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欠損した状態で見つかったモネの《睡蓮》と 修復するように作られた竹村京さんの刺繍作品、それに高精細デジタル画像 ー 上野の国立西洋美術館 と 初台のNTT・ICC

 第二次世界大戦の戦禍を逃れてフランス国内で保管されていた松方コレクション。川崎造船所(現在の川崎重工業)の社長を務めたことがある松方幸次郎が戦前にヨーロッパで収集していた絵画や彫刻のことです。戦後、フランス政府の管理下に置かれ、サンフランシスコ平和条約が結ばれた後にフランスから寄贈返還されることになります。その松方コレクションを受け入れるために日本政府が上野公園に設立したのが 国立西洋美術館 でした。
 
 2016年にルーブル美術館で半分近くが欠損した状態で見つかったクロード・モネの《睡蓮》はその後の調査で松方コレクションの一つであることがわかりました。2017年には松方幸次郎の遺族が国立西洋美術館に寄贈しています。
 
 国立西洋美術館は欠損した部分をそのままにしながら、修復作業を実施しています。そして、欠損した状態の睡蓮とのコラボレーション作品が3月下旬から5月前半にかけて開催された企画展で公開されていました。

 

 企画展は「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?ーー国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」という長い名前の展覧会です。
 西洋美術館なのに、なぜ日本の芸術家作品を中心とした展示会なのか?ーーと疑問に思っていたのですが、日本人アーティストによるモネとのコラボ作品が展示されているとなると、なんとなくその意図がわかるような気がします。


 欠損した状態のモネの《睡蓮、柳の反映》です。2022年4月の国立西洋美術館リニューアルオープンでは開館当初から所蔵していた《睡蓮》と同じ常設展の部屋に掲げられていましたので、私にとっては2年ぶりの再会でした。


 額縁の跡が残っています。左下には赤い筆でモネのサインもありました。


 欠損した部分だけを修復するようにみせたコラボ作品は 竹村たけむら けいさんが作成しました。「修復シリーズ」という、壊れた日用品を接着材で仮止めし、半透明の布で包んで刺繍を施すといった作品を発表してきたアーティストです。
 モネの睡蓮の手前に、少し離れて垂れ下がるように展示された今回の作品《修復されたC.M.の1916年の睡蓮》は半透明のシルク・オーガンジー生地に、睡蓮の欠損位置に糸を縫い付けています。重ね合わると、元の作品をイメージできるという仕掛けです。


 竹村京さんの作品を後ろ側から見たところです。刺繍が施されている様子がわかります。


 表側に戻りました。睡蓮の花がちょっとあざやかな色に見えたので近づいてみました。糸の色がきれいなピンクです。


 この写真は後ろにあるモネの睡蓮の花を中心とした部分です。竹村さんは京都の糸屋さんでモネの絵と同じような色の糸を選びますが、ベースの生地が薄くてどうしても明るめになってしまうため、糸を重ね合わせて調整したそうです。それでも、展示会場ではピンク色の糸は照明の光が反射するので私にはあざやかに見えました。
 欠損した部分の図柄は戦前に撮影した全体の白黒写真を参考にし、色は白黒写真の明度(明暗)から想像したということです。


 竹村京さんの修復作業に際しては、NTTアートテクノロジー社がアルステクネ社の協力を得て三次元質感画像処理技術(DTIP)で高精細デジタル撮影し、竹村さんはプリントアウトをアトリエで利用したということです。

 国立西洋美術館の玄関には写真のような装置が設置されていました。高精細データから非接触操作で欠損した睡蓮を細部までみることができます。上の写真には写らなかったのですが、端末の前に立つと操作画面が浮かび上がります。画面の上をなぞるように指を動かすと、ディスプレイの画像を拡大・縮小したり、拡大した部分を移動したりできる仕組みでした。
 
 欠損した状態の睡蓮の高精細画像とそれを使った竹村京さんについて、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)にも展示があるというので、そちらにも行ってみました。




 ここは京王線初台駅に隣接する東京オペラシティです。エスカレーターを上った4階にNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)の出入り口があります。
 さらに階段を上った5階の会場には 欠損した状態の睡蓮 を撮影した高精細デジタル画像 原寸大プリントアウトと、縦横を2倍に拡大したプリントアウトが壁に貼られていました。
 コラボ作品を作成した竹村京さんへのインタビュー映像も流れています。展覧会の直前に撮影したもので、作成する際の苦労話なども聞くことができました。
 残念ながら会場内は撮影できませんでした。

 なお、国立西洋美術館の企画展、NTT・ICCの展示とも開催期間は5月12日までです。

(2024年5月10日)

 

 

 

(補足の追記)
 コメント欄が表示環境によって一部折りたたまれていたこともあり、整理し、内容を追加して改めてここに記述します。
 
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※欠損した状態の モネの《睡蓮、柳の反映》は、第二次世界大戦中、ナチスのパリ侵攻を前に作品を疎開させた時の保存状態が悪かったためと考えられています。
 
※竹村京さんはNTT・ICCで流れていたインタビューの中で、
 
「欠損する前の資料としては疎開前に撮影した白黒写真しかなく、写真の明度(明暗)から色を想像するしかなかった。もう一度作るとしたら、別の作品になると思う
 
と話していました。欠損する前の状態を再現するという作品ではありますが、アート作品としての側面も大きいようです。
 
※今回の作品の素材である シルクのオーガンジー生地 は、お能の衣装に使われる半透明の生地ということです。
 また、竹村さんはこの作品に使った糸を扱っている 京都の糸屋さん が無くなってしまわないか(閉店してしまわないか)も心配していました。作品を作成したり、維持したりするのも大変なようです。
 
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※戦後、サンフランシスコ平和条約で 日本は海外での権利を放棄し、松方コレクションは フランス国有 になります。条約を結んだ後で、日仏友好のためとして、フランスが日本に寄贈するという形で返還されました。その時にフランスが提示した条件が、松方コレクションを所蔵・展示する美術館を作るということでした。 
 
 当時の文部省の中に受け入れ準備のための担当部署が置かれ、美術館の仮称をフランス美術館として作業が進められました。
 
 フランスの建築家 ル・コルビュジエ に美術館の建築設計を依頼し、彼の設計事務所で働いたことがある3人の日本人建築家が彼を補佐したのには、そういった背景がありました。3人のうちの一人、前川國男はのちに国立西洋美術館の新館を設計したほか、上野公園の中では東京文化会館や東京都美術館も設計しています。
 
 ル・コルビュジエが設計したということで国立西洋美術館は世界遺産に登録されました。

(補足の追記は5月18日)


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