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「本の甲子園」全国高等学校ビブリオバトル決勝を観覧して読みたい本があふれ出す

「この本は、読む順番によって720通りの結末を迎えるんです」

「想像してみてください。もし大切な人が殺され、犯人が少年法で守られたとしたら…」

「この探偵、眠るたびに記憶をなくしてしまうんです。裏を返すと、どんな事件も1日で解決するんです!」


制服に身を包んだ高校生が、ステージ上でマイクに向かい合っている。すぐ隣には、1冊の本。

緊張と、本に対する想いが痛いほどに伝わってくる。今日という1日で、どれほどの本を読みたくなったんだろう。

ぼくはもっと早く、知っていればよかった。本を読むことと、その魅力を人に伝えることを。


***

「第10回全国高等学校ビブリオバトル決勝大会」。膨らむ期待と共に、ぼくはこの会場に足を運んでいた。

【ビブリオバトルとは?】
1.発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる.
2.順番に1人5分間で本を紹介する.
3.それぞれの発表の後に,参加者全員でその発表に関するディスカッションを2〜3分間行う.
4.全ての発表が終了した後に,「どの本が一番読みたくなったか?」を基準とした投票を参加者全員が1人1票で行い,最多票を集めた本をチャンプ本とする.

ビブリオバトル公式ルールより

ビブリオバトルは上記のルールによって催される「本のオススメ大会」。高校生における全国大会が東京で開催され、ぼくは観覧に来ていたのだ。

会場には、各都道府県で予選を勝ち抜いてきた高校生が50名ほど集まっていた。

ひとりひとりがステージ上にあがり、司会に紹介されていく。

学年は1〜3年生とバラバラで、演劇部やディベート部、吹奏楽部など部活も様々。多種多様な「本好き」の高校生が集まっていた。

中でも印象的だった紹介が2つある。

1つ目は「親にゲームを禁止されてしまい、仕方なく電子辞書の中の文芸作品を読み漁っていたら、本が好きになった」というエピソード。

きっかけが特殊すぎる。抑圧したら、そのエネルギーが別方向から芽生えてしまっている。でも、親からしたら結果オーライなのかもしれない。

2つ目は「夢中になって小説を読んでいたら、父親に『小説ばっかり読んでるんじゃない!漫画を読みなさい!』と叱られ小説を取り上げられた」というエピソード。

逆だよ。心配になるレベルで小説読みまくってたのかな。周りを不安にさせるほどの本への没頭、なんだか愛おしい。

出場者の紹介を終えたあとは、8ブロックに分かれて予選が行われる。同時並行で進むので、複数の会場から1つを選んで移動した。

とうとう、高校生たちのオススメ本紹介が始まる。ぼくはビブリオバトルをYoutubeでちょっとだけ見たことがあるくらいだったので、実際の紹介イメージはそこまで湧いていなかった。

だから本物を目の当たりにして、ただただ驚いた。本を紹介するというシンプルな行為に、こんなにも心を鷲掴みにされるなんて。

高校生たちは5分という時間を最大限に使い切り、本の魅力を余すことなく伝え続ける。あらすじ紹介にとどまらず、そこから自分が何を感じとったのか、感情をふんだんに載せて届ける。

高校生たちの本への愛が、心の柔らかい部分まで浸透してくる。あなたがこんなにも全力で話し抜く作品を、今すっごく読みたいよ。

そう思わせてくれる時間がひたすらに積み重なっていった。

予選で特に読みたくなった作品をご紹介。

『みんな蛍を殺したかった』(木爾チレン)

・あらすじ:とある女子校の生物部に所属する、高校生3人組。彼女らは日々オタクトークを楽しんでいた。そんな最中、息を呑むほど美しい転校生「蛍」が生物部に入部希望を出してきた。4人は次第に仲を深めていくが、ある日蛍が線路に飛び込み命を落としてしまう…。
・オススメポイント:誰かに対し「羨ましい、あの人みたいになりたい」と思う感情が「憎たらしい」と変化していく様子を痛いほどに描いている。そんな感情を一度でも味わったことがある人に、ぜひ手に取ってほしい。

ふわふわした雰囲気のかわいい女の子が「私、読んだあとに嫌な感情になる『イヤミス』大好きなんです!人間関係のドロドロした感じがたまらなくて…」と話している姿に釘付けになった。そのギャップ、とんでもない引力を放ってるよ。

イヤミス、ぼくの好きな分野じゃないのになぜか読みたくなった。目を背けてしまう感情を小説で味わうことの苦しさと気持ちよさを、もうこの年齢で知っているのか…と感慨深くなる。


『Q &A』(恩田陸)

・あらすじ:郊外のショッピングモールで死者69名を出した原因不明の大事故。集められる様々な証言から、事件が少しずつ浮かび上がってくる。ただ、証言を照らし合わせてもどこか食い違っている…。この日に起きた真実とは?
・オススメポイント:この作品は全て登場人物の「質問」と「回答」の会話文だけで進んでいく。よって、読者も事件のパーツを組み合わせながら自分なりの解釈をして楽しむことができる。事件の全貌は明らかにされないため、読者によって「ミステリー」「ホラーサスペンス」など様々なジャンルとして読むことができる。

「『謎の匂いが立ち込めていた』『ぬいぐるみを引きずっている少女がいた』という情報はあるのですが、どうも噛み合わないんです」と少し不穏な空気を漂わせながらお話しするのがうますぎた…。

「なぜなら〜」「しかし〜」と話の構造が綺麗かつ引き込まれる流れになっていて、夢中になって聞いていた。「自分が読んだら、どんなジャンルとして解釈するんだろう」という想像も駆り立てられる素晴らしい紹介だった…!


他にも作品内のセリフを登場人物になりきって朗読する演劇部の子、「100回以上練習してる…?」と思わせるほど一切の澱みなく堂々と紹介する子などがいて、内容がギュッと詰まった5分間しかなかった。

観覧した予選ブロック
投票もできちゃう

予選を終えて、ゲストのトークショーに。朝井リョウさんと、高瀬隼子さんが高校生の質問に答えていく。

「小説のテーマをどのように組み立てているのか」「兼業作家から専業作家になった経緯」といったお話を目の前で聞ける贅沢なひととき。

ぼくにとって素敵な時間だったのはもちろんだけど、ここにいる高校生にとっては未来への栄養となる貴重な体験になったんだろうな、と勝手にしみじみ。

トークショーのあとは、とうとう決勝。各ブロックを1位で通過した8名がビブリオバトルを繰り広げる。

さすが決勝、レベルの高い紹介が続いていく。平安時代を舞台にした『月と日の后』を「ライバルの子を育てる藤原彰子から『守る強さ』を教えてもらいました」と凜とした表情で話す女の子。

言語学をゆるく学ぶ『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ 言語沼』を「『あの〜』と『え〜っと』の違いって考えたことあります?この違いってフェルマーの最終定理くらいおもしろいんです!」とワクワクが滲み出た口調で話す男の子。

会場には思わず唸る声が漏れ、発表のあとには大きな拍手が立ち込めていた。

そんな激戦を勝ち抜き、優勝した作品はこちら。

『同姓同名』(下村敦史)

・あらすじ:6歳の少女が殺された事件の犯人が世に知れ渡った。その名前は「大山正紀」。その後全国の同姓同名である大山正紀たちは学校でいじめられたり、就職試験で落ちたりといった被害を被る。そんな大山正紀が被害者の会を立ち上げるが、新たな事件が巻き起こっていく…。
・オススメポイント:登場人物が全員「大山正紀」のため、誰がどの大山なのかを口調や性格から読み解いていかないといけない。物語が進むにつれ「この大山がこっちなら、あの大山は誰だったんだ…?」と混乱が起きること間違いなし。頭の中が「大山正紀」で支配されてしまうほどの存在感のある作品。

身振り手振りを使って、全身で「大山正紀たちと向き合うおもしろさ」を表していたのが印象的。この男の子の紹介は予選と決勝どちらも見ていたんだけど、話す内容を変えていて驚いた。M-1の決勝…?

「ごはんを食べているときもどこからか『オオヤマ…オオヤママサノリ…』と囁いてくるほど頭にこびりついてしまうんです!」という表現がイキイキとしていて、思わず自分もその状態に陥りたくなってしまった。


本ってすごい。好きな本を全力で伝えるってすごい。そんなことをあらためて心に刻ませてくれる1日だった。

イヤミス、自由律俳句、心理学、農業…高校生が紹介していた作品は様々だ。でも全てを共通して「この本を読んでほしい!」という気持ちの厚いカバーがかけられて紹介されていた。

ビブリオバトルを、もっと早く知ればよかった。自分の心が震えたものを手に持って、誰かの心に影響を与えてみたい。

自分の大好きなものを言葉にして、目の前の人に全身で愛を送り出すビブリオバトルが、1人でも多くの人に届きますように。


読みたい本リストが大渋滞を起こしている


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