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酷いことだ


本はいつでも何度でも自由に読めるのがいいよね、っていうのは嘘だ。
川上弘美『神様』(中公文庫)を読みながら考える。
この本に所収の『夏休み』や『花野』や『星の光は昔の光』あたりの短編は、何度も繰り返し読むべき話ではなく、一番最初の、頭がサラッピンの状態でその文字列を踏んでいかねば味わえない、地雷のような快楽に満ちている。
踏み損ねたら次はない。読みながらそういう緊張を強いられる。
一文字、ひとセンテンスを、カギカッコの中のセリフ一つを、読みのがしてなるものかという緊張感。

いつか再読するだろうが、残念ながら、誓っていいが、最初に読んだときのこの感動には追いつけないだろう。読みながら「次はない。次はもうない。今、隅から隅まで味わい尽くさなきゃ!」と焦らされる。
一見(小川洋子などより)無造作に見えて、なんと一鑿一鑿の鋭角的で精緻なことか。
僕はもう一生「川上弘美の『神様』を初めて読む」という快楽にひたることができないのだ。
酷いことだ。酷いことだ。

(シミルボン016.9)

『神様』
川上弘美
中公文庫


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