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小学生のとき親父にエロ本バレそうになって川に投げ捨てた話

小学四年生にして、これは人生最大のピンチだと思った。なぜなら親父がブチギレてたから。

今から30年ほど前。土曜日の正午過ぎに自宅へ帰ったら、先に帰っていた兄と弟が駆け寄ってきて言った。

「おとうさんが『あいつを早く呼んでこい!!』って怒鳴ってる」と。

正直なんのことかわからなかったし、テストの成績も良かったはずで、何も怒られる理由が見つからない。だからきっと何かの勘違いをしているんだと思って自分の部屋に向かうと、そこに親父がいた。

「鍵を出せ!」

おかえりも言わずに親父が発した言葉で、僕は頭が真っ白になった。何も言えずに立ちすくんでいると、

「勉強机の引き出しの鍵ぃ!!早く!!!」

と親父は続けた。

僕は最初からわかっていた。鍵と言われた時点で、僕の勉強机、ようするに学習デスクの引き出しの鍵だってことは。

でも、その鍵を渡すわけにはいかない。なぜなら、その引き出しにはエロ本が入っているからだ。それも2冊。出せるわけがない。おこづかいでこっそり買った『いけない!ルナ先生』の2巻と3巻を、どうして出せようか。

親父が引き出しのことで激怒していたのには理由がある。その日は引っ越しだったのだ。じいちゃんの建てた家から、自分が建てた念願のマイホームに引っ越す日。

当時、団塊の世代で出世競争の真っ只中にいた親父が、貴重な土日休みを使って朝から引っ越し作業をしていて、兄弟3人の学習デスクを二階から玄関まで一人で運んでいたのだ。

少しでも軽くして運ぶために全部の引き出しを抜きたい。しかし兄弟3人のうち、僕の引き出しだけが開かないからキレていたのだ。

親父が次に怒鳴る前に僕は言った。

「ごめんなさい、鍵を失くしました。」

本当はブチギレした親父が座っている、僕の椅子の背もたれと背当て布の間に隠してあって、親父が世界で一番近くにいるんだけど。

なぜ失くした、いつ失くしたと続ける親父に対して、これから荷物整理するからきっと出てくると思うと半泣きで伝え、なんとか引き出しありの学習デスクを運んでもらった。

親父が僕の部屋から出ていってからも、僕の頭の中はエロ本のことでいっぱいだった。親父のあのテンションからすると、引っ越しが終わってから無理矢理にでも引き出しを開けそうだ。僕の様子を見て何かを感じ取っているはずだ。そう考えるとダンボールへ荷物を詰める手が今にも止まりそうだった。

ここで一つ感謝したいのは、弟が口を割らなかったこと。弟は僕の鍵が背当て布の中に隠してあることは知っていた。もちろんルナ先生のことも知っていた。でも黙っていたのだ。この世にこれほどまでに信頼できる男がいようか。僕は弟のことを絶対に裏切らないと決めたのを覚えている

話を引っ越しに戻そう。

その日の夕方過ぎに、無事引っ越しは終わった。すべての荷物を運ぶことができたし、それぞれの子ども部屋に学習デスクが鎮座したのだ。当然ながら僕のデスクだけ引き出しは閉じたままで。

親父が一息ついて、じいちゃんとビールを飲んでいるとき、僕にはやることがあった。そう、引き出しの鍵を開けることだ。

「あのビールを飲み終わったら、きっと引き出しの話になる」

そう確信していた僕は、意を決した。ダンボールに私物を詰めながら考えた作戦を実行に移したのだ。

僕の部屋は2階の一番奥。窓の下には庭があり、柿の木とびわの木が枝を伸ばしている。そしてその奥には小さな川が流れている。作戦の内容はこうだ。親父がビールに夢中になっているうちに、ジャイアンツ戦を大音量で見ているうちに、二階の窓から川に向かってエロ本を投げ捨てる。

なんて陳腐な作戦なんだ。いま思えば作戦でもなんでもない、クソみたいな不法投棄でしかない。でも当時の僕にとってはそれ以上もそれ以下もない、唯一無二の絶対無敵ライジンオー的大作戦だったのだ。

親父が絶対に来ないことを確認し、椅子の背もたれから鍵を取り出す、慎重に鍵を刺し、音を立てずに回す、全く意味はないけど必死のパッチになったら人間こうなる。

スルリと引き出しを開けて、『いけない!ルナ先生』の2巻と3巻に目を通す。速読マスターもびっくりの瞬読で脳に記憶させたところで窓を開け、バックホームはレーザービームよろしくのイチローのようなフォーム(のつもり)で2巻を放り投げた。

バサバサバサーッと予想より大きな音を立てて闇に消えていくルナ先生。その音に慄くことなくノータイムで3巻も投げる。

ありがとうルナ先生。ごめんなさいルナ先生。何よりも川を汚して本当にごめんなさい。

作戦は終了した。

少しだけ放心状態になっていただろうか。しばらくして親父が部屋にやってきた。どうやらジャイアンツは勝ったようだ。ビールも入って機嫌がいい。

「鍵、見つかりましたよ」

スタッフ、一生懸命さがしましたみたいなテンションで切り出すと、親父は「おっ!」とだけ言って引き出しを開けた。

大丈夫。もうそこにはエロ本はない。

「もう失くすなよ」

それだけ言って、親父は去っていった。

勝った。一時はどうなることかと思ったが、僕は勝ったのだ。今日は勝利の味をかみしみて、初めての部屋で、初めてのスプリングマットで寝よう。そう思っていたら、弟が部屋に来た。

「おにいちゃん、僕だまってたよ。」

おうおう、かわいいやつよ。

「おにいちゃん、あの漫画、僕の部屋に隠す?」



なんで気づかなかったんだ…


そもそも親父はエロ本のことなんて知らないし、引き出しが開けばそれでよくて、エロ本見つかったら終わりだと思っていたのはただの考えすぎで、弟の部屋どころか自分の部屋の本棚に紛れ込ませておけばしのげた話だったのだ。

すぐさまルナ先生の救出に向かったが、真っ暗闇の川では何一つ発見することはできなかったし、翌朝に再度向かったときにはもう流されてしまっていた。

ああ、ルナ先生…そう思って天を仰ぐと、柿の木の一番高い枝に、ルナ先生3巻のカバーだけがかかっていた。

あの高さは、じいちゃんが持っている高枝切り鋏じゃないと届かない。カバーだけならじいちゃんにエッチな漫画だとバレないはず。しかし、たとえ届いたとしてもカバーだけあっても意味はない…。

いろいろと葛藤していると、カバーは風に吹かれて隣家の敷地内に飛んでいった。おそらく隣の人が庭掃除をして秒殺で捨てることだろう。自分から僕の本のカバーですと言えるはずもなく、ここですべてが終了した。

そんなルナ先生も今ではKindleで買える。引き出しに隠すこともなく、おこづかいでAmazonカードを買えば自分のスマホに入れておけるのだ。

検索すれば、エロ画像がすぐに出てきちゃう時代だけど、ちょっとだけエッチなコメディ漫画があったことはいつまでも忘れてはいけないのだ。と、いまさら真面目ぶってもどうにもならないところで、この話はおしまい。


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