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How to 「安楽死」〜映画『すべてうまくいきますように』

きょうはファーストデイ、フランソワ・オゾン監督『すべてうまくいきますように』を映画館で観てきました。
この映画は「安楽死」をテーマにしていて、近ごろのわたしの関心事と完全にリンクしていたので、思うことが多すぎました。
※この記事はネタバレを含みます。

オゾン監督“死の三部作”の完結編

すべてうまくいきますように』は、本国フランスでは2021年に公開されています。

フランスの名匠フランソワ・オゾンが、「スイミング・プール」の脚本家エマニュエル・ベルンエイムの自伝的小説を基に、安楽死を望む父親に翻弄される娘の葛藤を描いた人間ドラマ。

ユーモアと好奇心にあふれ、生きることを愛してきた85歳の男性アンドレ。脳卒中で倒れ身体の自由がきかなくなった彼は、その現実を受け入れられず安楽死を望むように。人生を終わらせるのを手伝ってほしいと頼まれた娘エマニュエルは、父の気が変わることを願いながらも、合法的な安楽死を支援するスイスの協会に連絡する。父はリハビリによって徐々に回復し、生きる喜びを取り戻したように見えたが……。

映画.comより

映画は「安楽死」という、重いテーマを真正面から扱っています。
オゾン監督の『まぼろし』(00年)、『ぼくを葬る』(05年)につづく、“死”をテーマにした三部作がやっと完結したという位置づけだそう。

原作は、オゾン監督の盟友で脚本家の自伝的小説で、それをオゾン監督が脚本化しています。細部のリアリティがそうした関係性と実体験に裏打ちされているため、終始目が離せないドラマでした。

ソフィー・マルソーの何物も憚らない存在感、父親を演じるアンドレ・デュソリエの怪演もさることながら、アートが散りばめられる画の美しさや、ユーモアとペーソスを扱うセンスが抜群で、さすがフランス映画。盛りだくさんに語りたいことはあるのですが、、、すこし的を絞ります。

「安楽死」とはなんなのか

新聞や雑誌の映画レビューを読んでみると、「尊厳死」と見出しでうたう記事が散見されました。この映画は、本人が「安楽死」を選ぶことを扱っています。国際的にも定義は曖昧なとろがありますが、ここでは広義の「尊厳死」をありきとして、現実的に死を選ぶ手段としての「安楽死」がテーマです。

ただし、尊厳を守るための「安楽死」であっても、日本同様、フランスでも「安楽死」を手助けしたら法律で罰せられることを、しっかり認識しなくてはなりません。

映画の一側面として、合法ではない安楽死をどうやったら実現できるのか、という方法が詳しく、尊厳死協会、依頼するスイスの協会、弁護士や警察までも巻き込んだ、ハウツーものになっていたのも斬新でした。フランスでも多くの人が、「安楽死」決行の場合の、決して簡単ではない段取りを知ったのではないでしょうか。

昨年の9月、フランス映画の巨匠・ジャン=リュック・ゴダール監督が「安楽死」を選んで亡くなったことが報じられました。フランス映画にかぶれたわたしにとって、雲の上の監督で、なんだか映画のようなエンディングだと思ったのでしたが、彼の場合は、スイス国籍も持っていたそうです。だからスイスでは合法化されている「自殺ほう助(安楽死)」を選ぶことができたのです。

他国でも合法化は相次いでおり、フランスや日本も将来の法改正はあるかもしれません。でも、現状では違法であり、本人が自ら合法の国へ移動して、手助けをしてもらう形が取られているのです。

タイトルの意味

原題は「Tout s'est bien passé」、英題は「Everything Went Fine」。
そう、いずれも「すべてうまくいった」と完全に出オチなのです。それでもどうなるのか、ハラハラさせる展開で映画としての起伏に富んでいます。

では邦題の「すべてうまくいきますように」はどこから来たのでしょう?
私見ではありますが、娘(ソフィー・マルソー演じるエマニュエル)の心情を切り取っているように思いました。と同時に、観客目線でもしっくりくるタイトルです。

映画を観ながら、「安楽死はやめて生きて!」と願う瞬間が少なからずあるし、逆に「彼の願いをかなえてあげて!」と思う場面もあるはず。わたしはそうでした。両方の感情が行き来して、娘の心情と重なり、やるせない気持ちになる……。とても彼女のように強くいられないし、背負うものが大きすぎるから、もう願うしかなく。

そこはもう、50代後半になったソフィー・マルソーが見せる強さに惚れ惚れします。心の強さとともに、鍛え抜かれたボディにもくぎ付けでした。しかも可愛い!こんな年の取り方をしたいものです。

死に方を選べる人生か

「安楽死」を実行するためには、それなりに高額な費用がかかることも詳らかにされるのですが、印象に残った父娘の会話がありました。
たしかこんな。

「金がなかったらどうなるんだ?」
「死を待つしかないわね」
「死に方を選べないなんて哀れな人生だ」

この父親は十分な資産を持って、死に向かおうとしています。正直な発言なのですが、ずしりと重く響きました。
尊厳を保ったまま死を選ぶことができるのは、お金があるからで、娘たちも応じる余裕があるから、あらたな葛藤が生まれもする……。


そもそも自然の摂理に抗うことが正であるとして、医療の発達による延命があり、その延命を拒否したい=自然に死にたいとなれば、尊厳死という人権が定義され、さらに自己決定権を行使したいとなれば、安楽死となる……。

なんだかぐるぐるしてしまいます。
でも、やはりどんな死を前にしても、結局は家族や周りの人との関係の中で「どう生きるか」「どう生きたいか」が問われるのだろうと思います。

咀嚼しきれないままでも、意外に軽やかなあと味なのが、この映画の真価なのでしょう。安楽死は正面から、多方からは壊れた家族、宗教をやジェンダー、はたや法律まで、、種々の視点から観れる良作でした。


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