滝坂道研究所

やっぱり徒歩が好き。

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最近の記事

[滝坂道]駒場野公園から淡島まで

〆切地蔵(駒場地蔵尊)を越えると目黒区から世田谷区に入ります。 滝坂道(淡島通り)の南側にある筑波大学附属駒場中・高等学校(筑駒)の所在地は世田谷区池尻4丁目です。ところで、何で東京に筑波大学(茨城県)の附属高校がそもそもあるのかという疑問を世界の8割の方々は抱くのではないでしょうか。これは、筑波大学の前身である東京教育大学の附属校であったためです。東京教育大学は1978年(昭和53年)に閉校され、附属施設が筑波大学に移管されました。筑駒はこの年に東京教育大学附属駒場中学校

    • [滝坂道]松見坂から駒場野公園まで

      松見坂を登っていきます。ここから滝坂道は「東京都道423号渋谷経堂線」通称「淡島通り」です。 人気ドラマのロケ地となったカフェは、この松見坂にあります。プリンが大人気なようです。江戸時代、甲州街道ができる1602年(慶長7年)までは世田谷城、また府中に向かうための重要な道でした。 松見坂を登り切ると左手に都立駒場高等学校が見えます。 駒場野は江戸時代八代将軍徳川吉宗により鷹狩り場とされ、鷹狩りをするために馬を停める場所(=駒場)だったためにその名前が付いたと言われていま

      • [滝坂道]裏渋谷通りから松見坂まで

        道玄坂地蔵をお参りして、滝坂道に戻ります。西に向かって松見坂まで歩きましょう。 京王井の頭線神泉駅は、終点渋谷駅の一つ前の駅。吉祥寺から走ってきた電車は神泉駅を出るとトンネルに突入。けれども渋谷マークシティの2階に到着します。 今では山手通りが滝坂道を分断してしまっていますが、国土地理院で現在の地図と1945-1950年の空撮写真を重ねてみると滝坂道は今の山手通りを突っ切って松見坂交差点にほぼ直角に合流するように見えます。この当時は山手通りはまだできていなかったんですね。

        • [滝坂道] 道玄坂地蔵尊@ミステリアスな円山町

          渋谷駅から道玄坂を登り、道玄坂上交番前から神泉方面に向かう「裏渋谷通り」を歩きます。この「裏渋谷通り」が調布市で甲州街道に合流する滝坂道です。 道玄坂上交番前を歩きはじめて、いきなり寄り道をします。一番はじめの角(ファミリーマートの手前)を右に曲がって裏渋谷通りを離れると、料亭三長の前に出ます。 道玄坂地蔵尊 この地蔵様は約三○○年前に建てられた玉川街道と大山さんを結ぶ三十三番霊所の一番札所のお地蔵様です。 昔は豊沢地蔵と言われていましたが、現在は道玄坂地蔵と名を改めて現

        [滝坂道]駒場野公園から淡島まで

          渋谷スクランブル交差点から滝坂道まで行ってみよう!

          滝坂道は道玄坂の上。渋谷スクランブル交差点を渡って、渋谷109方向に進みましょう。 この道は大山街道。赤坂から青山を経由して宮益坂を下り、JR山手線のガード下をくぐります。大山街道は渋谷を過ぎると、三軒茶屋、二子玉川、多摩川を渡って神奈川県に入ります。 渋谷109の左側、大山街道を進みます。 道玄坂と呼ばれるこの坂には、渋谷区教育委員会による碑が立っています。 江戸時代以来、和田義盛の子孫大和田太郎道玄がこの坂に出没して山賊夜盗のように振る舞ったとの伝説や道玄庵という

          渋谷スクランブル交差点から滝坂道まで行ってみよう!

          滝坂道が好き

          滝坂道を知っていますか?渋谷の道玄坂を登った交番の脇から出発している道です。この道は江戸時代より前にあったと言われている古く歴史のある道なのです。道玄坂交番横には滝坂道の碑が建てられています。 滝坂道(甲州街道出道)は、かつての大山道が道玄坂から分岐をし、武蔵国府のあった府中に向かっていた古道で、その起源は江戸幕府が開府する前からと考えられています。滝坂道は、目黒区の北側を通り、世田谷区を横断して、調布市で甲州街道に合流します。名称の由来は、甲州街道の滝坂で合流することから

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