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ゲストハウスなんくる荘9 ボブ二者択一

あらすじ:那覇にあるゲストハウス・なんくる荘にやってきた未夏子。気ままに生きる彼女は、次第になんくる荘の長期滞在者たちと打ち解けていく。

前回まではこちらから読めます。


目が覚めて枕もとのスマホを見ると、『7/9(mon)12:34』と表示されていた。

一瞬慌てるが、すぐに今日がバイトのない日だということを思い出す。窓のカーテンを開けると強烈な陽射しが目に入ってきた。昨夜までの大雨は幻だったのか。

ここ最近蒸し暑い日が続いたけれど今日はいつも以上に蒸し暑く、寝汗でキャミとパンツ、シーツが湿っていた。朝八時で切れるように設定されているクーラーが恨めしい。

ベッドに取りつけられたカーテンをジャッと勢いよくあける。隣のベッドのカーテンは閉まったままで、ピンクの布越しにまどかちゃんが横になっているのが見えた。

ビキニの上とデニムのホットパンツで居間に行く。ここ最近、暑いからいつもこの格好だ。新しく来たお客さんは、あたしを見て一瞬たじろぐ。そのたびに「あ、これ下着じゃないんで。水着なんで」と弁明するが、アキバさんは「そういう問題ではない」と言う。

「あ、おはよー」

和室ではジンさんが寝そべったままバイオレットを吸っている。二台の扇風機からの送風を独り占めしているが、ちっとも涼しそうには見えない。

アレカヤシからは短冊がすべて取り外されていた。

「みんなは?」
「もちろんクーラー部屋」
「みんなもう起きてるんだ」
「だってモンとヒロキはかなり早い時間から寝ちゃってたし、アキバさんはロボだし、マナブさんはオーナーだからいつまでも寝てられないし」
「ジンさんは?」
「俺は部屋行かないでここで寝た」
「なんで? 暑いでしょ」
「目ぇ覚めたらまず煙草吸いたいから」

ジンさんの鼻のあたまに汗の玉が浮いていた。

「なんかさ、煙草を取るか涼しさを取るかって感じだよね。なんでクーラー使ってるときは禁煙なんだろね?」
「ほら、あれ、クーラーの掃除が大変になるから」

あぁ、そうか。それなら仕方ない。冷蔵庫から、2ℓのペットボトルのさんぴん茶を取り出して飲む。

「俺はここにいる限りクーラーとは無縁だな。煙草ないと生きられないから」
「この暑さの中では生きられるんだ」
「俺はどんな環境でもサバイブできるから。ミカコちゃんと同じ」

あたしも自分のハイライトに火をつけた。

「音楽変えていい?」
「じゃあ、じゃんけん」

BGM権を賭けて「じゃーんけ」まで言ったところで、クーラー部屋からマナブさんが出てきた。

「何のじゃんけん?」
「BGM」
「あ、俺も」

三人でじゃんけんをしたら、マナブさんが勝った。マナブさんがかけたのはボブ・ディランだった。

「この暑いのに!?」

思わず大きな声が出る。暑い日にボブ・ディランを聴いてはいけないという決まりはないのだけど、「ちょっと違うだろう」と思う。

「ディランよりマーリーでしょう、ボブで言えば」

なんでボブ二者択一なのか。自分で言って、ちょっとおかしくなる。

マナブさんは私の言葉を無視して、籐椅子に腰かけた。

「ミカコちゃんでも誰かを羨ましいって思うことあるんだなって、ちょっと安心したよ」
「は?」
「ほら、昨夜の。信長」
「もういいよ、その話は」

なぜそれでマナブさんが安心するのか。あたしにはわからないし、わからないこと自体、何か問題があるのかもしれない。

クーラー部屋では、アキバさんとモンちゃんとヒロキ君、そして一昨日から宿泊している四十代後半くらいの男の人が麻雀をしていた。三泊の予定の観光客だ。昨日が丸一日雨でつぶれてしまったから早く観光に行きたいだろうに、マイペースなジンさんに代打ちを頼まれているようだ。

ヒロキ君はなんくる荘に来てから麻雀を覚えた。もうすっかりなんくる荘になじみ、特に同室のモンちゃんと仲がいい。

あたしとまどかちゃんの滞在する一号室にも、最近ぼちぼち短期滞在の女の子が宿泊していくようになった。

「夕方から二泊の女子大生来るって。東京の人。二人組」

モンちゃんが嬉しそうに言う。モンちゃんの足元でだらしなく寝そべっていたネコンチュが頭をもたげる。

「楽しみ?」

あたしはモンちゃんとネコンチュに訊ねる。

「そりゃ楽しみだよー。オレ今日バイトないし。夜一緒に飲みたいなー」
「あたしも飲むよ」
「邪魔せんでよ」
「するわけねーだろ。他には? 今日の夜いる人」

アキバさんとヒロキ君が首を横に振る。バイトなのだろう。

「あの、私、今日の夜どこにも行く予定ないんですけど、よかったら飲み会参加していいですか?」

代打ちおじさんがおずおずと尋ねる。

あたしが「もちろん」と答えると、代打ちおじさんは安心したように笑った。

「あとはマナブさんでしょ、ジンさんはたぶんバイトだけん無理。あとまどかちゃんでしょ。あ、あとね、夜に若い男が来るって。よかったね、ミカコちゃん」

「あたし、若いのには興味ないんだよな」

言ったそばから代打ちおじさんの視線を感じる。

アキバさんのメガネが窓から射しこむ陽射しを受けて一瞬光った気がして、さっきジンさんが言っていた「アキバさんはロボだし」という言葉を思い出し、少し笑いそうになった。




次の話






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吉玉サキ

ライター・エッセイスト/著書『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』http://urx2.nu/Vmkr webメディア・雑誌で執筆中/有料記事は知人に読まれたくないだけで有益な情報とかじゃないです/お仕事のご相談はsaki.yoshidama@gmail.com

ゲストハウスなんくる荘

2007年に書いた長編小説を加筆修正しながら公開しています。那覇にあるゲストハウス・なんくる荘に長期滞在する26歳の未夏子。ゲストハウスを舞台に繰り広げられる、覇気のない出会いと別れの日々。