無職日記n +24日目 こんなに子供が欲しいのに。

今日は朝から晩まで原稿を書いていた。

失速したり、自分のあまりの言葉の無さに失望したり、でも失望しててもしょうがないので、付け焼き刃で積読していた同人誌なんかを読みインプット、言葉を入れては出す、入れては出すを繰り返した。

今後も言葉を入れ続けないと、言葉ってのはで続けない気がした。裏を返せば、言葉を入れ続ければ言葉は出続ける気もして、少し救われた。

朝から好きな人と、空想についてのLINEのやり取りをしていた。未来とか空想とか、SF的なことが好きな人なのだ。熱心に考えをまとめて返事を送っていたら「なんのやりとりやねんこれ笑」と笑われて、やり取りは終了した。

なかなか上手くはいかない。

夜、「はじめてのおつかい」をテレビで見た。毎年見て号泣している。

子供の一挙手一投足が大好きだ。

森三中の村上さんの子供が出ていて、森三中はデビューの時からライブでもテレビでもたくさん観ていたから、彼女たちが親になって、子供を抱きしめているのかぁと思うと、何と無く「人生のご褒美」という言葉が浮かんで

たくさんの言葉に傷ついて、それ全部笑いに変えてきたら、ご褒美に幸せになれたんだねって、そんな気持ちになって。

じゃあ自分は、あとどれくらい頑張れば、ご褒美をもらえるんだろうなどと、卑しい感情が湧き上がってきた。

恋愛は難しい。

恋愛のうまくいかなさって相手じゃなく自分を責めがちになるからしんどい。本当は仕事の100倍くらいやりたくない作業。でも仕事しないとお金もらえないのと同じで恋愛しないと得られないものもあるから、やっている節がある。

それに恋愛は自分以外のみんなはなんでその人がうまくいかないのかわかってることが多いとこも割とイタくて苦手だ。自分で努力して気づくのが難しいから人から色々言われるの苦手なプライド高い人間には割と地獄のコンテンツである。

とにかく恋愛は何より修行的要素が超強いからやはり人間にとって欠かせないものなのも仕方ないのかもしれない。恋愛ちゃんとやってこなかったから自分が未熟なのも痛感するし。と、こうやってまた自分を責めちゃうわけじゃないですか。

修行。ほんと修行なんだろうな恋愛は。恋愛によって自分が成長した記憶って殆どなくて、いかに自分がその修行から逃げてきたかがリアルに伺える。これは自虐とかではなくて冷静に。

なーんつうのをね、テレビ見ながら考えたりしていてね。

でもわかってる。幸せだとか幸せじゃないとかって、頑張ったご褒美とかそんなものじゃないんだって。

わかってはいるんだよね。

それでもね、一人でいるとよからぬことを考えてしまうものよ。

と、あまりにもネガティブになってしまったので慌ててテレビを消して、安いワインをソーダで割って飲み干して、集中して好きな人のことを考えたりした。

大切な人がいる人生は素晴らしい。そりゃ、大切な人に大切だと思われる方が幸せだけど、そんなのわからないことだしね。

私の人生の目的は誰かに幸せそうだと思われることじゃなく、自分が幸せだと思えるかどうか。だとすると、大切な人がいる今日は、やっぱり幸せなんじゃないかって。

あーあー、なんか自己啓発っぽくなっちゃった!

夜に書く日記は良くない!

もう寝る!

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