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英国ブランドづくめでフィニッシュ

 「今日は、その、やっぱり気温ですか?」と、いかにも熟練のミラノマダムのような販売員のご婦人が言う。聞き方のあまりのマーケティング観点ぶりに、この人はやっぱりデキる人なんだな、と瞬間的に感じながら、役に立てるような回答をしようと思った。「ええ、気温ですよね。夕方になるとだいぶ今日は涼しさを感じられて。やっぱり9月だから例年のように秋のお洋服が欲しくなるわけだけど、日中あまりにも暑いので服を見ようとも思えない。要するに“新しい服を着たい”気分が盛り上がらなかったわけです」と答えた。

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 何の話かと言えば、百貨店のお洋服売り場で購入品を包んでもらっているのを待ちながらの会話である。化粧品が切れたので百貨店に行き、事実これまでうんともすんとも季節の変わり目ファッションに食指が動かなかったのだが、ふらりと足が向いたアクアスキュータムの売り場にて。実はその直前に、マッキントッシュでアウターをほとんど衝動的に買った。これは良い買い物で、このところ秋冬にしたいファッション傾向でマストであったショート丈のアウター、いろいろ情報収集だけしようと思っていたところ、ドンピシャなものを見つけたのだ。
 ショート丈のジャケット、へたするとものすごいセレモニー服に転ぶ。実際、長年着用しているシャネル“風”のジャケットがにわかに危険な匂いになっている。体型はさることながら素材感がものすごく重要なのだと思う。

出典:三陽商会オンラインストアマッキントッシュフィロソフィ

 プレーンなジーンズを合わせてカジュアルダウンしたいので、ジャケットだけでなくカーディガンも検討していたが、マッキントッシュですべての条件を満たした一着を見つけた。若くほがらかな販売員さんの提案力が素敵で、素材違いのものをいくつか試すが、最初に着用したものが現状ベストと思われた。悪い癖で迷った方も一緒に買ってしまおうか悩んだが、なんと販売員さんが止めてくれた。「あまりに型が似ているので同じに見えてしまってもったいないです。それであれば色を思い切って変える、型を変える、などの方がいいですから、今日はいったんやめておきましょう」と言ってくれた。こんなこと、ないんですよ。いつも迷った方も買えと言われるから。

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 いい買い物を季節に先んじてできたぞ~とホクホクしながら歩いていると、一着のワンピースをまとったトルソーに釘付けになってしまい思わず足も止まった。な、な、なんなんだこの美しいシルエットは…。そして構築的なカッティング、使用素材はほんのり玉虫色に輝くトレンチコートの布地。よく見ればアクアスキュータムであった。奇しくもマッキントッシュ、アクアスキュータム、いずれも英国オリジンのブランドでトレンチコートの名店である。このことが関係するために珍しくブランド名を出して書いている。

出典:アクアスキュータム公式サイト

 すると冒頭のミラノマダムのような女性が出てきてくれて、非常に気持ちのよい接客をしてくれる。自分、面倒なタイプの人間なので一番最初にちょっと違うな、と思うとその後があんまり楽しいお買い物体験にならない。最初が実に肝心なのだ。聞けば、やはりトレンチの素材でつくったワンピースだということで、きわめてシンプル、共布のベルトをつけても外しても表情が変わるし、再度に仕込んだバイカラー部分が見え隠れして絶妙に体型をストンとキレイに見せるという。立ち去りたかったのだが、あまりに理想的な1着でどうしても足が動かなくなってしまった。

 試着するとさらに「良い服に起こる当たり前のこと」が、つまり、眺めるだけではわからない、着て初めて体の立体を得ることで美しく本領を発揮する服だとわかった。マダムはいろいろと着こなしの提案をしてくれて、自分のなかで次なる買い物のターゲットも決まる。
 正直こんなに理想的な一着に出会えることはないので、まったく悩まずに購入したわけだが、包みを一緒にしてくれるというので先ほどのマッキントッシュのショッパーを預けると「マッキンさん…!もう、お客様の今日のお買い物の気分がなんとなくイメージできますね」と言ってくれる。手練れな婦人服販売員さんであり、競合ブランドとはいえ同じく英国ブランドである。内心、「…いや、いつもほとんどアメリカンなんですけどね…」と思いつつ。それで待ってる間、冒頭の会話である。

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 この方、私が今日履いていたスカートへのコメントが素晴らしく的を得ていて驚いた。数年前の自分はお店に行って「はーいお願いしまーす」と体ひとつ差し出して、店員さんが薦めるものを買っていた。一切そこに自分の主張もなく。服を買うことが楽しみというよりはただの鎧を変える行為だったからだ。そのスカートは非常に重くて暑いので、真夏は無理なのだが、「生地が重くないですか?」と聞かれて「そうなんですよーー。重くてあんまり履かないんですよね」と答えると、「やっぱり。いえ、その重さがないとそういうふうに縦にきれいにストンと落ちるシルエットにならないのです。ドレープがきれいに出ていて」と仰る。
 そうなのだ、たぶんモノ自体はいいモノなのに、重いのがいやであんまり履かないでいたんだけど、そうか。重さに理由があったとは…!

 そして宣言をする。痩せます!この秋、かならず!

 気づいたんだけど、これまで生きてきてダイエットに真剣になったことがなく、ちょっと気にかけてみた、という程度だった。たぶん切実な目標がなかったから。ところが先週、2年前に一緒にPコートを買った友人が久しぶりに会って「ちょっとぽっちゃりしましたか?…痩せないと、Pコートがきれいに着れませんよ」と言われて大ショック。しかし俄然やる気の神が降臨しましたね。やってやろうじゃないですか!


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