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白との格闘

うすらぼんやりとしながら、まあまあの値段がするお洋服のショップにおずおずと足を踏み入れた。もうずっと探している白のドレスシャツがあったらいいな、あるいはない方が財布は傷まないな…など思いながら。

声をかけてきた店員さんは、すこしゆったりとした体形でとても親しみやすい笑顔の持ち主だった。煩わしくない程度に様子を計りながらの接客が好ましく思えた。「こういうのを探している」と言った途端に、「購入」という結末へ向かう道行きは明らかなので、あまり言わないのだが、この方の距離感がちょうどよかったものでつい探し物を口にしてみる。

とても素敵な一着をもってきてくれたのだが、「これって当たり前ですけれど、おうちで洗濯できないでしょう?」と尋ねると、「ええ…。うちの商品はほとんどそういう意味ではお洗濯できない素材になってしまいますね…」と残念そうに彼女が答える。その流れで、昨年勇気を出して同じブランドの別店舗で購入した真っ白のワンピースの話になった。

「わたし、そもそも“白を着る資格がない”タイプの人間なのだけど、昨年あまりにも素敵だったのでこちらの白いワンピースを買ったのです。でも、自宅での洗濯不可商品だったので夏場だったこともあって結局面倒であんまり着なかったくらいズボラな人間なんですよ」というと、

「それってこれですか?」と言って彼女はタブレットを出してきて、膨大な商品のなかから細かくディテールを確認するとスッと探しだしてきた。

「そう!それです」とわたし。「実はコレ、お洗濯できます!」

「え!?そうなんですか?」

「もちろん、ブランド的にはあまり大声で推奨できませんけれど、できるんですよ」と丁寧にホームランドリーの方法を教えてくれたあと、にっこりとほほ笑んで彼女は言った。「だって、もっとたくさん着ていただきたいですから」と。

何が起きたかというと、長いこと“白を着る資格がない”ことを後ろめたく思っているわたしのなかで、またほんの少し何かが剥離したのだ。最終的に理想のドレスシャツを見つけて購入したわけだけど、何よりもそこに至ったのは彼女がわたしの過去の買い物経験で感じたネガティブな要素を払拭したことだった。基本的にドレスシャツ自体はわたしの求めている商品としての基準を充分に満たしているわけだから、そこに対してアピールする必要性はなく、ボトルネックであった [完全クリーニング品ゆえに気を抜かずに着用せねばらなぬ] という精神的な緊張と不安を解いて、なおかつ過去の購入品までさかのぼって手入れの方法を示すことで、購入に至らしめたのだった。

接客術というよりは、お洋服が本当に好きなんだろうなと思った。そして自分の勤め先のブランドも愛しているひとなんだろう。

時折、お洋服を買うときにこうしたことが起きる。ブランドの世界観よりはほんの少しオーバーサイズに見える店員さんとか、完璧な着こなしでない店員さんが、提案力や課題解決力という点で瞠目するレベルの方に出逢えることがあるのだ。

こうなると大抵、「…ではこのブラウスに合うボトムって何かお薦めいただけますかね?」と、最初の計画にはまったくなかったプラスオン出費覚悟の展開に自ら進んでしまう。だって、そうそう遭遇できるものではないのだ。店員さんとピタっとした感覚の一致をみることって。そしてさらにわたしを唸らせるくだんの店員さん。

「もしどうしても今日というお急ぎがないようでしたら、実は月末前後に入荷する新作でとってもお薦めしたいパンツがあります!今日のドレスシャツはもちろんですが、お客様の雰囲気にぴったりのものがあるんです。入荷したらお電話さしあげてもいいでしょうか?」と。ふつうは購入品にプラスオンで買わせたら成績になるのだろうに、本当に再来店するかも確実でない人間にこの提案。脱帽する。

前身ごろにいくつかのプリーツを採った白いドレスシャツは、アドバイスにしたがって風通しのよいところに掛けて大切にしている。服に愛着を持てるようになるといいなと思いながら。

photo by eflon

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