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【断片小説】東京の術師たちの物語⑦

 現場に到着し車を路肩に停めると四戸はスタスタとソラマチ広場へと歩いていく。俺を待つそぶりもなく。俺は慌てて追いかけた。
 すでにショーが始まっているのだろう。広場には人だかりができていた。
 マジックショーと言っても路上でやってるんだからそんなに時間はかからないはず。これが終わるのを待って声を掛けるんだな。そう思っていたが四戸は人混みの中を掻き分けて進んでいく。
 まさか…とは思いながらも、俺は人混みの外側その様子を見守っていると四戸はとんでもない行動に出た。

「渡邉浩太だな。聞きたいことがある。」
 なんと四戸は渡邉に直接話しかけに行った。しかもまだショーの途中で。アイツ正気か?
「えっと、どちら様?まだショーの途中だから、終わるまで少し待っててもらえるかな?」
 渡邊は落ち着いた様子で四戸に問いかける。それを黙って受け入れていればいいものを。
「いや、待てない。これの件で話がある。」
 そう言って四戸は現場から掻っ攫って行った呪符を渡邉に見せた。すると渡邉は顔色を変えてその場から姿を消す。混乱する観客たち。当たり前だ、目の前から人間が消えたのだから。
 四戸もそれを見越していたかのようにその場から消え、渡辺を追う。彼らは上空にいる。渡邉は結界で足場を作り階段のように上に上がっていく。四戸は渡邉が足場を作る場所へ先回りして瞬間移動する。
 上空でやり合ってる人間がいることに気づき始めた一般人たちは騒ぎ出す。なんてこった。思った以上に大事になってしまった。
 四戸に上を塞がれ、下で一般人が騒ぎ始めたことに気づいた渡邉は下まで一気に飛び降りてくる。
 「下がれ!みんな下がれ!」
 俺は直下にいた一般人たちを退避させる。逃げ遅れた女性が一人。渡邉は地面スレスレで結界を敷いて衝撃を免れ、すぐ側にいた逃げ遅れた女性の胸元に呪符を貼り渡邉は両手で印を結ぶ。
 おそらくあの事件現場のように呪符に着火しようとしているのだろう。それにいち早く気づいた四戸は瞬間移動で渡邉と人質の女性を引き離す。四戸は女性に貼られた呪符を剥がそうとするがなかなか剥がれない。その間に渡邉は詠唱を始めると呪符の周りから炎が出始める。
 ヤバい。このままでは人質が焼かれてしまう。
 四戸はようやく呪符を剥がしたが、剥がしたものが四戸の手に着いて離れない。女性の炎は消え、四戸の体に炎が回り始める。それをいいことに渡邉は詠唱を続けて最後の印を完成させようとしている。最後の一文字が完成するとおそらくあの炎は四戸の体全体を覆い焼き上げるだろう。もしこの渡邉があの事件で人を焼き殺した張本人だとしたら、この炎は人1人を身元不明にするくらいの相当な火力ということになる。

 俺は咄嗟に呪力で弓矢を作り渡邉の左胸に放つ。その夜は鋭く一瞬で渡邉を貫いた。
 そして渡邉は胸を押さえて膝から崩れ落ち地面へ転がる。
 渡邉が倒れたからであろうか、四戸を包んでいた炎が消えていく。炎から解放された四戸は真っ先に渡邉の元へ向かい首の脈を確認する。
 脈はなかったのだろう。四戸は項垂れた。
 俺は四戸が自ら動いたため、多少は火傷をしている可能性があるが問題無いと判断し、人質になった女性の元へ駆け寄り身の安全を確認する。
「大丈夫ですか?!」
 女性は震えていて言葉がうまく出てこないようだ。呼吸も乱れている。そりゃそうだ。目の前でわけのわからない連中が訳の分からない戦いを始めて巻き込まれたのだから。
 呪符が貼り付けられてから詠唱が途中までされた体だ。この世の痛みとは思えない痛さだっただろう。
 霊感が無くても見えていたはずだ。術で己を殺そうとしている瞬間を。
 人は生まれながらにして見みえる側の人間と見えない側の人間に分かれる。何が見えるかというと、妖や幽霊、発動している術式なども見える。
見えない者でも生死を彷徨う瞬間は見えたりすることがある。あるいはそれをきっかけに見える側の人間になってしまうことも。
 生きる世界が突然変わってしまうのは恐ろしいことだ。今までの常識が通じなくなってしまうのだから。普通の精神状態ではいられない。
 特に、自分が殺されかけた経験をした場合は。
 この女性も例に漏れずこの出来事が傷となり、このトラウマを一生抱えて生きることになるだろう。正気を保っていられるか。今まで一般人だった人間にはキツイだろう。
 この女性の人生を狂わせてしまったかもしれないことが悔やまれる。
「もう大丈夫ですから。もう終わりましたから。大丈夫。もう安全です。」
 俺は女性の背中を摩り宥めるように声をかける。女性はパニック状態のため、わけも分からず俺にしがみついて泣いている。
 俺は女性を宥めながら上着のポケットからスマホを取り出す。
「東京スカイツリーに救急車と警察を。_はい、事件です。負傷者3名、いや、2名、1人死亡…_2名の意識はある、はい、はい、場所はスカイツリーのソラマチ広場。_俺?俺は刑事、警視庁の。妖霊部。バッジナンバー01015368、丹糸工。ああ、あと、妖霊部の林刑事を現場に要請願う。石留警部にそう伝えて。」


 救急車やらパトカーやらが到着し現場は俺らが駆けつけた時より一層野次馬で溢れ返っていた。救急隊員が駆け寄ってくる。その救急隊員に女性を預けた。
 遅れて妖霊部の刑事と係長が到着する。
 係長現場に来るなんて滅多にない。珍しいな。
 係長と一緒に来た刑事は、うちの超腕の立つ記憶改竄専門の術師、林敢覧だ。こうやって“こちら側”の問題に一般人を巻き込んでしまった場合、その時の記憶を消してくれる。消せない対象もいるらしいが。
「丹糸さんお疲れ様で〜っス!大丈夫っスか?」
 この無駄に陽気でヘラヘラしていて身なりがまるでホストのような男が超腕の立つ記憶改竄専門の術師だ。
「俺は大丈夫。つーか相変わらず声が大きいんだよお前は。」
 ほれ見ろ。野次馬の視線が一気に集中する。術師はそういう気の動きに敏感だ。視線が刺さるようで痛い。

 救急隊に手当てをしてもらった四戸がこちらに向かって歩いてくる。俺はこの時、四戸は命を助けてもらったから感謝でも伝えにきたのかと思った。
「大丈夫か?火傷、痛むか?」
 俺の心配をよそに四戸は俺を睨む。
「なんで打った?」
 ん?俺はコイツの言葉の意図が分からない。
「なんで渡邉を打った?」
「なんで?お前を殺そうとしてたからだよ。」
 俺の言葉を聞いた瞬間、四戸の瞳に怒りが宿るのが見えた。

「重要参考人だぞ?!犯人逮捕へつながる手がかりだぞ?!」
 感謝どころか俺は怒鳴られている。命を助けたはずなのに。なんなんだコイツは。流石の俺もこの恩知らずには怒りが湧いてきた。俺は四戸に詰め寄り顔を近づけて静かに訴える。
「お前なあ…助けてもらってなんだその言い草?」
「俺は助けてくれなんて一言も言ってない!」
 四戸は激高し俺の胸ぐらを掴んでいる。その行動にもブチ切れた俺。
「はあ?そういうこと言うか普通?!自分が何言ってるかわかってんのか?!殺されるとこだったんだぞ?!」
 俺もつられて激昂し四戸の襟元を掴んでしまった。怒鳴りつけたあと俺は一瞬冷静になるも四戸は変わらない。
「お前こそ自分が何したのか分かってんのか?!重要参考人を殺したんだぞ?!」
 どうやらコイツは自分の命より事件解決の方が重要らしい。父親が殺された事件だからか、元々正義感が強く犯人を許せない質だからか。いずれにしても事件を捜査するには向かないのhs明らか。俺は一気に冷めていくのがわかった。
「そうかよ。もうお前のことなんて二度と助けねーよ。」
「そうしてくれ。」
 四戸はそう言って一瞬で目の前から姿を消した。

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