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対戦前日、計量ではあまり見ない光景を見た。日本スーパーバンタム級タイトルマッチ。古橋岳也vs久我勇作


計量ではあまり見ない光景を見た。

待ち時間も、ツーショットの撮影中も目を合わせなかった二人が、一連の儀式を終えたときだった。
まるで旧友に会ったような柔らかな表情で、明日戦う相手にちいさく会釈する久我勇作を見た。後ろを向いていた古橋岳也の顔は見えなかったが、間違いなく、いつもの目がなくなるほどの笑顔を見せていたはずだ。

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大人の男たち、を見た、と思った。二人が互いをどう思っているか、その感情、関係性が見えた気がした。

現日本王者と前日本王者。彼らが戦ったのは一年前のことだ。

強打の王者・久我に、挑戦者の古橋は真っ向勝負を挑んだ。打ちつ打たれつの打撃戦は、次第、激しい消耗戦になり死闘になった。ペースを支配し、ポイントを稼いでいたのは王者。後半、挑戦者は「もう体力を使い果たし、気持ちがほんの少し残っていただけ」だった。その満身創痍の古橋が劣勢をひっくり返したのは9ラウンド。

「行け!」

ここが最後の勝負どころと見極めた孫創基トレーナーのゴーサインを、古橋は信頼し、賭けた。もう微塵しか残っていなかった力と気持ちを振り絞り、左右の連打から渾身の右ストレートを放つ。その右に王者はぐにゃりと腰を落とした。久我もまたそれまでの打撃戦でダメージを負っていた。レフェリーは、キャンバスに落ちかけた久我の体を支え、もう片方の手を振って試合を止めた。

その直後、逆転で王座を手にした古橋はリングに倒れ込み、敗者となった久我はレフェリーと駆け寄ったセコンドに体を抱きかかえられた。どちらももう自力では立てなかった。

壮絶な戦いを共有した二人には、リング以外で睨み合ったり、力を誇示する必要がない。

どちらも無傷で駆け上がってきたわけではない。勝つことの難しさも、負けることがどういうことかも知っている。自分が誰かを喜ばせていることを嬉しく思う日々も、何をしていても腹の底から笑えない日々も知っている。

互いへの敬意を、だから二人の会釈に見た。同時に、自分は一年前の自分ではない、勝つのは自分だという静かな自信と覚悟も。

二人は正々堂々戦い、この1年、どう自分とボクシングと向き合ってきたかを見せつけあうだろう。

日本スーパーバンタム級王者・古橋岳也VS挑戦者・久我勇作。

今夜、再戦。


計量後会見

古橋岳也にとって二度目の防衛戦になる。
初防衛のときもそうだったが、今回も守るという意識はないと日本王者は言った。
「リングに上がったら一旦ベルトをコミッションに預けるじゃないですか。だからベルトは取りに行くものだと思ってます」 
明日の試合は楽しみが七割。三割は怖さです。久我さんは純粋に強い。あの強打はやはり、怖い。
ただ今の僕は以前の僕じゃない。
前回僕は久我さんに勝ったもののポロポロでした。被弾とセットの激闘スタイルでは上に行けない。この一年、笠康二郎トレーナーと積み上げてきた技術、成長を明日見せたい。一年前の自分へのリベンジでもあります。

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久我勇作(ワタナベ)が明日挑む日本スーパーバンタム級王座。一年前、その座にいたのは自分だった。九回逆転KO 負けした敗因を「相手のボクシングに合わせすぎた」と言い、あの敗戦以降ディフェンスを中心に強化してきた、明日は自分の距離からパンチを当てていく、と言葉少なく語った。
〝一発〟を持つ強打者は、だがKO宣言はしなかった。ベルトを取り返す、とも言わなかった。
「とにかく古橋選手に勝ちたい。それだけです。それだけを考えてきた一年でした」

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