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ウクライナ侵攻、どう教える 教育現場で模索続く inspired by NIKKEI

3学期もいよいよ終盤、今週で学年末テストも終わります。
先週までは、学年末の仕上げとテスト作成に追われつつ、連日のウクライナ関連の報道を心痛めつつも欠かさず見ていました。

このnote記事のタイトルは、2022年3月8日(火)の日経新聞の記事のものです。

私も、学年末テスト前の最後の授業でウクライナ侵攻を取り上げました。2022年3月1日、高校1年生の政治・経済の授業です。(いつ時点で実施したのかによってメッセージが変わるため、日付を明記しておきます)

ウクライナを巡る情勢は、2月末のロシアによる侵攻開始以来、状況が刻々と変わり異常事態が継続しています。毎日、ニュース記事に目を通していますが、これをどのように生徒と一緒に考えるのか、日経新聞にあるように、たしかに模索している状況です。

別の高校1年生の現代社会と中学3年生の公民の授業では、ロシアによる侵攻前からウクライナを巡る情勢について取り上げ、国際経済の文脈で生徒によるグループ探究と発表をしてもらいました。以下のnote記事の「為替レート選手権」のことです。(タイトルがビットコインになっていますが、記事の中身で「為替レート選手権」が登場します)

為替レート選手権では、対日本円で過去に大きく変動した通貨の中から一つ選んで、なぜ変動したのか、何が背景としてあったのかを生徒が調べます。ウクライナの通貨フリブニャは、2014年と2022年1月に円高フリブニャ安に大きく動いています。次のスライドはその結果解説です。

クリミア危機の前後の為替レートUAH=JPYの動き
2022年1月のロシアの侵攻直前のUAH=JPYの動き

この為替レート選手権は、日本語と英語の両方で実施して、英語での授業は2022年1月でした。この時すでに、ウクライナ国境付近でロシア軍の不穏な動きが報道されており、「実際に侵攻することにならなければいいね」と生徒と話していたところでした。それがこんなことになるとは・・・

ウクライナ情勢についての授業を行った高校1年生の政治・経済の3学期の単元は、戦後の日本経済でした。高度経済成長やバブル経済、失われたX年・・・などをやる単元なので、本来は、このウクライナ情勢は関連付けしづらいニュースでした。
ウクライナ情勢についての特別授業としても良かったのですが、戦後の日本経済を通じて学んだことが、今の国際情勢を読み解く上で、大きな力となることを理解してほしい、その思いで、あえて経済の観点からウクライナ情勢、特にロシア国内への影響を考える授業としました。

この、一見すると今リアルタイムで起こっていることと関係なさそうで退屈に思われる教科書の内容が、実は、現在の諸問題を理解することに大いに役立つんだ、という生徒の気づきが大事だと思っています。これは、公民分野に限らず、同じことが歴史や地理にも言えます。歴史や地理を学ぶことが今のロシアとウクライナの関係を理解することにつながる、ということです。

聖ミハイール大聖堂とウクライナの食卓

さて、授業の冒頭は、この写真から始めました。このnote記事のサムネイル画像と同じもので、ウクライナの首都キエフにある聖ミハイール大聖堂です。

ウクライナの首都キエフにある聖ミハイール大聖堂

生徒には、「金色のドームに水色の建物が映えるでしょ?」と話し始めます。これは、ウクライナ正教会の教会で、と説明を一通りするのですが、生徒は「ふーん」という反応。続けて、「この写真は、実は私が自分で撮ったものです」と伝えると、生徒の反応が変わります。
そうなんです、私が大学生のときに、10日間ほどウクライナに滞在する機会がありました。大学では国際交流団体に所属していたので、学生の交換プログラムで、ウクライナのキエフと西部にある都市のリヴィウに行きました。次の写真はリヴィウで現地の大学生の自宅にお呼ばれしたときのものです。

リヴィウで現地の学生の自宅に招待してもらったときの食卓

テーブルの上のグラスをよく見ると、青と黄色の2色です。自宅に招待してもらって食事をしていたときは気がつきませんでしたが、ウクライナの国旗ですよね。日常の食卓に普通にある愛国心、という感じかな?と生徒には話しかけます。

また、ウクライナの首都はキエフ、英語での表記はKyivと紹介しました。ただ、この英語表記が積極的に使われ始めたのはほんのここ1週間です、と伝えると生徒は驚きの表情。1週間前までは、Kievという英語表記が一般的だったんですね。私が大学生のときに滞在したときも、英語ではKievと書いていたと思います。ただ、このKievはロシア語が語源の表記なので、2月末のロシアの侵攻以降は、イギリスのBBCやアメリカのCNNは、ウクライナ語の語源に近い英語表記であるKyivを使うようになっている、その善し悪しは別として、と生徒には補足しました。

通貨ルーブルの急落とロシア国民への影響

2022年2月28日までの1週間のUSD=RUBの動き

ここからは、ロシア経済への影響を考えていきます。なぜウクライナではなく、また日本でもなく、世界のその他の国でもなく、侵攻している当事国のロシアなのか、については最後に話します。
この為替レートの1週間の変動チャートを見ると、2月28日の一日だけで、ロシアの通貨ルーブルは対米ドルで30%も下落しています。ちなみに、その前に黒板に「1USD=83RUB→1USD=119RUB」と書いて、「これはルーブル高?それともルーブル安?」とクラス全体に投げ掛けて、為替レートの理解を復習しました。
ルーブル急落の理由は、欧米諸国による金融制裁が主ですが、次に生徒にはこのような問い掛けをしました。

Question#01 ロシア通貨ルーブルが急落するとロシア国民の生活はどうなる?

生徒は少人数のグループになって話し合いました。最初、「生活は苦しくなりそう、厳しくなりそう」と手元にメモしていましたが、私からさらに、「それは具体的にどういうこと?なぜ生活が苦しくなるの?」とたたみかけます。
話し合いの中で、まずは日本円に置き換えて考えている生徒もいました。それでいいんです。これまで学んだことから考えてみる、それは復習にもなりますし、学びの積み上げになります。円安になると輸入品の価格が上がるな、その結果、物価高になりそうだ、でもロシアは何を輸入しているんだろう・・・?と考えを進めていく様子には嬉しくなります。

ロシア中銀の金利引上げとロシア国民への影響

次に、同じ2022年2月28日に起こったこととして、ルーブル急落を受けたロシアの中央銀行の対応を紹介しました。

2022年2月28日ロイター報道「ロシア中銀、20%に緊急利上げ」

ロシアの中央銀行、つまり日本でいえば日本銀行が政策金利を20%に引き上げたということです。3学期の単元は、戦後の日本経済なので、日銀が度々登場して、景気の動向によって、公定歩合を上げたり下げたり操作していることを生徒はすでに学んでいます。日本の政策金利は、かつては公定歩合、今は無担保コールレート、ということを復習した上で、次の問いです。

Question#03 なぜロシア中銀は政策金利を20%に引き上げたのか?

この問いは、とても難しいものです。生徒は、これまでの学習内容から、「金利を上げたってことは、金融引き締めってこと?」
「インフレ抑制のため?でも、通貨安がきっかけのインフレ懸念だよね?」
と悩みながらも議論をしていました。
これは、通貨防衛のためですが、ここで為替レートの決まり方について復習しました。買いと売りの需給によって決まるということです。
まず、なぜロシア通貨ルーブルが急落したのか。それは、ルーブルが大量に売りに出されたから。だとすると、ルーブル高に戻したければ、ルーブルを大量に買うように仕向ける必要がある。そのため、金利を上げることで、ルーブルの人気を高めてルーブルを買って保有してもらうようにしたい、というがロシア中銀の意図です(高校生向けに噛み砕いて説明しています。ちなみに、ロシアの20%という水準は、アルゼンチンについで世界2位になった、と補足)。
ロシア中銀はなぜこのような回りくどいことをしたのか。本来は、ロシア中銀が直接ルーブルを買い支えれば良いのだけれど、金融制裁の影響でそれができない。なので、金利を上げることで、通貨の買い手を求めた、ということです。

次の、問いは再びロシア国民への影響についてです。

Question#04 政策金利が引き上げられるとロシア国民の生活はどうなる?

日本の例で、バブル経済の崩壊の背景のひとつに、公定歩合の引上げがあります。生徒はそれを学んでいる(ハズ)なので、政策金利を引き上げると、国内の経済活動を抑制することになります。企業も市民もお金を借りづらくなる、ということですね。通貨安に加えて、金利の上昇で、ロシア国民の生活は苦しくなる、ということが予測できます。

最後は、この問いです。

この戦争は誰が止められるのか・・・?

今まさにウクライナの人たちはロシアからの侵略に抵抗するために必死です。また、世界中の人たちが戦争を止めようとしています。加えて、ロシア国内にも、実は少なくない戦争反対の人たちがいます。
授業では、3月1日時点で、7,000人ものロシア国民が、「戦争反対!プーチン反対!」のデモに参加したことを理由に拘束されたという話をしました。プーチン大統領が国民の声も聞くことを願って・・・という話で授業を終えました。

ウクライナ情勢を、このような形で授業で取り上げることについて、批判もあると思います。通貨の動き、金利の上下、ではなく、ウクライナの人々、人命を真っ先に取り上げるべきだ、という意見もその通りだと思います。
確かに、経済指標「だけ」に焦点を当てた授業では偏ってしまい、本質が見えないと思いますが、私も、授業の冒頭で、ウクライナで自分で撮った写真、会った現地の学生を紹介する中で、美しい街、日常を生きる人たちが、このような状況に置かれていることは苦しい、と伝えています。
困難に直面している人々、生命の危機にさらされている人々のことに思いを馳せた上で、別の視点からもこの問題を考えるという目的で行ったのがこの授業です。

世界で何が起こっているのかを理解する上で、今、学んでいることが
その手がかりになる、という思いで授業を行いました。少しでも、生徒が考えるきっかけになればいいなと思います。

(番外)金融制裁の危機でのビットコイン上昇

ちなみに、この授業以前に、ビットコインなどの暗号資産についても中学3年の公民と、高校1年の現代社会では学んでおり、今回の金融制裁を受けて、ビットコインの価格が再び上昇傾向にあります。
そこで、生徒にはこんな問題も出しています。ロシア国民への影響の3つ目です。

なぜ、人々は、この危機においてビットコインを買い求めるのか?
その理由として、ありえないものはどれか?
①交換手段(medium of exchange)
②価値貯蔵手段(store of value)
③価値尺度(value scale)
④支払手段(settlement means)

さぁ、どれでしょうか?

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