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140字小説

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記事一覧

『はじめまして、を繰り返す』

はじめまして、ときみが言った。
黒い髪に紅茶の赤みを帯びた黒い瞳。その瞳に、俺の髪と瞳はどんなふうに映っているのだろう。
はじめまして、と俺も言った。何度目の、何年ぶりのはじめましてだろうか。
きみは覚えていないから、何度でも繰り返す。はじめまして、俺の半身。 #140字小説

初めて会う気がしなかった。けれど間違いなく初対面だ。
だから僕ははじめましてと言った。
よく通る声で、はじめましてと返さ

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すきなのはだれ?

「あの子はほんと素直だよねえ」
「うん。あの子の好みはすっごく解りやすいね」
少年が可愛いと評する少女たちの特徴はいつも同じ。金の髪。猫のように目尻の上がった緑の瞳。華奢な身体。美少女というよりはやや中性的な容貌。その好みのルーツが誰かなんて、考えなくても解ることだ。 #140字小説

2017/12/11

恋におちる

――後から思えば、あれが『皇帝が恋に落ちた瞬間』だった。人が恋に落ちる瞬間を、生まれて初めて見た。
あの日あの場にいて、二人を見ていた人間たちは、後に口を揃えてそう言った。そして、次にこう言った。
「あそこから六年も待ったとか、皇帝、我慢強すぎだろう」 #140字小説

2017/12/09

愛称で呼ばれたのはずいぶんと久しぶりのような気がした。泣きそうになるのを堪える。俺はいつからこんなに涙脆くなった? GPFのSPの夜、彼の前で泣いてから。――けれど、彼の前でだけだ。
微笑んで手を伸ばす。おいでと呼んだ声にも表情にも、涙の陰は滲ませなかったはずだ。 #140字小説

2017/12/07

約束

何で俺のことだけ忘れてしまったの。俺はそんなにきみを苦しめていた? そのことは悲しいけれど、きみが辛いなら俺を忘れてもいいなんて思えない。
忘れてしまったならもう一度始めよう。約束した。きみの5連覇の金メダルが、俺たちのマリッジリング。 #140字小説

2017/12/07

犬も喰わない

日常会話は英語。時々日本語とロシア語。
犬も喰わないような喧嘩で互いの興奮が最高潮に達すると、二人とも母国語に戻る。片方が日本語で怒り、もう一方はロシア語で反論する。その会話がかみあっているというのは結局仲がいいということで、端から見ると何とも言えず阿呆らしかった。
#140字小説

2017/12/03

皇帝

「しかたないじゃない。引退したって、皇帝と呼ばれるのに相応しいのはいまあなただけだよ」
「もう飽きたよその呼ばれかた。引退して何年経つと思ってるの。あの子、早く皇帝になってくれないかな」
「勝ち続けたからそう呼ばれるってものでもないでしょ。実際僕はそうならなかったし」
#140字小説

2017/12/03

ひみつ

ある日ふと気づいた。彼は決して自分たちに車道側を歩かせない。頑なに貫くというわけではなく、ごく自然にそうしていた。
俺の皇子さまたち。そう呼び、優しく微笑んで、さり気なく自分たちを守ってくれる彼が、ベッドの中では可愛く恥じらって乱れるなんて、二人だけの秘密だ。 #140字小説

2017/12/03