見出し画像

もう一本、薪をくべてくださいな

もう一本、薪をくべてくださいな
どこまで話したかの

島のはじめのところです

そうでしたかの、それはそれは、荒れた海の真ん中の
畑などちっともできん島だった
流されたのよ、われわれは

それでも低い灌木を皆で切り
芋くらいはできる畑を拓いてな

老人と子どもは畑、女は磯で男は海
粗末な船をこしらえて魚をとりに出ておった

漁場は島から二日ほどのところにあって
船を出したら魚倉が一杯になるまで帰ってこんかった
海はよく暴れるから女たちはみんな心配で

みんな心配で、無理して平屋に櫓を立ててな
左手で五まで数えた日から櫓にこもってな
櫓の小さな窓から港のほうをじっと見ておったんよ

あの嘆きの櫓窓ですね

港のほうをじっと見ても帰ってこん時は
右手で六から数えて毎日、櫓の窓から見ておったんよ

いつもちっとは遅れても、平気でみな帰って来とったんだが
そん時は、船の旗がみんな半分までしかたっておらんで
びっくりしてみんな櫓から転げ落ちて港へ走ったのよ

するとある若い海女が、うちの人の船がいないとな
叫んで服を破って港の先から海に飛び込んでしもうた
そんで波に放られ磯の岩にあたって死んでしもうた

じゃが、帰ってこんかった船は別の船で
若い海女さんは間違っておったのよ

帰ってこんかった船は
もう一人の若い海女さんのほうでな
その日の夜に首吊ってしもうた

それからじゃ
櫓の出窓を飛び出た目玉のように伸ばしたのは
少しでも早く、間違わんように、港に入る男の船を見るためじゃ

船が出るたびに、櫓窓は一寸ずつのびての
長いものは、港を超えて海まで出張ってしまって
短いものは、ほらこんなふうにこぶのように膨らんだだけよ

みんな長さが違っておって、家ごとに違っておって
櫓窓の長さはその家のものの命の長さとおんなじと言っておった

丘の上に墓地がありましたね
どのお墓も南東を向いて

当然じゃ、流される前の故郷をみたかろう、戻りたかろう
生きていた頃はみれんかったから
せめて、死んだ後でそんな願いを叶えてあげたくてな
じゃが、半分は空墓なんよ

海はしだいにだんざだんざと暴れ、漁場もどんどん遠くなってな
帰ってくるものがなくなり、出るものもなくなり
そこらじゅう飛び出た目玉が腐って落ちよる

ひどい光景じゃったろ
このばあが七つの時に全滅して
こちらの坊様にひろってもろうたのよ

よい方に巡りあいましたね
ああ、いや、なんもいいことはなかった、なんも

おばあさん、冷えてきましたね、豚汁とってきますね

なんも

おばあさんは、炊き出しに来て、いつも櫓窓の話しをする
帰りには、豚汁とおにぎりを二人分渡す
おじいさんが船で待っているからだ

おばあさんが舳先に座ると、おじいさんが艪をつかみ
ハサキをアスファルトの地面に突き入れ
豚汁の湯気を左右にちらしながら
追い抜いて行く車の横を、ゆっくり漕いで去ってゆく

次もまた、櫓窓の話しをきこう

【AN0RDB0】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?