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途上国ベンチャーで働いてみた:妨害工作と暴力事件

途上国の、それも職場で、政治抗争からの暴力事件に巻き込まれた、という経験は生涯に一度であってほしいと思う。

でも、きっと直接的な当事者ではなかった私以上に、「日本人がバングラデシュのためになにか成そうというのであれば協力するよ」と、さまざまなリスクを負って仲間になってくれた、検査室のマネジメントを引き受けてくれた医師にとって、公衆の面前で拳を振り上げられ暴言を浴びせられたこの事件は、とても自尊心の傷ついたものだったに違いない。

事件に至る前、私たちが現地にリニューアルオープンされた病院の検査室運営を受託することが決まった時から、院内で検査事業の利権を得てきた既存の医師や経営層、その傘下の職員たちからはさまざまな妨害工作に遭っていた。
・新しい組織体制に言いがかりをつけて、必要のない人員の雇用を押し付ける
・コントロール不可な事情による機器トラブルの責任を追及し、新たな機材への投資を強要する
・院内医師とのコミュニケーションにおいて作為的な問題を起こす
等々…

コロナ禍でPCR検査がピークを迎えていた時期には、「検査結果に陽性が多すぎる(長期入院者をなかなか退院させられない)、検査に携わっている技師の水準が低いに違いない。そんな検査事業者に検査は委託できない」という無根拠極まりない言いがかりをつけられた。

日本の医師と現地でRNA検査の政府研究機関に勤める技師から、使用している試薬の妥当性、研究結果との比較、検査室運営体制の適正性を説明してもらう場を複数回セットしたが、理屈など通るわけもなく、吠えるような剣幕で一方的な主張を繰り返され、結局一部のPCR検査は彼らに利のある他の病院内検査室へ外注することになった。

上述の、私たちに協力してくれていたPCR検査プロセスを監修していた技師は、病院側の経営陣に対峙したあと、われわれのPCR検査室での任を解いてほしいと願い出てきた。「相手がわるい(相手にするべき相手ではない)」というのがその理由だった。自身の将来や家族の身の安全を考えたとき、敵にすべき相手ではないので、彼らと対峙しなければならない立場からは離れたい、という意味だ。

それは、新検査室がオープンする直前、管掌当局からの事業ライセンス認可を待っていたときにも思い知らされた。
外資企業による事業ライセンスの認可取得が非常にセンシティブな話であることは以前にも書いた。

その夜、私と現場オペ主任の医師、検査技師のマネジャー、HR兼財務マネジャーの4人は、新しくオープンする検査室エリアでほぼ準備の整った環境に安堵しながら当局の査察を待っていた。予定では18時頃には査察団が到着する予定だった。
しかし、来ない。待てど暮らせど、来ない。20時近くを回った頃、HR兼財務マネジャーに当局の人間から電話が入った。
「いま、旧病院の査察を終えて経営陣と話している。お前も来い」

われわれは全員面食らった。なぜ当局の人間は私たちではなく旧い方の病院の査察に向かい、さらにこちらを呼び出してくるのか?
呼ばれて行ったマネジャーは、30分ほどして悲しそうな顔で戻ってきた。
「彼らはもう査察には来ない。病院の経営陣からものすごく罵られたよ。。」

具体的には書かないが、要するに病院の経営陣はわれわれの新しい検査室に事業ライセンスを持たせたくなかった。それによって失われる利があると判断したのだろう。そこで当局に圧力をかけて妨害工作に出たのだった。政府当局に圧力をかけられる程度に、政治的な影響力を有する人間を相手に闘っているのだな、ということをはっきりと理解した。

プロジェクト関係者の中には異なる会社の日本人もいたが、日本人同士だからといって味方とも限らなかった。皆、さまざまな利害関係の中で闘っていて、それもやや暴力的な闘いだった。私にとっての味方は現地でこの状況に直面している社内のスタッフたちのみだった。”のみだった“と書くのはおこがましい。何よりも誰よりも支えてくれたのは彼らの忍耐力と意欲と優しさだった。ただ、私の精神は孤独と闘っている状態で張り詰めていたように思う。

新検査室がオープンしてからも冒頭に書いたような言いがかりの数々をつけられていた私たちは、なんとか仲間を増やそうと外部の人間にも働きかけていた。ただ、政治工作を仕掛けてくる相手に比べ、新検査室主任の医師Aはオープンマインド過ぎるきらいがあり、うっかり余計な話を話すべきでない相手に漏らしてしまったらしい。ある日、私たちの検査室をよく思っていなかった院内の人間が徒党を組んで検査室に乗り込んできた。

「Dr.Aを出せ!」

こちらが許可するまでもなく私と医師Aの執務スペースにやってきた彼らは、大声で医師Aを罵り始めた。
「外に出ろ。ここでは話にならない」
私という日本人の目がある手前、それなりの立場をもつ先方徒党のリーダーは医師Aを外に出るよう促すが、外に出れば身の安全の保証がないとわかっている医師Aは頑として席を立たない。怒りの収まらない相手は、医師Aの胸ぐらをつかみ引き摺り出そうとするもうまくいかず、今にも殴り掛からんとする勢い。その間にも考えつくだけの暴言を浴びせていたのだと思う(現地語だったので正解にはわからなかったけれど)。医師Aの顔がこれまでみたことがないほど怒りを堪えて歪んでいた。

15分ほど一方的な暴言と断続的な揉み合いが続いた頃、これまで中立な立ち位置で私たちの検査事業を陰ながら支えてくれていた病院側のマネジャー層が事務所からかけつけてくれた。

5-6人で徒党を組んで殴りこみに来た人たち

(続)

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