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【短編小説】思い出にはならない

1,529文字/目安3分


「君と過ごした日々を思い出にしたいんだ」

 そんなことを言われてから早二日。要するに振られたってことだ。わたしがこんなにも好きなのに。自分で言うのは恥ずかしいけど、わたしを狙っている人だってけっこういる。手放すなんてありえない。
 ちょっと掴めないところがあって、不思議な雰囲気を持っている。自分というものがしっかりある感じ。わたしが知らないことも教えてくれて頼りにもなる。たまに言っていることが分からないけど、そこがまた魅力なんだ。

 だったのに、もう最悪。

 昔聞いた音楽を懐かしいと言う人はいるけれど、今も聴く人からしたら懐かしさはない。離れた後に時間が経つから思い出になる。それと同じように、わたしを忘れさせないために、徹底的にイタズラをしかけてやる。

 一日目。
 あいつは自転車通学だ。タイヤをラップでぐるぐる巻きにしてやった。どうだ、困るだろう。
 すると眉一つ動かさずになんなく引き剥がし、のんきに漕いで帰っていった。

 二日目。
 授業で使うノートの続きの一ページを付箋紙で埋め尽くす。書く時は剥がさないといけない。そのまま書くと剥がれた時にメモが欠ける。さぁ困れ。
 あいつはそのページを飛ばしやがった。

 三日目。
 黒板一面にそいつの拡大した変顔写真を貼りまくる。よく二人で写真を撮りあっていたから、バリエーションは豊富だ。普段はクールキャラでいるかもしれないが、崩壊させてやる。
 単純にわたしがあとで先生に怒られた。

 四日目。
 引き出し、下駄箱、ロッカー。そいつのありとあらゆるしまう場所に折り鶴を詰めてやった。家デートの時に暇すぎて二人で折ったやつだ。千羽あるかは分からないけど、でもガサゴソと絶対困るはずだ。
 放課後、仕込んだ一羽一羽丁寧に紐でつないで、教室の後ろに吊るして飾ってあった。

 毎日イタズラしてみるものの、まるで手ごたえがない。何か言ってくるわけでもなく、ただ平然と対処される。かわされる。だからと言って無視されている感じでもなさそうだ。
 何としてでも気を引いてやる。見てろ。

 五日目。
 あいつがトイレに行っている間、スマホのロック画面に一番の思い出の写真を設定する。ていうか、こんな大事な個人情報の塊をロックもかけずにほったらかしにするんじゃないよ。しょうがないなぁ。
 あ。自分で思い出って言っちゃってるし。あぁもう。

 六日目。
 時期は完全に外れているけど、手づくりのバレンタイン風チョコを机に入れておく。お菓子なんて久しぶりに作ったよ。あいつ喜んでくれるかなぁ。いや、待った。そうじゃない。
 でも、昼休みに食べてる顔がおいしそうにしている感じで、少しほっとした。

 七日目。
 下駄箱に手紙。むしろポエム。わたしがどれだけお前のことを好きだったか、ルーズリーフいっぱいに書いてやった。書けば書くほど憎らしくなってくる。こんなやつ、思い出にもならない。
 なんて言えるわけがなかった。
 一枚じゃ足りなくて、二枚、三枚と増やしていく。楽しかったこと、して欲しかったこと、謝りたいこと。どんどん言葉が出てくる。
 振られちゃった理由はなんとなく分かっている。わたしはしつこいところがある。たぶん、いろんなひどいことをしちゃったし、言っちゃったと思う。本当のところはどうか分からない。
 まぁでも、ここはもう潔く引くのがあいつのためにもいいかな。きっとわたしなんかよりもぴったりの人と一緒になる。わたしももっともっといい出会いをしたい。まずは自分を磨くんだ。なんならあいつをちょっと後悔させてやる。

 この手紙もあいつの手に渡ったところで何にもならない。それに迷惑だろう。
 書いているうちになんだかスッキリしちゃったし。イタズラもこれで終わり。
 やーめた。



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