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土砂降りディスコナイト IN OKINAWA

ハト恵(94年生まれ 宜野湾出身)

 「もしかしたら全国ニュースになるんじゃ…」

 夫が恐る恐る口を開く。 

 「いや、多分ローカルニュースにもならないね」

 わたしは強がりを言い、震える手でハンドルを握りなおす。汗でずるりとすべる。突然の土砂降りだった。

 2023年秋、東京から夫を連れて、帰沖したときの出来事だ。両親の急な用事で実家に帰ることができなくなったので、夫とふたりでホテルに宿泊。車を借りて、慣れない運転でひたすらドライブする数日を過ごしていた。

 その日、わたしたちは県南部の戦跡を巡っていた。わたしは朝から気負って運転。夫は、いつもより口数が少なかった。疲れてきたので、そろそろ夕飯を…そんな矢先の土砂降りである。

 10メートル先の視界も悪く、どの車も時速20キロの徐行。大粒の雨がフロントガラスを叩く音で、お互いの声もよく聞こえなかった。確かにこれが東京だったら、その日のニュースのトップを飾ることだろう。

 「こういう雨のこと、沖縄の方言では“カタブイ”って言ってね」

 平静を装い、うんちくを垂れる。夫はこちらを見つめ、よく聞こえていないだろうに、深くうなずく。

 わたしがこの人を、無事に東京に帰さねば。深呼吸して、もう一度ハンドルを強く握りしめた──。 

“You spin me right round, baby right round/ Like a record baby, right round round round…”

 爆音のなか、くるくる回るミラーボールに照らされて、珍妙なステップを踏む。視界の端には、こちらを見守る夫。 

 どういうわけか、わたしたちはディスコにいた。 

 きっかけは、夫の突然の一言。なんとか土砂降りの峠を越えたころ、夫がこう言ったのだ。「ディスコ、行こう」。な、なんで?

 路肩で半分気絶しているわたしを見て、なんとか元気づけようとしてくれたのだろう。妙に力強い夫の言葉に、わたしは半ば流されるようにディスコに足を踏み入れていた。

 そのディスコは国際通り沿いの雑居ビルの中にある。床も壁も天井も真っ黒に塗られていて、PVを流すモニターと、カラフルなパーティーライトが煌々と輝いていた。つめこめば100人くらいは入りそうな箱だったが、お客はわたしたちの他にもう一組、観光客らしきカップルしかいなかった。

 「こんばんは~!」カウンターでウーロン茶を頼んでいると、背後から話しかけられた。驚いて振り返ると、40歳ほどの男性店員。

 「飲んでるね~?」

 「い、いえ、まだ飲んでません。けど、ここ代行って呼べますかね?」

 運転代行サービスのことである。使ったこともないくせに、東京育ちの夫の手前、知ったかぶりして聞く。

 「代行? いくつかあるよ」

 男性は、胸ポケットから代行の名刺を何枚か取り出して渡してくれた。

「それであんたち、どこからね?」

「えーと、東京です!(見栄)」

 心細さを振り切るように、大声を張る。

「あい、そうねえ。クラブとかディスコなんかはよく来るわけ?」

「よく来ますね〜!!(嘘)」

「そしたら姉さん、一曲、リクエストしたらいいさぁ。何が好きね?」

「…では、Dead or Aliveを…」

 やや不穏なリクエストとなった。

 次の瞬間、切り裂くようなシンセサイザーのド派手なイントロに、骨太で妖艶なボーカル。強烈な四つ打ちに合わせて、心臓がドキドキいった。

 「だあ、広いところで踊ったらいいさぁ!」

 店員さんに肩を叩かれて、一人、フロアの真ん中に飛び出した。向こうのカップルは、女性の方だけ遠慮がちにステップを踏んでいる。うーん、旅の恥はかき捨てだ。唾を飲み込み、おそるおそる体を揺らしてみる。

 みーぎ、ひだり、みーぎ、ひだり。片足ずつ、みぎみぎ、ひだり。みぎみぎ、ひだり。

 完全にお遊戯会のリズムである。しかも、ちょっとずつ右に進んでいる気がする。

 次に、グーにした手を胸の前に構えて、右上、左上、とスウィングしてみる。お、なんかこれは、ちょっと音にノってる感あるよ。

 ちらりと夫の方を見ると、グラスを持ったまま小さく上下運動していたので一安心。お遊戯会のステップのままフロアを大きく、右に半周。さりげなくピース。ウィンク。

 夫よ。これが沖縄の夜の遊び方だ。わたしは高校卒業と同時に沖縄を出たので、「沖縄で飲む・遊ぶ」体験はないに等しいのだが、ここはひとつ調子に乗ることにした。 

 リクエストしたDead or Aliveの「You Spin me Round」に続くのは、「カーマは気まぐれ」「Take on me」「Material girl」などの名曲、ときには「NIGHT ON FIRE」「Gamble Ramble」といった頭文字D的選曲で先ほどのドライブを思い出させてくれ、かと思えば「September」「Y.M.C.A」「怪僧ラスプーチン」といった、往年のディスコミュージックに戻る。

 知らない曲もたくさん流れた。そんなことは気にもとめず、夢中になって体を揺らしていた。

 いつの間にか、フロアは満員になっていた。楽しそうな男女混合グループ。軍関係と思しき人。おそらく休日出勤のかりゆしウェアも、皆飲めや踊れやの大騒ぎである。DJブースの前では、50歳ほどの女性がふたりで連れ立って踊っている。目が合ったのでお互いニコッと微笑みあった。

 「楽しそうだね~、姉さんどこの人?」

 「はい、宜野湾から来ました!」

 イェーイ、と、グラスを合わせて、お互いのポジションに戻る。

 ステップもだんだん板についてきた。夫も結構楽しそうで、さっきのドライブの心細さが嘘みたい。本当にいい夜になった。なによりです。なにより…で…す……。

 運転の疲れがたたったのか、急に力が抜け、夫と一緒に外に出た。どれくらいの時間、ディスコにいたのだろう。空調で乾いた頬が、外気でじわっと湿る。

 週末の国際通りは夜でも人通りが絶えず、ねむたい頭にいろいろな国の言葉が流れ込む。土砂降りの運転も、ディスコの喧騒も、すべてが夢みたいに思えた。

 那覇の中心部を東西に1.6km貫く国際通り。戦後いち早く復興を遂げた場所であることから、「奇跡の1マイル」とも呼ばれている。わたしたちはそんな1マイルの中腹で、夜風に当たりながらいつまでも代行を待った。

「さっきの土砂降りはすごかったですね、代行さん」

 車中、夫の声が妙に遠く聞こえる。

 「あい、雨なんか降ったかねえ。きっと、カタブイだったはずねえ」

 カタブイ=片降りとはよく言ったもので、沖縄の雨は極めて局地的に降ることがある。片方では土砂降りでも、もう片方ではカラッと晴れているのだ。

 「ええ…すごかったんですよ、ほんとに。わたし本当に怖かったんだから…」

国道沿いの丘の上、母校の体育館がちらりと見えた。

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