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【散文】「瞬間綺譚」の原稿

2023年11月14日に出演した朗読ライブ「瞬間綺譚」で発表した散文の原稿を公開します。

《朗読ライブ「瞬間綺譚」イベント情報》

このライブでは、1編の散文と1編の詩を発表しました。
以下に載せるのは、前半の散文です。

タイトルはありません。

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ある駅の近くで、よく見かけるひとがいる。

そのひとは、老婆というには恐らく少し早い年齢なのであろう、が、

ボロボロの洋服、白が混じった 肩くらいまでのもつれた髪、浅黒い肌

は、

一瞥して 何か言葉をあてがうのであれば

「老婆」という言葉が適切なのではないかと思わせるものがあった。

あるときは自動販売機の陰に、

あるときはシャッターの閉まった店先に、

そのひとはいる。

衣類のような布団のような分厚い布がぱんぱんに入ったビニールの手提げ袋を4つか5つか携えて、所在無さそうに座り込んでいたり、薄く笑いながら立っていたりする。

ある日、いつもの自販機の近くを通りかかったとき、その人はいつものようにいて、しきりに頭を掻きむしっていた。

リアル羅生門、という言葉が思い浮かんだ。

そしてそんな自分にはっとした。

そんなことが頭に浮かんだのは、私が完全に部外者だからだ。

安全な場所から覗いている。

自分がひどく薄情な人間のような気がして、というか事実、そうだ。

その人のことを見かけたのは、1回や2回ではない。

それなのに何もしないなんて。

そう思いながら、ただ通り過ぎた。

ある日の帰り道。夕方、道の端で 手をこすり合わせて寒さをしのいでいるその人の背中が見えた。

その背中が痛々しくて、何かしなければという気持ちに駆られて、

近くの自販機に130円を入れて、缶コーヒーを買った。

その熱さを握りしめて足早にその人に近寄ったはいいものの、何と声をかけるか考えるのを忘れていた。

「すみません、あの」

「あのこれ、良かったら、」

その人は思いのほか驚くことなく、語弊を恐れずに言うと当然のようにそれを受け取り、

「どうも、ありがとうございます。」

と言った。

多分多少慣れているんだと思う。

もしかしたら怒鳴られたり 泣かれたり、感情的な何かが起きるかもしれないと予想していなかったと言うと嘘になる。

だから、少し拍子抜けしながら、そして安堵しながら、

「じゃあ、はい。行きますね」

と言ってその場を後にした。

そこから駅まで歩く間、自分の行いの善し悪しについて考えていたけれど、

駅の改札を通って、次に電車が来る時間を確認してからは、

もう次のことを考え始めていた。



……という、ことを、想像しました。

頭の中でシミュレートしているだけ。

一度も話しかけたことなんかない。

その行為による個人的な損失を考えてはいつだってただ通りすぎる。

あの人が道に背中を向けて、手をこすり合わせていたのを遠目に見た時も、

こっそりと凝視して、自分はどうするべきか考えながら、

ただし答えは出ず、駅までの道を急いだ。

心を勝手に痛めることでさえ、偽善にすぎないんだろう、だって私はその状況を変えるために何もしていないんだから。見ているだけ。

今日もあの人は寒空の下薄いコートを羽織って、

この気温から身を守るにはあまりにも心許ない薄いコートを羽織って、

どこかでこの夜をしのぐ。

そしてきっとまたあの辺りを通れば、いつもと同じようにビニール袋を何個も周りに置いて、シャッターの閉まった空き店舗の前で震えている。

次にあそこを通ったとき、あの人はいるだろうか。

仮にまたあの人を見かけたとして、私は何か施すのだろうか。

仮に施しを与えたとして、その施しは多分些細な時間稼ぎにしかならず、

この世の地獄を終わらせることはできない。

どうしたらいいんでしょうかね。

どうしたら、誰もが不当な危険に怯えずに安心して暮らすことができるのか。

湯水のように大金をつまらないことに使う人たちを糾弾したい。

人を人と思わないような手段であぶく銭を得るおまえたち。

今日この場所でこの話をすることが

世の中がまだましになることにどこかでつながればいいなと思います。

偽善者というほど善人に見られたいわけではなく、

ただただ、世の中の不均衡が気持ち悪いだけの、

ただのエゴイストからの、とりとめのないお話でした。



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