【断片小説】東京の術師たちの物語⑨

 俺が係長の言いつけを守らず、しかも四戸に正式に依頼されたわけでもない。いや、お願いされたが断った。その後何故か俺の車に四戸が乗っていて、いつの間にか一緒にスカイツリーまで来てしまった。完全にやらかした。経緯が有耶無耶すぎる。言い逃れができないと思うと俺は何も言えなくなった。俺は何を言うのが正解なのか考えようと重い思考回路を起動させていると四戸が沈黙を破る。
 「石留警部、申し訳ありませんでした。私が丹糸警巡査部長に無理を言ってお願いしたのです。本人からは断られましたが、丹糸巡査部長が車を出してくださったので、てっきり、妖霊部から合同捜査の許可が出ているものかと思いました。」
 コイツいいように言いやがって。それじゃまるで俺がコイツを勘違いさせたような言い方じゃねえか。
 俺の四戸へのイラつきを汲み取ってか知らずか、係長はすかさず反論する。流石である。
「ん〜、こちらは防衛省の君らの頭領から“捜査権を寄越せ”と言われたから〜、そちらに譲ったのに〜。でも捜査官まで渡せとは言われなかったけど〜?」
「ええ、捜査権はこちらがいただきます。ですが、丹糸巡査部長はかなり優秀なようで。重要な手掛かりにたどり着いています。ですので、丹糸巡査部長のお力を貸していただきたく、私が勝手に声をかけてしまいました。」
 ___コイツ、思ってもないことをペラペラと…。四戸が俺にこんな期待をしているわけがない。せいぜい、警察が持ってる情報や“何か“を使いたくて俺を出しに使う気だ。
 数時間しか共にいないが分かる。なぜならコイツは“自分さえ良ければ他はどうでもいい”典型だ。周りが被る被害も関係なく突っ込む。
 おかげで白昼のソラマチでこの有様だ。

 四戸は俺から疑念を抱かれていることをおそらく知った上で更に言葉を続ける。
「できれば、今後も丹糸巡査部長とともにこの件の捜査を行いたいと考えております。丹糸巡査部長を私に貸していただけないでしょうか?」
 今このタイミングで言うことか?なんと図々しい。
 人を勝手に巻き込んで事を大きくして迷惑をかけた相手にお願いをするなど、常人の思考があれば絶対にやらない。
 空気を読まない四戸の発言に動じることなく係長は嫌味っぽく答える。
「そもそも〜、捜査官のレンタルとか〜、うちはやってないんだけど?」
 部下を守るためなら天使石留も毒を吐くということか。部下として嬉しいような、恐ろしい部分を見てしまい気まずいような。俺は複雑な心境で二人を見守る。

「丹糸巡査部長のお力が必要なのです。どうか、お願い致します。」
 四戸は深々と頭を下げた。他人に頭を下げるなど到底しないような人間が最敬礼している姿などこの先見る数は少ないだろう。
 俺は興味深く四戸を見つめていた。
 その様子を見て何を勘違いしたのか、係長はとんでもない事を言い出す。
「あれ〜?ニッシー乗り気?そっか、そうだよね〜。一度手にした謎は結末を見届けるまで気が済まない質だもんね〜。」
 俺は驚き係長を二度見する。その俺を面白がるように係長はまたとんでもないことを口にする。
「ニッシー、四戸さんとこの謎を追いなさい。」
「……は?」
 てっきり俺を回収して妖霊部はこの事件から完全に手を引くことにするのかと思っていたが。
 驚きすぎてフリーズする。だが四戸はこの好機を逃すまいとすぐに行動に移る。
「ありがとうございます、石留警部。早速、丹糸巡査部長と共に調査に取り掛かります。」
 四戸はそう言って俺を見やると路駐した車の方へ歩いていく。
 俺はその様子を他人事のように眺めていると係長から声がかかる。
「行かないの〜?置いてかれるよ〜?」
 係長の目は“行け”と言っている。上官の指示には従わなければないらない。四戸の方へ向かおうと係長の横を通る時、他に誰にも聞こえないくらいの小さな声で係長が囁く。
「進捗は報告しろ。それと、四戸から目を離すな。」
 先ほどの間延びした声が嘘のように冷たく刺すような声だった。

 車に戻ると四戸は既に俺の車に乗っていた。しかも運転席に。俺鍵したよな?
 車を出る際に鍵をかけてポケットに入れた鍵を探すとスラックスの右ポケットに入っていた。そのままドアのロックボタンに触れると、鍵が開く音が聞こえた。
 やっぱり、コイツ、マジシャンのように鍵のかかった場所へも出入りできるようだ。目の前でイリュージョンを見せられ、しかも俺の車に勝手に乗り、俺の車を勝手に運転する気満々だ。
 俺は怒る気力もない。コイツはこういう奴だ。係長の前でも物怖じせず自分の意見を通す。まるで、俺の邪魔は誰にもできないとでも言うように。
 俺は何も言わずに助手席に乗り込むと、俺がシートベルトを締めるのを待たずに車を発進させる。お互い何も言わない。命を助けてやった後に喧嘩をしたからか。
 いや、コイツはそんなことを気にする人間性ではない。気まずいのは俺の方だ。とにかくこの居心地の悪い沈黙をどうにかしたい。

「どこに向かってるんだ?」
 俺の質問に無言で運転を続ける四戸。コイツ俺を連れて来ておいて何も話さないつもりか。イラつく野郎だ。
「ハイハイ、俺が悪かったよ。俺がお前なんかを助けなきゃ今頃渡邉に質問できてただろうによ。」
「そうだな。お前のせいで無駄足を踏んでいる。」
 本当にムカつく野郎だなコイツは。
「だから悪かったって言ってるだろ!どこに向かってるんだよ?!」
「なにをそんなに怒ってるんだ?」
 最低な上に他人の機微に疎いらしい。コイツさては友達いないな。
 思わずため息が出た。怒りを通り越して可哀想になって来た。俺は子供を諭すように四戸に今後の身の振り方について教える。
「とにかく、一緒に捜査してやる代わりに最低限のルールは守ってくれ。」
「ルール?」
 一応聞く耳は持ってるらしい。話を聞いてくれるうちに話しておこうと、俺は術師ならば、特に公的機関に従事する術師として最低限守らなければならない掟を伝える。
「いいか?まず、人前で術を使うな。」
「何故?」
「何故?一般人を巻き込むからだよ!さっきのお前みたいに!一般人に配慮しなくてもいい宵業には無縁かもしれないが、捜査には手順があるの!いきなり証拠物見せられたらそりゃ逃げるだろ!犯人なら尚更!」
 思わず声が大きくなってしまった。基本中の基本を無視した四戸の行動に俺は呆れと怒りが込み上げる。能力を持っている人間なら尚更。特に、周りの人間への配慮が疎い者に。
「証拠物を見せて動揺するなら限りなく黒だ。白か黒かわからない者を追うより、黒だと分かって探す方が追う価値がある。回りくどいのは辞めて手っ取り早いのがいいだろう?」
 自己中クソ野郎かよ。自分さえ良ければ他はどうでもいいのかコイツ。
「あのな!手っ取り早いとかじゃなくて!人間界にはルールがあるの!術師も人間だ!秩序があるの!能力がある者は弱きを助ける!術師は人間界に配慮しなきゃならないの!俺らはそこら辺の妖や獣とは違うの!動物園じゃないんだから!」
「……。」
 一気に捲し立てて四戸への苛立ちをぶつける。四戸は鬱陶しそうな顔をしつつも運転を続ける。
「気は済んだか?」
 全く響いていないようで俺は落胆した。
「もういい。お前には何も期待しない。ただとりあえず今は、道交法だけは守ってくれ。」
 そう言った瞬間、四戸はアクセルをめいいっぱい踏み込み前の車を次々と追い越していく。
 完全にスピード違反だ。
「話を聞け!!!!」

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