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四月ばかの場所17 逸脱

あらすじ:2007年。キャバクラで働く作家志望の早季は、皮肉屋の男友達「四月ばか」と一年間限定のルームシェアをしている。社会のどこにも居場所を感じられない早季は、定住しない四月ばかの生き方をロールモデルとしていた。ある日トリモトさんという変わった男性と知り合い、急速に惹かれていく。

※前話まではこちらから読めます。

あたしが話し終えると、トリモトさんは

「奴隷はほんまに幸せやったんかな。幸せやなくても『幸せです』ゆうてただけかもしれへんしなぁ」

と言った。

その言葉に胸がざわつく。トリモトさん好みの、彼の賛同を得られそうなエピソードだと思ったのに。

トリモトさんのくせに、と思ってから、そう思う自分にギョッとした。

あたしは傲慢で自意識過剰だから自分の感性が絶対だと思っているけど、好きな男の感性をここまで侮っているなんて。

同時に、先生をクラス全員で攻めたてたときの罪悪感がよみがえり、ジョッキに残っていたビールを一気に流し込んだ。

焼酎のボトルと水割りのセットを注文する。あたしが「濃いめですよね?」と聞くと、トリモトさんは「いやいやいや、自分でやるから」とグラスを奪った。

高校時代の話になった。

トリモトさんは高校時代、暗くて目立たなくて(わかる。今はある意味目立つ人だけど)クラスの中で目立つグループの人間に対して「俺はあんたらより有名になってみせる」と思っていたそうだ。

そうやって他者からの評価を自分の原動力にするの、疲れないのだろうか?

あたしも、目立ちたいし人から認められたい。だけど、小説を書く原動力はそこじゃない。その感情はあくまでオプションで核じゃないし、そこを核にしている人間は矮小だと思う。

「さつきさんはどんな高校生やったん?」

「あたし、一年の夏休み前に高校辞めたんですよ」

トリモトさんは「なんで?」と目を輝かせた。こういう話には食いつくだろうと思ってはいたが、まったく予想どおりのリアクションをされ、少しげんなりする。だから今まで言わなかったのだ。

「どうして、ってよく聞かれるんですけど、理由聞かれると困るんです」

入学して一ヶ月ほど経った頃から、学校に行くのが嫌になった。これといった理由はない。

幼稚園の頃から、何も考えずに過ごすとクラスで浮いてしまう。あたしはそれが嫌だった。ハブられるのが怖くてみんなの顔色を伺っていたら、浮かなくなった。小学校でも中学校でも、それを続けた。

だけど、高校一年のあるとき、急に糸が切れた。もう空気を読むの疲れたな、と突然気づいてしまったのだ。

一度仮病で学校を休んでしまうと、それが二度、三度と繰り返され、もう二度と行けなくなった。

自分でも、なんでそうなったのかわからない。休みが続くと戻りづらくなるから行かなきゃ、とは思うのに、制服を着るだけで疲れてベッドに横になった。

親は「怠けているだけだ」と激怒した。そうかもしれない。あたしは病人のように毎日をベッドの中で過ごした。何をする気力もなかった。

学校へ行けなくなってしまった自分の将来を考えると絶望的な気持ちになって、一日に何度も泣いた。すると、母はあたしを精神科のクリニックに連れて行った。

「みんな『高校を中退した』って言うと、何か原因があるって思うみたい。いじめとか、家庭環境に問題があったんじゃないかとか。でもそういうんじゃなくて、ただ、どうしようもなく嫌になっちゃっただけなんです」

いかにもそれらしく聞こえる理由があったほうがあたしも楽だけど、実際は何もなかった。

ただひとつ言えるのは、あたしは自分を過信していた。「演じていないと浮いてしまう不器用さ」を、「浮かないように演じられる自分は器用」だと思っていたのだ。

だけど、あたしは自分をコントロールし続けられるほど器用じゃなかった。今でもあたしは、今宮早季という厄介な女に振りまわされている。

トリモトさんは珍しくあたしの顔を見つめていた。

「俺も、学校なんてこれっぽっちもおもろなかったわ。アウトサイダーに憧れてたのに、中退なんてリアルに考えたこともなかった」

「アウトサイダーですか」

たかだか中退くらいでアウトサイダーの話題を持ち出されてしまった。

「逸脱したいっていつも思ってた。世の中とか常識から逸脱してる人に憧れてたわ」

「たとえば?」

「マリリン・マンソンとか」

思わず吹き出してしまった。数多くいる「逸脱してる人」の中で(逸脱の定義は人それぞれだけど)、マリリン・マンソンに憧れるところがトリモトさんらしい。あたしはトリモトさんのそういうところを小バカにしながら、同時に、とても愛しく思う。

「わかります、そういうの。すごく、すごくわかります」

あの頃のあたしにとって、それは四月ばかだった。四月ばかにとってのそれはカート・コバーンだった。

四月ばかもベタだな、と今は思う。

トイレに行くと、洗った手を乾かす機械に『CLEAN DRY』と書いてあるのを、一瞬『GREENDAY』と読み間違えた。

そういえば前にも同じことがあった。そのときは、このことを四月ばかに話そうと思っていて、結局話すのを忘れてしまった。今日、帰ったら話そう。

トリモトさんは最後にパフェを食べ、店をあとにした。

別れ際に誕生日プレゼントを渡すと、トリモトさんは「え、いや、いいんですか、ほんまですか」と敬語で焦ったあとに、ふにゃっと笑って「ありがとう」と言った。

その瞬間、この人としたいと思った。





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