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一人のゲイとしての遺物「人生、何を成したかよりどう生きるか」を読んで

「人生、何を成したかよりどう生きるか」を読んで

別に後世の人に褒めてもらいたいとか、名誉を遺したいと思っているわけではありません。ただ、私がどれほどこの地球を愛し、世界を愛し、仲間を思っていたかという証、英語でいう、メメントをこの世に置いていきたいのです。これは決していやしい考えではないと思います。

人生、何を成したかよりどう生きるか|内村鑑三;佐藤 優

僕は、近所の本屋をぶらぶら歩いて、面白そうな本を探すのが好きなのですが、平台に置いてあった「人生、何を成したかよりどう生きるか」を手に取って、冒頭の文章を読んで、これは読みたい!と思って購入しました。

何のために生きるのか

何のために生きるのか?というようなことを誰でも考えたことはあるのではないかと思いますが、誰かから与えられる明確な答えなんて無いし、人それぞれ自分なりの答えをもって生きていくものだと思うのですが、僕は僕なりの答えにたどり着くこともできないまま、心の片隅にこの大きな命題を抱えながら、見てみるふりをして生きてきました。

社会への貢献

何のために生きるかと考えたときに、まず「社会に良い影響を与えたい」「社会を支えていきたい」という思いがあります。
「社会への貢献」というと、就職活動で付け焼刃的に言われるような中身の無い言葉、のように思われることもあるかもしれませんが、僕はHIVに感染してから結構真剣に「社会への貢献」を考えるようになりました。
というのも、僕は薬を飲まなければ確実に死ぬわけですが、医療とか社会保障制度があるから薬を飲めるわけで、社会に支えられているということをより強く実感するようになったのです。そして自分も何らかの形で社会へ貢献したい!という思いを強く持つようになりました。

サラリーマンにとって、社会に貢献する方法の一番手っ取り早い方法は仕事を頑張ることだと思います。自分の仕事が回り巡って多くの人の役に立っているわけですから。(Mr.childrenの「彩り」という歌の歌詞がそういう内容なんですが、あんなに大成功しているミュージシャンがなんでこんな歌詞を書けるのだろう!と桜井さんの凄さに感動します。)
更に、給料から天引きされる税金だって、何かを買ったり売ったりする経済活動だって、回り巡って色んな人に貢献しているわけです。
だから、そもそも生きているだけで何らかの形で社会貢献は出来ているとも言えると思います。

ただ、一方でもう少し自分らしさのある、自分ならではのモノを遺したいという思いがあったのです。身の丈に合わない願いなのかもしれないと思うこともありましたが、内村鑑三は「決していやしい考えではない」と言ってくれているのです。

メメントを遺す

後世に残す自分ならではのモノを”メメント”または”遺物”と呼ぶことにします。すごくわかりやすい遺物でいうと建築とか芸術作品とか、科学的な発見・発明などがあると思います。
例えば、ゲイでも科学の分野ではコンピューター科学の父と言われるアラン・チューリングとか、音楽の分野ではクイーンのフレディマーキュリーとか、社会に大きな影響を遺した人がたくさんいます。

あとは、生物学的な観点から言えば、子孫を残すことも後世への遺物と言えるかもしれません。子孫が次の世代の社会を支えていくわけなのですから、著名人の偉業に匹敵するくらい、大きな遺物ではないかと思います。
しかし、残念ながら今の日本ではゲイにはそれが出来ません。もちろん、社会の中で子育てを色々な形でサポートすることは出来るし、更に言えば、働いて納税することだって、その税金が子育てに使われている以上、ある種間接的に子育てに参加しているといえるかもしれません。でも、それは”自分ならではの遺物”ではないのです。

凡人ゲイにも出来るメメントの遺し方

本書では世の中を良くする遺物として「お金」「事業」と「文学」を挙げています。更には、それができなくても「勇まくて高尚な人の一生」こそが本当の遺物だとも言っています。僕にとっては「勇ましくて高尚な一生」が一番難しいようにも感じますが。。

ただ「文学」については、"事業やお金もうけよりは簡単"であると言っています。「文学」というと堅苦しく難しいものに感じますが、著者は以下のように、思うがままに書くことだって意味があると言ってくれています。

思ったままを文章で表してみて下さい。そうすれば、文章が多少ぎこちなくても世の中の人は読んでくれます。それが私たちの遺すべきものです。もし後世に遺すものがなければ、思うままに書けばいいのです。

人生、何を成したかよりどう生きるか|内村鑑三;佐藤 優

この本を読んで、文章を書くのが得意なわけでもなく、何の力もない自分ですが、思いを書き散らしていくことで、どこかの誰かの心の支えになるかもしれないし、未来人が僕の文章を見て「昔の人はこんな生活をして、こんなことを考えていたんだな」と調査の一助になるかもしれない、と思うようになりました。noteを始めたのもこの本の影響です。

多くの人が色んな形で自分の思いを発信することが出来る世の中なので、僕の書いた文章が何かの価値を持つことは殆どないかもしれませんが、
この書き散らした文章が少しでも世の中を良くする遺物として機能することを願っています。


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