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「生態系サービス」について

今回は、大型類人猿の話題から少し離れて、自然保護・生物多様性保全に関する一般的な話題を取り上げます。それが「生態系サービス」です。

生態系サービスという用語は今ではかなり広く普及しています。私がこの用語を知ったのは2007年ごろ、授業のために勉強していたときでした(専門家を名乗る者としては遅いですね…)。

生態系サービス(Ecosystem services, Ecological services)について、ブリタニカ百科事典には「直接または間接に人間に利益をもたらしたり人間の福祉を促進するような自然システムの産物、条件、プロセス」と書かれています(項目はこちら)。平たく言えば「自然の恵み」のことです。より詳しい意味や解説は生態学の入門書やWikipediaなどを参照してください。

自然が人間にさまざまな恩恵をもたらしてくれることは古くから多くの人々が知っていることです。しかし、その恩恵がいったいどれほどのものなのでしょうか。自然の恵み、というといかにも天からの施しであるかのように受け止めてしまうかもしれないので、それを、自然が人間に提供してくれているサービスだと捉えるのが生態系サービスという語に含まれるニュアンスです。

したがって、生態系サービスは評価可能なものです。しかも、漠然とした「自然」というひとくくりではなく、生態系の構成要素(産物、条件、プロセス)を個別に評価できます、というか、評価しようとします。評価することで、自然を守ることをより多くの人に納得させることが可能だからです。

私が学生だったバブル期には、国内の多くの山林が開発され、リゾート施設やゴルフ場に転換されてゆきました。そうした開発には反対運動がつきものでした。そして、当時反対派の人々がよく持ち出してきたのが「開発予定地で希少なオオタカの営巣が確認された」というものだったのを覚えています。

開発するとオオタカの繁殖が妨げられ、絶滅してしまう。だから開発をやめて自然を守りましょう。この論理は、ゴルフよりも自然が好きな人には訴える力があります。しかし、オオタカなんか知らん、とか、タカがいなくなると寂しいけど、ゴルフ場にしたほうが儲かるしなあ、という意見の人を説得できません。ここで、生態系サービスの出番です。

「開発地域の山林は、いまどれだけのサービスを提供してくれているか。たとえば、保水機能を提供していて、これがゴルフ場に転用されるとそれが失われ、水害リスクが上がり、治水のために新たな河川整備と都市の排水システムの再構築が必要である。したがって、山林(の生態系サービス)が失われることで経済的損失が生じる。その損失は、ゴルフ場から得られる経済効果を上回る。だからゴルフ場にはしない方がいい。」このような説明ができれば、納税者である地域住民は納得しやすいでしょう。少なくとも「オオタカがいますよ」よりは。

生態系サービス概念によって、干潟や湿地、雑木林など、これまで「金を生まない」とされていた自然が、実際に経済的・福祉的価値を有していることを説明しやくすくなりました。それも、単に価値があるというだけではなく、具体的にその価値を値踏みできるようになりました。これは、自然の価値のあらたな掘り起こしといえます。人々の情緒に訴えるのではなく、理性に訴えることで、多くの人に生物の価値を「正当に」評価してもらうために生態系サービス概念はとても有効だと思ってきました。

しかし、私は次第にこうした生態系の経済化について、だんだん疑問を持つようになってきました。最近では自分でもこじらせ気味ではないかと思うくらい、自然を値踏みすることに対する心理的反発が強くなってきています。その話は少し後にするとして、次回はまた大型類人猿の話に戻ります。

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