしまったからだ。
 つい数秒前、辰巳は風葉と同じ高校の制服を着ていた。藍色を基調とした、いつものブレザーだったはずだ。
 だが、今は無い。
 目も眩む閃光とともに、辰巳の姿は黒いスーツへ変わってしまったのだ。
 引き締まった身体を浮き彫りにするその服は、パッと見はライダースーツのようにも見える。腕と足の上を一直線に走っている青いラインも、夜光反射材のように光を放っている。
 だが頭、胸、膝といった身体の要所を保護するプロテクターは、バイクを運転するにはいささか以上に武骨な作りをしていた。まるで鎧だ。
 そしてその鎧以上に、辰巳の左腕は異様な姿に置き換わっている。
 付け根は肩口から、先端は指先に至るまで。
 銀色の装甲が、辰巳の左腕を包み込んでいるのだ。
 制服の時から巻かれていた腕時計だけは変わらず手首にあるが、銀色の装甲に埋まってほとんど一体化してしまっている。
 まるで、機械だ。
 だが、ひょっとすると本当にそうなのかもしれない。手首や肘の関節からは何かしらの機械部品が見え隠れしているし、何より辰巳本人が言っていたではないか。
 自分は、改造人間なのだと。
「……」
 あんまり話をしたことはなかったけれど、それでも同じ学校の寮に寝泊りし、同じ二年二組で授業を受けていたクラスメイトの、想像だにしなかった姿と言葉。
 それらをまざまざと見せ付けられた風葉は、知らず辰巳の名を呼んでいた。
「い、五辻、くん……?」
 自分でも驚くほどか細い呼び声。それが聞こえたかどうかは分からないが、直後に辰巳は振り向いた。
 その双眸に、風葉は思わず後ずさる。
「心配ない。すぐに終わらせる」
 黒色のヘッドギアを被った辰巳の声は、プラスチックのように無機質で、固い。
「何なの……」
 後ずさる風葉の耳の中を、辰巳の声がすり抜けていく。さながら、あの虹色の壁のように。
「どうして、そんな……?」
 窓ガラスに映り出した、途方に暮れる風葉の横顔。
 その困惑を、全ての元凶となった銀色が彩っていた。
 そう、銀色の髪と耳が。

◆ ◆ ◆

 そもそもの発端はつい今朝方のことだ。
 午前七時八分。日乃栄高校付属の学生寮、一階にある洗面所。
 いつもの寝間着姿のまま、いつものように眠い目を擦りながらやって来た風葉は、鏡の中に全ての元凶見つけたのだ。
 銀色に変色した自分の髪と、ピンと立つ三角形の犬耳を。
「……うぇっ!?」
 顔を洗う前に眠気が吹き飛んだのは、一体いつ以来だったか。何にせよ、風葉は慌てて前髪を一筋つまむ。
 指の中で揺れる前髪は、鏡に映るそれとまったく同じ色に染まっていた。
 夢では、ない。
「ん、な」
 なんじゃこりゃー、と言う叫びが喉元まで出かかった瞬間、銀色の犬耳がぴこぴこと動いた。
「……あ、ちょっとかわいい」
 試しに少し力を込めてみると、三角形の犬耳が寝癖の中でわさわさした。
「……って、そうじゃないでしょ私」
 頬を軽く引っぱたく風葉。
 辛うじて叫ばずには済んだが、心境そのものはまったくもって落ち着かない。
 とりあえず風葉は鏡に顔を近付け、念入りに自分をみつめる。
 少し丸っこいのは自覚がある輪郭の中に、大きな瞳と小さな鼻。高二なのに一回り幼く見られることがある顔立ちは、右の目元にあるホクロも含めてまったく変わっていない。人間の耳もきちんと二つ揃っている。
 確認するまでもない、いつもの顔。だからこそ、銀髪と犬耳の異様が際立っていた。
 肩口まであるセミロングは、昨日布団に入るまではきちんと黒色だった。紛れもなく平均的日本人のそれだったはずだ。
 だというのに、今朝の風葉は銀髪で、犬耳だった。
「染めた憶えなんてないんだけどなぁ。それにこの耳は一体……」
 途方に暮れながらも、風葉は犬耳の方にもそれとなく手を伸ばす。
 そして、つまめなかった。
 右手の指先は、犬耳の中を幽霊のようにすり抜けていた。
「――」
 一筋、風葉の頬を汗が伝い落ちる。
 オカルト関連についてはサッパリな風葉ではあったが、それでも今の光景から導き出せる回答は、一つしかなかった。
「ゆ、幽――」
 霊、と風葉が言いかけた直前、洗面所の扉が音を立てて開いた。
「うひゃあ!?」
「おわっ!? 何事……って、なんだ風葉じゃん。おはよ」
「お、おはようございます泉さん!?」
 扉を開けた張本人こと、隣部屋の鹿島田泉《かしまだ いずみ》は、どうにか頭を隠そうとわたわたしている風葉をジト目で見る。
「なに、ホントにどしたの? てか、なんで敬語なのさ。学年同じっしょ?」
「いや、その、何ていうか」
 ちらちらと横目で鏡を見る風葉。その様子に首を傾げつつ、泉は風葉に歩み寄る。
「ふぅむ?」
 じっと顔を近付け、器用にも片眉を吊り上げる泉。いきなり近付いた友人の顔に、風葉は違った意味でドキリとする。
 寝起き直後なので乱れ気味だが、それでもこざっぱりとしたショートカット。
 そんな髪型にキリッとした顔立ちと、平均より高めな背丈が合わさっているため、角度によっては美男子っぽく見える時もあるのだ。例えば今のように。
 とはいえ、鹿島田泉は紛れもなく女性である。視線を下ろせば、泉が寝間着代わりにしている小豆色のジャージが、身体のラインを浮き彫りにしていた。
 特に、ファスナーが上がりきらない胸周りを。
 当人いわく、中学時代の運動着なので一回り小さいらしい。
 だが、だからこそ強調されるそれを直視した風葉は、全ての異変を忘れて自分の胸を押さえた。
 ぺったりしていた。そして、がっかりした。
 そんな風葉をじっと見つめていた泉は、不意に風葉の髪を一筋つまむ。
「お、枝毛発見」
「……えだげ?」
「ちゃんとしないとダメだぞ風葉。何ならいいシャンプー教えよっか?」
 確かに泉の指は枝毛をつまんでいた。銀色に輝いている枝毛を。
「それは、うれしいんだけど。あの、えーっと、それだけ?」
「ん? もっと探して欲しいのか?」
「そうじゃなくて、その」
 意を決し、風葉は聞いてみた。
「私の髪、変じゃないかな?」
「変も何も、どこか変わったの?」
 心底不思議そうな返答に、風葉の思考はフリーズする。
「変、わって、ない?」
「うん。綺麗な黒髪じゃないの。うらやましいよホント」
 くしゃりと。『黒髪』と言い切った風葉の頭軽くを撫でた後、泉は改めて鏡へと向き直る。
「何だか知らないけど、とりあえず顔洗ったら? よだれの跡もついてるしさ」
「えっ!?」
 慌てて風葉は鏡を振り返る。が、いくら眺めても口元にそんな跡はついていない。
 ようやくそれが冗談だということに気付いたのは、泉が洗顔を終えた頃だった。
「……もう、ちょっと泉!?」
「はっはっは! 一足遅かったな明智くん!」
 手を振りながら洗面所を出て行く泉。
 その後ろ姿を見送ってしまった風葉は、気を取り直しながら蛇口と首を捻った。
 次いで改めて鏡を、自分自身を見つめる。
「泉には、黒く見えてた、ってことなの?」
 鏡に映った銀色に戸惑いながらも、風葉はとりあえずヘアバンドを取り出し、いつも通りのポニーテールに結わえた。

◆ ◆ ◆

 同じ頃、廊下を歩く泉も似たような怪訝顔をしていた。
「なーんか変だったなぁ、風葉」
 つぶやき、泉は何となく自分の手を見つめる。サラサラした髪の感触は、まだ少し指先に残っていた。
 うらやましい触り心地だったのでついからかってしまったが、当の風葉はその髪を妙に気にしていた。
 だが、変わったところは何もなかった。いつも通りの『黒髪』だったはずだ。
「うーん。何なんだろ?」
 それは独り言。特に意味は無い、誰に言うでもない、ぼそりと漏れた疑問の欠片。
 だが。
「知りたいですかぁ?」
 それに。誰かが答えた。
「えっ!?」
 驚いて振り向く泉。だが廊下を見渡しても、窓の外を眺めてみても、誰もいない。
 いない、はずだ。
「……はは、は。空耳、だよね?」
 そっち系の話が苦手な泉は、半ば自分へ言い聞かせるように独りごちる。
 だが。
 その肩を、誰かが叩いた。

◆ ◆ ◆

 冷水で念入りに顔を洗った風葉だが、やはり頭の銀色と混乱は消えてくれない。
 それでも今までの学校生活で培われた習慣は、反射的にいつもの行動を風葉に取らせてくれた。
 食堂で朝食をを平らげ、自室で制服に着替え、鞄を持って教室へとおもむく。少し時間はかかったが、おおむねいつも通りの朝だ。銀髪と犬耳以外は。
「うぅーん」
 そんなこんなで午前八時二十五分、日乃栄高校二年二組。
 賑わい始めた教室を眺めながら、風葉は自分の席に腰かけていた。
 紺色のブレザーに、灰色のプリーツスカート。いつもの制服姿をした風葉は、何をするでもなくぼんやりと携帯をもてあそぶ。
 寮内やら食堂やらで友人と話すタイミングは何度もあった。その際にそれとなく、風葉は頭の銀色と犬耳をアピールしてみたりもした。
 結果、全て空振り。泉と同じく、銀髪と犬耳の存在に気付いてくれる者は、誰一人として居なかった。
「オバケみたいなもんなのかなぁ」
 風葉の気ままな操作に従い、くるくると流れるアドレス張。もう何回転したかもわからない表から顔を上げ、風葉は室内へと視線を映す。
 もうすぐ朝のホームルームが始まる二年二組は、やはりいつもの喧騒しかない。
 楽しそうに駄弁っている茶髪の女子生徒に、眠そうな頬杖をついている刈り上げの男子生徒。
 それから風葉を凝視している長身の男子生徒に、忙しくメールを打っている眼鏡の女子生徒。
 やはり特に変わったことは――。 
「いや待った」
 がば、と風葉は視線を戻す。
 目があった。まばたきも忘れたまま、一直線に風葉を凝視してくる男子生徒と。
 今しがた教室へ入って来たらしい男子生徒の目は、間違いなく風葉を、正確にはその銀髪を見つめている。
 紺色のブレザーに灰色のスラックスという、ごく普通な指定の制服。ぼさぼさ気味な髪の毛。そして左袖口からやたらごつい腕時計が覗いている男子生徒の名前は、五辻辰巳。
 およそ半月前、この二年二組へ転校して来たクラスメイトだ。
「……えぇと」
 そんな辰巳と目を合わせながら、風葉は頭上の犬耳をおずおずと指差す。
 辰巳は無言のまま、ゆっくりと首肯した。
「……!」
 確定した。五辻辰巳は、間違いなく、風葉の銀髪と犬耳が見えている。
 ようやくこの異常に気付いてくれた相手へ、風葉は一直線に駆け寄った。変な目で見ているクラスメイトもいるだろうが、生憎と今の風葉に形振り構っていられる余裕はない。
「おはよう五辻くん!」
「おはようございます。えぇーと」 
 不安、驚き、期待。色々な感情を顔一杯に浮かべた風葉とは対照的に、辰巳は真顔のまま口を開いた。
「どちらさんでしたっけ?」
 思わずズッコケそうになる風葉。真顔を崩さない辺り、どうやら本気で言っているらしい。
「……風葉だよ、霧宮風葉。こんな髪になってるけど、同じクラスの」
「あー。そうだっけか」
「そうだっけ、ってそんな初対面みたいに」
 呆れる風葉とは対照的に、辰巳は真顔のままぽりぽりと頬をかく。
「いやぁ、物覚えの悪さには自信があってね。特に人の名前と顔」
「捨てようよそんな自信」
「はっは、ごめんよ」
 軽く笑いながら、辰巳は鞄を棚の上に置く。
「で、だ。俺の目に間違いがなければ、霧宮さんの頭が大変なことになってるんだが」
「あ、うん、そうなの。それで……」
 はた、と風葉は思い至る。焦ってばかりいたため、そこから先をまるっきり考えていなかったのだ。
「……それで、どうしよう?」
「そうだな、とりあえず廊下に出ようか。わりかし視線が痛い」
「ふぇ?」
 思わず振り返ってみれば、男女問わず大半のクラスメイトが風葉達を見ていた。突然の急接近を目の前で見せられれば、まぁこうもなるだろう。
 言葉が出ない風葉。その空白を、娯楽に飢えた若人達が見逃すはずもなかった。
「おい五辻! どういうことだ!」「風葉っちってば一体何のハナシ? ひょっとしてあんなハナシ?」「もしかするとこんなハナシかもよ?」「ソイツは許されねぇなぁ!」「ホントのトコどうなの?」「おでんたべたい」「誰か新聞部呼んでこい!」
 等々。各々好き勝手に騒ぎ立てるクラスメイト達に、風葉はぶんぶんと首を振る。
「ち、違うってば! そういうのじゃないからね!」
「そうとも、ちょっとした秘め事ってだけな話だ」
 さらりと言ってのける辰巳に、風葉を含めたクラスの全員が硬直した。
 今にも粉微塵になりそうな空気のなか、油の切れた歯車のようにぎこちない動きで、風葉は辰巳に向き直る。
「い、いつつじ、くん?」
「まぁ、それはそれとしてちょいと失礼」
 先ほど言った通り廊下へ出ながら、風葉を手招きする辰巳。ぎくしゃくとその後に続いて廊下に出た風葉は、後ろ手に二年二組のドアを閉める。
 直後、歓声が爆発した。
「うーん。みんな元気だなぁ」
「その元気に火を点けたのは誰よ!?」
「いやぁ、ついね。火災報知機のボタンとか押したくなる時あるじゃん?」
「押したくなるだけにしてよ! 良識の範疇で思いとどまろうよ!?」
 辰巳にジト目を向けながら、両耳に手を当てて塞ぐ風葉。もちろんその頬は真っ赤だ。
「はっは、ゴメンよ」
 笑いつつ、辰巳は風葉の手と耳を観察する。
 今、風葉が押さえている耳は人間の方だけだ。犬耳の方も騒音を避けるようペタリと垂れ下がってはいるが、先端は元の耳を塞ぐ風葉の指先を突き抜けている。
 どうやら、憑依の度合いはまだまだ低いようだ。
「まぁ、そんなのはどうでもいいとしてだ。銀髪と犬耳に関して心配することはないよ」
「ちょっ、どうでもいいって事は……って、えっ?」
 目が点になる風葉に、辰巳は更なる断言を重ねる。
「色々と準備が要るから今すぐってワケにはいかないが、それくらいなら簡単に戻るはずさ」
「そう、なんだ。それは、よかった、けど」
 安心半分、びっくり半分な表情を浮かべながら、風葉はまじまじと辰巳を見つめる。
「なんで、そんなに詳しいの?」
「さて、その辺を聞かれると返答に困るんだなー。ヤマが外れたテストみたいにさ」
「そこはちゃんと勉強しようよ」
「はっは、ゴメンよ」
 からから、と屈託なく辰巳は笑う。散々悩んでいた風葉とは対照的に、なんでもないような口振りだ。
「まぁ冗談は置いといて、実際もうすぐ朝のホームルームが始まるから――」
 その後で、という続きを、辰巳は言うことが出来なかった。
 あまつさえ、犬耳と銀髪についての追求は、全て後回しになってしまった。
 それ以上の怪異が、堂々と出現したからだ。

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【神影鎧装レツオウガ 人物名鑑】
01.五辻 辰巳 (いつつじ たつみ)

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