カロッサとリルケ



詩人丸山薫の詩集「花の芯」(1948年)から、「カロッサとリルケ」を取りあげてみたい。

カロッサは「ルーマニア日記」の中で
戦ひの荒廃から立ちあらはれた
或る肺を病む少女について
斯う書いてゐる
「その大きく睜ひらいた二つの瞳にだけ
全身の乏しい酸素が集つてゐるやうだつた」と
もしもそのとき
不用意に彼が愛の灯を近づけたなら
瞳は一瞬に炎えて失くなり
彼女は昇天しただらう

リルケの瞳はいつも蒼く澄んでゐて
形象をふかく吸ひつくし
しかも何物の投影も宿さなかつたといふ
されば僕達がそんな湖に舟を浮かべたとせよ
怖ろしさに たちまち狂気したかもしれない

「現代詩文庫1036  丸山薫詩集」(思潮社)


この詩において丸山は、前半十行でカロッサを、後半五行でリルケを描き、前者を後者と対照させている。要点はリルケにある。

丸山が浮かび上がらせたのは「瞳」だった。リルケの瞳は「いつも蒼く澄んでゐて 形象をふかく吸ひつくし しかも何物の投影も宿さなかつた」。

「カロッサとリルケ」の描出で面白いのは、前半部においては、カロッサの「瞳」ではなく、当時(1916年頃)第一次世界大戦勃発に伴って、従軍医師としてルーマニアに赴いたカロッサが、戦禍の中で出会った一人の肺疾の少女の「大きく睜ひらいた二つの瞳」に焦点をあてて描く、という所だ。

カロッサが医師(結核の専門医)として、もしもこの少女に「愛の灯」を近づけたなら、「瞳は一瞬に炎えて失くなり 彼女は昇天しただらう」。

「ルーマニア日記」では、若き日のカロッサが医師として戦地で出会った少女を看ようとする眼差しと、当時十六歳弱だったこの病床の少女の姿に「美」を感じたという、率直な印象が混然になっている記述がある(岩波文庫 49-51頁参照)。丸山薫はそれに材を取って詩を書いている。

ところで、カロッサは自らも長年肺疾を患っていた。そして若年時代はその為にたびたび仕事を退いて病臥していたと年譜は伝えている。(「カロッサ詩集 双書・20世紀の詩人」(小沢書店) 199-206頁参照)
一方のこの事実にも留意しておきたい。

この詩において、リルケの瞳の青とカロッサの瞳の赤(正確には、カロッサの眼差しによってとらえられた肺疾の少女の瞳)が劇的に対比されている。リルケの瞳の持つ底知れぬ青の深度 デプスと、戦地のカロッサに交錯した瞳の赤と。

丸山薫の「カロッサとリルケ」は、現代ドイツの二人の偉大な詩人が美しく対比的に描き出された詩作品として大変印象深いものになっている。