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『局所性ジストニアを見つめる』 3. 知識の整理

「局所性ジストニア」や「動作特異性ジストニア」が起こる原因や対処法はどこまで分かっているのだろうか。どんな要因が関わっていると考えられているのか。ここではそれを私でも理解できる形で整理してみようと思う。
あくまでも素人考えなので、その点は注意して読んでいただきたい。

「局所性ジストニア」研究の現状は

まずはじめに理解しておいた方が良いと思うのは、「局所性ジストニア」も「動作特異性ジストニア」も、それが起こる原因やメカニズム、解決法が、科学的に完全に理解されているわけではない、ということである。
多くのことがまだわかっていない。そして、そのため、現在も多くの研究が続けられている。

実際、学術論文を読んでいてもこの点に言及する文章ををよく見る。
例えば、

《局所性・動作特異性ジストニアの最も妥当なメカニズムはまだはっきりとわかってはいない。(the most plausible mechanism of focal task-specific dystonia remains unclear.)》

[1](筆者による日本語訳)

《様々に異なる治療アプローチの効果を測ること自体が難しいことではあるものの、これらのどの方法でも失われたスキルを完全に信頼できるレベルで元に戻すことができないことははっきりしている。私たちがスタンダードな対処法を確立できていないのは、その症状の多様さにも原因があるのだが、この障害の病態生理学的なありようが十分に理解されていないことに直接の原因がある。(Even though, the outcome of the different therapeutic approaches is difficult to measure, it is clear that none of these methods is able to rehabilitate the lost skill completely and reliably. Our inability to construct a standard treatment is partially due to the high variability in the symptoms, however, it is also the direct result of the incomplete understanding of the disorder’s pathophysiology.)》

[2](筆者による日本語訳)

という感じである。

だが、これらの文章は現時点で「局所性ジストニア」を改善・解消することが不可能だということを意味しているわけではない。
「わかっていることとわかっていないことがある」と言っているのであり、「こうすれば間違いない」がまだ確立されていないと言っているのである。重要な要因や何が起こっているか、対処法は様々な形で研究・実践され、提案されて続けている。

一方で、症状や状況は人によって様々なため、人によって有効なアプローチは異なるだろう。自分にあった方法で個別に対処する必要があるのが現状なのだ。スタンダードがないというのはそういうことである。そして、その方法を「わかっていることとわかっていないことがある」と照らし合わせて検討できるのとなお良い。
「これをすれば絶対うまくいく」は科学的な観点から見ればまだ確立されていないのである。最新の科学研究を見ても、わからないことがあって当然、というのが現在の状況なのだ。ここまではあくまで「わかっていることとわかっていないことがある」という話である。

さて、ここからは話の次元は少しずれるのだが、私は「とはいえ自分の経験から最終的にはうまくいくやり方がある」と思っている。これまで提案されていることからどんなことが考えられるのか。そのための整理である。

私の勝手な整理

「局所性ジストニア」「動作特異性ジストニア」には様々なアプローチの研究がある。それらの文献を色々と読んでいると、正直に言えば頭の整理が追いつかなくなってくる。アプローチごとに、分析している要因の階層が違うからだ。
脳の形態や機能、神経に関する研究もあれば、感覚や運動に関する研究もある。心理学的な研究もあれば、ケーススタディといった実例を集めて統計分析した研究もある。そのそれぞれが、これが原因だ、これが重要なファクターだ、と報告している。「なるほど」と思う反面、読者である私はもう少し俯瞰的に見ないと迷子になると感じた。

私は専門の研究者ではないので、個別の研究について理非を細かく指摘したり、実験的に反証することは現時点では難しい。これが原因だろ!とも言えない。できるのはせいぜい、こういう見方・アプローチの仕方もあるのか、こういう結果もあるのか、と距離をとって眺めることくらいである。

そこで、様々な研究によって注目されている「局所性ジストニア」に関わる要因を勝手にマップし、まずはそこに無理矢理当てはめて整理することにした。これで何かが解決したり、新しく何かがわかったりはしないのだが、こう考えることで私は随分スッキリしたので、まずは良しとしている。
以下が、私の現状の理解に基づくマップである。使っている言葉や分類が学術的に適切かはわからない。ただ、明かな間違いがあれば、アドバイスをもらえるとありがたい。

私の脳内「局所性ジストニア」要因マップ

私自身の整理も兼ね、私のこの脳内マップを説明してみる。
まず、私は人間要因と環境要因とをバッサリと分けて理解することにした。
内的要因と外的要因と言っても良いと思うのだが、具体性が大切だと考え、上記のようにした。

人間要因は敢えて身体要因と心理要因に分けた。
身体と心理は分かち難く結びついている、心身一体、切り分けられない、と私は常々考えているのだが、便宜上、上のようにした。私は心理を脳の機能の1つの表れと考えているので、物質要因、非物質要因と書くことも考えたが、あまりフレンドリーな感じがしないので止めた。

身体要因にはまず、脳要因がくる。脳の形態・機能的な研究や原因を分類する。例えば[1]の研究などである。

脳要因は神経・生理要因と先ほど分けた心理要因と相互に結びついている。
神経・生理要因は、感覚要因と運動要因に分けた。感覚要因は深部感覚などの研究、運動要因は運動に関する神経伝達や筋緊張などの研究を分類する[3]。特に、局所性ジストニア発症者には深部感覚の不調があるいう実験的なエビデンスを紹介していた論文は私にとって非常に重要で興味深かった。

心理要因は、思考・精神や情緒・情動に関する研究を考える。「局所性ジストニア」を発症する方によく見られる性格的特徴として、「心配性」「完璧主義」を挙げる研究がある[4]。私は個人的な見解として性格を習慣化した思考パターンだと捉えているため、思考・精神要因の一端と考えている。

これらの人間要因は環境要因の影響を受ける。
環境要因には具体的なタスク、これまで受けた教育(特に強圧的な手法での教育が要因になることが多そう)、有害事象(Adverse event)やトラウマ的な経験などを含み、それに関する研究を想定している[5,6]。

これらの作用から最終的に実際の動作が行われる。これが目に見える形で外に表れるものだ。この動作のうち、体の一部分で動作がうまくいかないものを局所性ジストニア、特定のタスクでうまくいかないものを動作特異性ジストニアと考えるのである。

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これが私のざっくりとした整理である。ここまでしてようやく、私としては、読んだ論文が何にアプローチしようとしているか、目にした対処法がどこから始めようとしているか、をイメージできるようになり、流れが見えるようになった。皆さんのお役に立つのかはわからないが。

私は上記の要因がそれぞれ独立していると考えているわけではない。むしろ、それぞれつながりを持っていると考えている。
こう整理しないと、ジストニア的な動きが出る原因はこれ、だがその原因が起こったのはこれ、とドミノ式に原因を考えることになるように思えた。そのため、流れのどこからアプローチするかで研究と対処法を分類するのが自分にとっては分かりやすかったのだ。

治療法・対処法を整理してみる

このマップをベースにあくまで私なりに治療法や対処法を整理してみる。
どの要因へ第一にアクセスしようとしているかを考えた。ただの思い込みで、間違っているところもあるかもしれないのでご注意を。

例えば、脳への外科手術は脳要因へアプローチする治療法であり、よく行われているであろうボツリヌス治療は神経・生理要因へのアプローチだと言えると思う。服薬治療は脳要因へのアプローチだろうか、専門外すぎて私はよくわかっていない。

以前の投稿で散々参照したので例に出すが、Ruth S. L. Chilesの手法はブレインスポッティングという心理療法をベースにしているため、そのアプローチの根幹は心理要因へのアクセスにあるだろう[6]。だが、その前には被施術者の感覚の断絶(dissociation)へと働きかけるプロセスがある。それは神経・生理要因へのアプローチだと言える。つまり、① 神経・生理要因(感覚) ② 心理要因 → 動作 というフローとこのループで手法が成り立っている、と私は整理した。

理学療法についても私は詳しくないので、想像なのだが、動作へのアプローチが第一で、そこから神経・生理要因へアプローチをかけることを目指すこともあるのではないかと考えている。
ところで、理学療法と書いて思い出したのだが、局所性ジストニア専門理学療法士・西山祐二朗さんが書いた『局所性ジストニアハンドブック』も読ませていただいた[7]。
私にとって一番興味深かったのは、《局所性ジストニアと言われる症状の中には、ただの筋力低下が原因の場合が多く潜んでいます。》(p.221)という本書の一番最後の文章だった。つまり、私の理解だと、西山さんは「局所性ジストニアと考えられているが厳密には局所性ジストニアではないもの」にまずはアプローチしている。この点を非常に重要だと感じた。
実際、上記書籍の言葉でいうFoundation期からCombination期の半分くらい(?)までは、そこにフォーカスし、その後のCombination期とTechnic期で実際の局所性ジストニアへのアプローチを行うようで、原因の切り分けが巧妙である。

もう一人、Dr. Joaquin Fariasという方が、インターネット上で局所性ジストニア改善のための多くのエクササイズを提供している。彼は局所性ジストニアを神経系の混乱による運動障害と考えていて、それを修正するためのエクササイズを多数提案している[8]。これは、私の整理だと動作→神経・生理要因へのアプローチである。

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と、ここまでは言ってしまえば私が机に向かっていろいろ読んで得た知識である。参考文献があまり豊富でなく申し訳ない。私はとりあえずこの勝手な理解で先に進んでみることにした。

それでは次に、私の経験も踏まえてアレクサンダーテクニークはどうなのかを考えてみる。ここからが本題である。


参考文献

[1] K. Uehara et al. : “Distinct roles of brain activity and somatotopic representation in pathophysiology of focal dystonia”, Hum Brain Mapp. (2019) 40 1738-1749 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30570801/
[2] A. Detari et al.: “Musician’s Focal Dystonia: A Mere neurological disorder? The role of non-organic factors in the onset of Musician’s Focal Dystonia: an exploratory Grounded Theory study”. J. Music, Health and Wellbeing, (2022) 1-15 https://eprints.whiterose.ac.uk/187519/
[3] L. Avanzino et al.: “Proprioceptive dysfunction in focal dystonia: from experimental evidence to rehabilitation strategies”, Front Hum Neurosci (2014) 8, 1-7, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25538612/
[4] J. Schneider et al.: “Impact of Psychic Traumtization on the development of Musician’s dystonia”, Med Probl Perform Art., 36(1) 1-9 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33647091/
[5] A. Detari et al.: ”Towards a Holistic Understanding of Musician’s Focal Dystonia: Educational Factors and Mistake Rumination Contribute to the Risk of Developing the Disorder”, Front Psychol. (2022) 13, 882966 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35615203/
[6] Ruth. S. L. Chiles: “The Focal Dystonia Cure, powerful and definitive practices to completely heal yourself”, Attuned Press (2022)
[7] 西山祐二朗: 『局所性ジストニアハンドブック』 からだドック
[8] J. Farias: “Limitless, how your movement can heal your brain”, (2016) https://dystoniarecoveryprogram.com/

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