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物事には必ず終わりがある。だから生きてる限り、僕は頑張れる。「iichanインタビュー」

こんにちは。よろずです。

実はこのnoteは去年の9月か10月頃には完成されていた記事で、僕がRATELで運営している「VOLBOX」のnoteで上げる予定だった記事をわがまま言って僕のnoteで上げさせてもらうことにしました。

というのも、この記事は僕がeスポーツの活動を初めて、縁があってずっと仲良くしてた1個下の「iichan」が、RATELを辞める前にインタビューさせてもらった記事でした。

彼は難病である「クローン病」を患っており、今現在では治らないとされている病気で今も闘病生活を行っています。

そんな中でeスポーツを通じて大会を開催したり、今はNPO団体で様々な取り組みをしていたりと、人として尊敬出来る部分が本当にたくさんある人物です。

今はもうeスポーツを離れて、新たな挑戦に取り組んでいる最中なのですが、彼の人間としての考え方や取り組みは参考に出来るものがあると思います。

是非、彼がeスポーツでやってきたこと。
クローン病という病を患って考えたことや思ったことをたくさんの人に知ってもらいたいなと思います。

良ければお付き合いください。

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iichann…@Iichannz
19歳。
高校2年生の時からGGLの運営に携わる。
CoDが大好き。

空手から学んだ、幼少期の挫折。

――小さいころってどんな感じの人だったんですか?

iichann:
一番最初に小さい頃の話をしてって言われて思いつくのが「空手」なんですよね。
極真空手っていうのを3歳ぐらいから父親にやれと言われてやってました。

ずっと武道の世界にいたので、礼儀だとか作法だとかを学びました。
全国大会とか世界大会とかも出てたんですよ。

――世界大会ですか!

iichann:
ですです。
ただ僕身長が当時めちゃくちゃ小さくて、病気のせいもあったのか体重もめちゃくちゃ軽くて。

小学校低学年ぐらいの時は都道府県大会で優勝とかは出来てたんですけど、上級生になるに連れて体重階級っていうのがあって、分けられた中で一番低い体系でした。

なので次第に勝てなくなってしまって、絶対に埋められない「身体的なギャップ」にそこで出会いました。

技術やテクニックでなんとか出来たのかもしれないですけど、チーム競技でも無ければ純粋な一対一の競技なので、そこの埋め方を自分の中ではどうしようも出来なくて、悩んでましたね。

――体格差の問題ってどうしてもありますよね。

iichann:
父親が厳格な人だったので、自分がどうしようも出来ないことで怒られるのもいやだし、どんどん嫌いになってしまって、6年生の時に辞めてしまいました。

リーダーを務め上げた、学生時代。

――学校ではどんな感じの学生だったんですか?

iichann:
それこそ空手をやっていたこともあったんですけど、元々家庭が礼儀に厳しくて。

小学校に入っても先生にはちゃんと敬語を使う。周りを見るっていうのが自然と出来るような性格に自然となってました。

なのでまとめ役とかクラス委員長とか、生徒会の副生徒会長みたいなことをやってましたね。

小学校時代は「まとめ役」的なものは全部やったと思います。

――絵に描いたようなエリートじゃないですか笑

iichann:
勉強も以外と出来ましたね笑
勉強が出来たというよりも、成績が良かったですね。

テストがめちゃくちゃできるわけじゃないけど、提出物とかで内申を上げることができて。

小学校が元々国立の付属小学校で、それでうちの学校は「連絡進学」っていうのがあって、成績が良い人の順から4つ中学校を選ぶことが出来たんですね。

それで俺は成績も悪くなかったので、「どの学校でも選べますよ」って言われたんですよ。

――凄いですね、どこを選んだのですか?

iichann:
頭が良い人が行く学校が3つあって、もう一つ大勢の人たちが行く学校があったんですよ。
それで俺は、その大勢が行く学校に行きましたね。

――頭が良い人が行く学校には行かなかったんですか?


iichann:
その学校はとにかく自由で、面白そうで、生徒たちがみんな私服で登校している様子が近くだったんで見てたんですけど、それがすっごくキラキラしてたんですよ。

しかも割と進学率とかも良くて、海外の大学だったり東大いったり早慶に半分ぐらいの人たちが進学してて。

凄いなって思ったんですよね。
だからその学校を選びました。

それで通ってたんですけど、めちゃくちゃ面白くて。
それこそ中1の時からクラスの中で英語が飛び交ってたり、それも休み時間に。

――休み時間に英語が飛び交うって凄いですね…笑

中高一貫校だったので、行事がことあるごとに高校生たちと一緒だったんですよ。

体育祭の時も、高3生のリレーの迫力とかが忘れられなかったですね。
受験も近づいているのに、めちゃくちゃ楽しんでて盛り上げてて、その光景に感動してました。

素直に、中学生になったときは、入って良かったなあって思ってました。

中学2年生で体験した、壮絶な「いじめ」

――部活とかは何をやってたんですか?やっぱり部長とかやってたんですか?

iichann:
サッカー部に入ってて、小学校の頃の経験とか、それこそ礼儀を学んでたこともあって中学時代もクラスの委員長とかはやってました。

ただ中学2年生の時に、けっこうがっつりいじめられてたんですよね。

――いじめですか…

iichann:
小学校の時から先生に好かれる性格だったし、前に出ることも多くやってたので、みんなから好かれるような性格じゃなかったというか、ヘイトが溜まってたんだと思います。

ある日事件をきっかけにそれが爆発しちゃったみたいで、いじめに発展してましたね。

それを機に何事にもやる気を持てなくなっちゃって、そこから全部が下り坂状態になってましたね。

成績は下がるしサッカーも上手く行かないし、それこそ人間関係も上手く行かなかったですね。

でも中3の時に同じクラスになった子がいたんですけど、その子は外部進学組だったのに、過半数が内部進学のグループにも凄くなじめるようなコミュニケーションが上手いみたいな子がいたんですね。

その子にある日たまたま「いじめ辛いんだよね」っていう相談をしたら、「俺がなんとかしてやる」って言われたんですよ。

「俺がなんとかするから、いーちゃんはいーちゃんのままでいな」って言われて。

サッカー部で色々言われてる時とかも、俺の代わりに言い返してくれたり、人望がすっごい厚い人だったので、向こうも言い返せないみたいな状況を作ってくれたんですよ。

その子に助けられて、色々やる気とかも出てきて、まとめ役を務めるようになった時、
「自分って何もしてないな」ってことに初めて気付いたんですよ。

――「何もしてない」ですか。

iichann:
いじめられていて、その時には全く気が付かなかったんですけど、周りを見てみると、色んなことをやり始めてる子たちがほとんどだったんです。

例えば志望校を決めて勉強してたり、自分の学校は「探求分野」が凄く有名で、自分が調べたいことを調べて人前で発表してる子とかもいました。

ダンスで世界大会に出たり、バイオリンで日本〇位みたいな人もいたなかで、「何もしていないこと」への焦りみたいなのが、その時から湧き始めたんです。

その危機感から、「何かしなきゃまずい」と思い始めました。

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そして気付いた、「ゲーム」という選択肢。

――それで残されてるのはゲームだけだって思ったんですか?

iichann:
中1の頃からCoDをずっとやってたんです。

友だちとのコミュニケ―ションもCoDでやってて、休日は一日中CoDをやってるっていう感じだったんですよ。

その流れで「なにやらゲームの中にも大会がある」っていうことを知りました。

丁度その時にRush Gamingがアジア大会に勝った大会を見て、自分たちとの戦い方も全く違うし、コーチング、勝ったときのリアクションがもはや迫力なようなものを感じさせてて、鳥肌がぶわああってなったことを思い出したんですよね。

そもそもなんでゲームにハマったのか何ですけど、それが小学校時代に原因があって。

空手をやってるって話したと思うんですけど、スポーツには絶対存在する身体的な差だとか、何か自然と感じていた不安みたいなものがゲームには無くて、「誰でも強くなれる」っていう部分に凄く魅力を感じてたんですよね。

だからゲームを探求してみようと思うようになったんですけど、果たしてゲームにはどんな社会的意義があるのか、学術的なものなのか、研究する価値のあるものなのかをずっと考えてたんですけど、結局1年間は何も出来なかったです。

でも周りは実績を出していて。
映画甲子園で金賞を取った子が同級生にいたりして。

自分はどうやったら良いんだろうっていうことをずっと考えてました。

――それで、どうしたんですか?

iichann:
高2の春みんなが受験でざわざわしだす時に、自分は色んなセミナーに行ってましたね笑

「とにかく行動するしかない」って思って、1か月に10~20ぐらいのeスポーツ系のセミナーに行ってました。

そんな中で、自分と同級生の歳の子とか、1~2歳しか変わらないのにやばいことをやってる人がたくさんいるっていうことに気が付いたんですよ。

そこで出会った人に影響を受けて、はっきりとは覚えてないんですけど「なんかやろう」ってことで話しあったのが、「あいるー」でしたね。

でも当時は何をやっていいのかやっぱり分かんなくて、そのタイミングで「自分の存在意義ってなんなのかな」って考えるタイミングがあったんです。

――存在意義ですか…

iichann:
それこそ自分がセミナーに通ってて出会った人に言われたんですけど。
高校2年生でまさか自分の価値について考えるなんて思ってもなかったですし、正直その時は「何を言ってるんだろう…」って思ってましたね笑

ただどうもその言葉が心に残って、悩む日々が続きました。

俺は何も出来ないし、何の能力もないから何をしていいのか、それこそ価値とかも何も分からない中で、eスポーツのことについて改めて考えて見たんです。

そしたら、「eスポーツって大会じゃね?」って思うようになったんですよね。

GGLの開催秘話。

――それで、GGLですか?

iichann:
そうですね。

その前に自分が流行ってたスマホゲームがあって。
そのゲームの大会についてめちゃくちゃ研究とか調べてた時期があったんですよ。

そしたら、募集ツイートで大会の詳細のほとんどがスマホのメモ帳に書かれたものだっていうことに気が付いて。

文字だけでスクショして貼る。みたいな。

当たり前だったし、多分今も当たり前だと思うんですけど、俺はもっと「告知画像」とか、「かっこいい告知動画」みたいなものの印象がeスポーツに抱いてたんで、そこにギャップを感じたんですよね。

それで、「かっこいい大会を作ったらみんな楽しいのかな」って思ったのが、GGLのきっかけでしたね。

――GGLめちゃくちゃデザインこだわってますもんね。

iichann:
めちゃくちゃこだわってます。

ただ単純に「かっこいいものを作りたい」って思っただけなのに、色々やるべきことが見えてきて。

例えばデザイナーさんに手伝ってもらおうとか、かっこいい大会をみんなに知ってもらうために、YouTuberさんとコラボをしてみようとかとか。

誰でも思いつきそうなことだし、単純なことなんですけど、そこで自分の存在意義的なものを見つけれたのかもしれませんね。

――簡単なことかもしれませんけど、それで行動できる人ってなかなかいないと思いますよ笑

iichann:
そうなんですかね笑

それからただひたすらに大会運営をやってたんですけど、PLEADESをはじめたあたりぐらいから数字を気にしなくちゃいけないなって思うようになったんですね。

同時接続、Twitterのフォロワー、動画の再生時間とか諸々気にしていかないと、大会をやってる意味が無いなって思って。

それで「どうしたら数字を伸ばせるか」って考えてたら、ずれてくるところが出てきたんですね。

――ずれてきた部分?

iichann:
元々なんで大会をやってたかっていうと、CoDモバイルをやっている人たちや本気で打ち込んでいる人たちが本当にかっこよくて、その人たちのための大会をやりたかったんです。

そういう場所が「GGL」であってほしかったのに、いつしか数字ばっかりに目がいっちゃって、その部分を忘れちゃってたんですよね。

そこから、「GGLとは」という部分を考えるようになりましたね。
それが2,3ヶ月前ぐらいでした。

――ということは、入院する直前ですか?

iichann:
そうですね、それを考えている途中での入院でした。

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eスポーツとクローン病。

――入院のきっかけになった「クローン病」っていつごろ発覚したんですか?

iichann:
丁度あいるーと出会って、何かしようと思ってた高校2年生の夏でした。

医者の方から「治らない病気」だって宣告されて、当時はめちゃくちゃ悲観しました。

「何が原因で起こるか分からない。だから何が効くのか分からない。だから治すこともできない」って言われて。

そこでもまた空手時代の「身体的なギャップ」に打ち付けられるんですよね。

――そっか、病気で更に追い込まれますよね…

iichann:
空手の場合、もしかしたらどうにかなったのかもしれないですけど、病気に関しては本当にどうしようもないじゃないですか。

自分のやるべきことが決まって、一緒にやる人も出来て、いざやろうって時になんで自分が病気になるんだろうって正直思いました。

それまでも自分の中では空手とか、いじめだとか辛い経験をしてきたつもりでいたのに、「なんで自分が」って思いますよね。

――自分だったら絶対に思いますね…

今年の春に2回入院して、それまではなんで自分がって思ってたんですけど、その時に「自分で良かった」ってはじめて思いました。

それこそ当たり前の生活にめちゃくちゃ価値を覚えるようになって。

家族と他愛もない話をしたり、友だちと一緒に帰ったり、おいしいもの食べたり、ゲームしたりっていうことが「当たり前じゃない」って思ったんですよね。

コロナ禍でみんなも痛感したと思うんですけど、そういうことに感謝しなくちゃいけないって。

病気になればみんな思うことなのかもしれないですけど、そういうことを思えるようになったからこそ、「自分で良かった」って思いました。

eスポーツに出会って、何かに熱中することができたからこそ、自分を前向きにする力がそこでも活かせたんじゃないかって感じました。

――そういうiichanなりの空手やいじめもあったのかもしれないですね。
本当に素敵な考えだなって思いました。

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eスポーツと出会って体験できたこと。

――iichannの人生において、eスポーツって欠かせない存在になってるんですね。

iichann:
そうですね。

それこそさっき話した研究のことなんですけど、「スタートアップで考えるeスポーツの取り組み」というテーマで研究してて。

それが学校で4つしか選ばれないプロジェクトっていうのに選ばれて、全校生徒の前で発表する機会があったんです。

発表する時自分の隣に映画甲子園で金賞を取った子がいて、その子には敵わないとずっと思ってたので、並んで発表出来る日が来るなんて思ってませんでしたね。

先生にも「頑張ってるね」って褒められて、それまでは「凄いなあ」って思う立場の人間だったのが、飯塚遼馬として見てくれるようになったので、eスポーツのおかげで今の自分があるなって思ってます。

病気とかもeスポーツのおかげで立ち向かえたと思うし、出会えてなかったらもっと簡単に心が折れてたのかなとも思うし。

「たかがゲーム」って思われてる間から学術として研究として取り組んでたっていう部分も強さになってるのかなって考えますね。

ゲームのお陰で、乗り越えられたことが多かったなあって思うな。
俺の人生。



iichanの新しい取り組み「スキカッテ」

本日11時オープンメディアHP

https://syakainomikata.com/


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