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【詩的散文】完璧な終焉の向こう側で

光の射しこまない閉ざさされた場所で
ほとんど身動きも取れずに打ちひしがれていたとき、
何かがわたしに触れた

色彩豊かに躍動する世界はあまりにも遠く、
明日がくることさえ信じることができずにいたとき、
何か知らない存在がわたしに触れたのだ

こんなに暗くて堅牢な場所に
どうやって入ってくることができたのだろう
わたしの内側にある秘密の部屋に
どうやってたどり着いたのだろう


わたしはその日、
闇の淵に立っていた

暗闇すべてを集めて煮詰めたような
真っ暗で生き物の気配のまるでない闇の淵

闇そのものがもしあるとしたら、
きっとこういう濃密さだろう
わたしはその淵に立ちつくしていた

あと一歩踏み出せば呑みこまれる
瀬戸際というのは
このようなところなんだな
妙に覚悟の決まった鷹揚さで思う

魅入られたように凝視していると、
黒々と煮詰められた闇の向こうが蠢いたように見えた
次の瞬間、
平板に見えていた闇が奥行きのある空間へと変貌する

奥行きが発生してはじめて
それまでの闇が平板だったことに気づく
もう一段階、ぐっと深いところへ吸い込まれる

招かれるように開かれた闇の向こうへと
吸い込まれていく
世界は完全に終わった、と感じた

終わったはずの世界で、何かがわたしに触れた
何が起こったのか
理解は全く追いつかない
終わったはずだったのだから
あまりにも完璧な終焉
あんな完璧な闇はイデア界にしかないだろう
(イデア界に闇のイデアはあるのか?
 闇のイデア、というパラドクス)

何もない沈黙の中で
何かがわたしに触れたという事実は
「物語は続いている」
ということを示していた

その感触ほど
優しく慈愛に満ちたものをわたしは知らない
その存在に触れられたところから
わたしの内側にまばゆい光が入りこんできた

熱い
すさまじい熱量だ
容量不足の回線は灼ききれてしまいそうだ

一点から堰を切ったように注ぎ込まれる光は
膨大な情報量を含んで色彩豊かに輝きながら
脳内に様々なヴィジョンを送りこんでくる

チカチカと明滅しながら高速で移り変わっていくヴィジョンを
小さな脳の容量では読解することができなかった
そこにあるのはいのちが紡いできた膨大なデータ、
砂粒の一つひとつのようにきらめいて消えていくのが
いのちの営みだということだけが直感的にわかるのだった

涙を流すことを長いこと忘れていたけれど、
圧倒的な体験がわたしを貫いて通りすぎるとき
ただただ涙が溢れた
あるいは感情がバグを起こしたのかもしれない

光の洪水が凪ぐと
わたしを取り囲む堅牢な城壁はもうなくなっていた
そのかわり、
慈愛に満ちた存在がわたしのうちにとどまった

いや、その存在の残していった
ひとかけらのぬくもりかもしれなかった

わたしのいのちは燃えている
いま、ここで燃えている
まわりではあらゆるいのちが燃えている
揺らめいている
その美しさを教えてくれたのは
あの時わたしに触れたものだ


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