見出し画像

『局所性ジストニアを見つめる』 4. アレクサンダーテクニークの学校 1時間目

私は元々『局所性ジストニアを見つめる』という文章の他に『アレクサンダーテクニークの学校』という文章もそのうち書きたいと思っていた。ここで早くも2つが合流した。今回はその1回目である。アレクサンダーテクニークとはどんなものかを私なりに書いていこうと思う。

アレクサンダーテクニークについて語る前に

私は2020年11月からアイルランドにある学校 The Alexander Technique Centre, Ireland のアレクサンダーテクニーク教師養成コースに通っている。約3年半のプログラムで、順調に行けばあと半年ほどでコースを修了する予定だ。
その学校の友人と先日パブで話をしていたとき、その友人が知り合いにアレクサンダーテクニークを説明するのがすごく難しいと言い出した。その時は、私も確かにそうだねぇ、などと相槌を打っていた。だが、改めて後で考えてみると、本当にそうなんだろうかと思うようになった。説明するのが難しいのか、理解してもらうのが難しいのか。本当に悩んでいたのはどっちだったのかなと思ったのだ。落ち着いて考えてみると、2つは違う問題である。どっちの場合もありうる。
実際、アレクサンダーテクニークに関わる多くの人が似たような問題に直面しているように思う。アレクサンダーテクニークやアレクサンダーテクニーク教師としての自分をうまくプロモーションができないという話を聞くことも多いからだ。

アレクサンダーテクニークを説明する難しさは確かにある。私もそれについて考えていた時期がかなり長かった。問題はどこから、何から始めるかである。しかもなるべくシンプルに語りたいとなると骨が折れる。「それは何か」を語るのが良いのか、「それは何をしてくれるか」を語るのが良いのか・・・と色々考えていた。説明の仕方もたくさんある気がするし・・・と。そう考えると、説明の難しさは「ちゃんと過不足なくしなきゃ」というところに起因するように思える。説明の不足や間違ったことを言っていないかがあまりに気になってしまい、その不安を説明の難しさとごちゃごちゃにしてはいないか。私はこういう状況を「ちゃんとしなきゃ病の発症」と呼んでいる。結構、面倒な癖だと思う。

ブツブツ言うのは終わりにして、今回は局所性ジストニアとの関係性から話を始めようと思う。

まず第一に、アレクサンダーテクニークは局所性ジストニアの改善・解消に特化したメソッドというわけでは無い。アレクサンダーテクニークは局所性ジストニアをカバーできるメソッドだと私は考えている。予防・改善の助けになるメソッドだが、前回挙げたような多くの対処法とは少し毛色の違うところがある。
局所性ジストニアの改善を目的にアレクサンダーテクニークを学び始めるのは全く問題ないと思う。私の入り口はまさにこれだった。経験者のひとりとして、試してみることをオススメする。
始める動機はそれでオッケーだけど、実はそれ以上のものがあったよ、というのが私の経験である。この文章ではそれを伝えられたら、と思っている。

局所性ジストニア・動作特異性ジストニアに限らず、他の問題で来る方も同じだ。
アレクサンダーテクニークのレッスンに訪れる理由は様々だ。腰痛、首の痛み、肩の痛み、股関節の痛み、偏頭痛、不安、抑鬱、パフォーマンスの向上、ステージでの緊張、ストレス、不眠、姿勢改善、声の不調、呼吸の改善、情緒不安定、リラクゼーション、純粋な興味などなど。
これらの問題を抱えた方は、病院や理学療法、カイロプラティックや整体や鍼灸などの補完医療、瞑想や太極拳など、多種多様な対処法をいくつも試した後にアレクサンダーテクニークへやってくることが多い。私が実際に接した方々の話を聞いていても、身近に知っている人物がいない限り、私のようにダイレクトにアレクサンダーテクニークへたどり着く人間は珍しい。それくらいメジャーではないということの表れでもあるし、あまりにカバーしている範囲が広くてよくわからないだけなのかもしれない。よくわからないとなかなか試してみようと思えないのはよくわかる。
そうして訪れた人たちが自分の問題を改善し、それに加えて様々なプラスアルファな効果を経験するのを私は実際に目にしてきた。セッションの途中や後に「体が軽く感じる」「前より自由に動く」「背が高くなった感じがする」「体が広がったように感じる」「よく眠れるようになった」「楽になった」といった声を聞くことが多い。私自身は良いセッションの後には「詰まりが取れて気持ち良く流れるようになった」と感じることが多い。
これは私の先生から聞いた話だが、こういう感覚を「シャンパン・フィーリング Champagne feeling」と表現する方もいたそうだ。ライトでバブリーな、フワフワした感じのことをこう表現しているのだ。もちろん、実際にシャンパンを飲んだわけではない。

私は、これらアレクサンダーテクニークのセッションとアレクサンダーテクニークを介した楽器との付き合いで、局所性ジストニア的な不調をなんとかしてきた。この1連の文章では、その経験をアレクサンダーテクニークの紹介とともにお伝えすることを目指している。

アレクサンダーテクニークとは

前置きが長くなったが、アレクサンダーテクニークとは?である。
これを読んでいる方の中には「アレクサンダーテクニーク」なんて初めて耳にした、という方も多いのではないか。私の局所性ジストニアにまつわる経験を語る前に、まずはその点について書いていく。先にも書いたようにアレクサンダーテクニークを説明する仕方は色々ある。

私はここで、アレクサンダーテクニークを「無意識を意識化する技法」であると紹介してみようと思っている。無意識の意識化と聞くと、心理学やカウンセリングのように響くかもしれないがそれとは違う。
私がここで言う「無意識」とは、私たちが持っている「習慣」のことを指す。

習慣。私たちには多くの習慣がある。寝る前に歯を磨く、毎朝コーヒーを飲む、といった習慣は私たちが自分でそうしていることをわかっている習慣だろう。つまり、自覚がある習慣だ。このように自分でそうしていると知っている習慣はたくさんある。
それとは別に、私たちには自分では気がついていない、最早意識していない習慣もたくさんある。癖と呼んでもいいだろう。どちらも英語ではHabitであり、同じである。
そうした「最早意識していない習慣」が、私がここで言う「無意識」である。意識していないために、そんな習慣や癖があったかなと思い出すのも難しい。そんな習慣のことである。
どちらの場合にも共通することだが、これらの習慣には自分にとって良いものと悪いものがある。とはいえ、良い・悪いというのはかなり曖昧な指標である。言い換えると、自分の人生に良い影響を与えている(と思える)習慣と、悪い影響を与えている(と思える)習慣、と受け取ってもらえると良い。

判断基準は2つある。
1つは、その習慣が自分に害をなすものであるか。
もう1つは、自分がその習慣を求めている・必要としているか、である。
一般的な良し悪しはあまり関係がなく、自分の判断が基準になる。

自分でも最早意識していない習慣などと書いてもあまりピンとこないだろう。いくつか、よく話題にするものを例として挙げてみる。

例えば、「腕を組む」動作である。皆さん、一度は腕を組んだことがあるだろう。もしよければこれを読みながら腕を組んでみてほしい。
右腕と左腕どちらが前(体から遠く)にあるだろうか?それを確認したら、今度は先ほど前にあった腕とは反対の腕を前にして腕を組んでみてほしい。
できましたか?

このお願いをすると、慣れていない方の腕を前にして腕を組めないという方が結構いる。特に違和感がない方もいるだろう。程度の差はあるだろうが、片方がやりやすくて、もう片方はやりにくい。これが「意識していない習慣」の1例である。「足を組む」動作でも似たようなことが起こるはずだ。
ただ、どちらの腕を前に腕を組んでいようと、これが大きな痛みや不調につながるようなことはほとんどないだろう。そのため、自分が気がついていない習慣であっても、これが問題になることはほぼない。


もう一つ。よく例に挙げるのが「片方の脚に寄りかかって立つ」動作である。
行列に並んで待っている人々を観察すると、片側に少し傾き、一方により体重を載せて立っている人をよく見かける。身に覚えがあるかもしれない。

これももしよければ試してみてほしい。まずは左膝を少し曲げて、右脚に寄りかかるように立ってみる。次に、反対側も試してみてほしい。
どちらか、やり易い方はあっただろうか?
多くの場合、やり易かった方、あなたが習慣的に寄りかかっている方である。寄りかかりやすい方というべきか。どちらもあまり変わらなかったのであれば、あなたにはそういう傾向はないのかもしれない。

さて、もしあなたがこの片方の脚に寄りかかって立つ習慣に気がついていないで、これを10年、20年、30年と続けていたとしたらどうなるだろうか。寄りかかっている方の股関節には両足で真っ直ぐ立っている時よりも大きな負荷がかかり続けることになる。この負荷が少しずつ股関節にかかることで、ある時それが知らず知らずのうちに痛みや炎症になって表れるかもしれない。
しかし、あなたはその習慣に気がついていない。普通に立っているつもりでいるから、なぜそんな痛みが出たのか全く心当たりがない。そんなことになるかもしれない。これが習慣に気がついていないことから生じる不都合である。
実際、アレクサンダーテクニークのセッションを受けに来る方で股関節の痛みに悩んでいる方はかなり多い印象がある。しかも、尋ねてみるとこういう癖がある方がとても多い。

たとえ良くない影響を与えている習慣であっても、自分が自覚していればそれを変えるチャンスはある。変えることで問題を解決することができるだろう。自覚していても変えるのが難しいのであれば、実はその背後に自分が気がついていない何かがあるかもしれない。
だが、自分にそんな習慣があることにさえ気がついていなければ、それを変えるチャンスすらない。実際、私たちの多くはそんな習慣に気がついていないため、問題の真の原因がわからないままになってしまうことも多い。
つまり、「意識していない習慣」のうち「自分の人生に良くない影響を与えている習慣」が問題の原因であっても(これまでの私の経験だと多くの場合これが当てはまる)、気がついていないが故にそれを変えるチャンスにまで到達できないのだ。アレクサンダーテクニークが私たちを助けてくれるのはこの部分である。

アレクサンダーテクニークの教師は、この「最早意識していない習慣」を意識化する手助けをする。そして、それが「自分の人生に良くない影響を与えている習慣」で「自分の望んでいない習慣」であるならば、アレクサンダーテクニークの教師はそれを変えるサポートをする存在である。
ここでいう習慣は例に挙げたような身体的な習慣だけを意味しない。考え方の習慣や同じようなことが起こるたびに怒ってしまう・ガッカリしてしまうといった感情的な習慣も含んでいる。

これが「無意識を意識化する技法」の詳細である。
要点を箇条書きすると以下のようになる。


  • 私たちには様々な問題を引き起こす自分に悪い影響を与え、自分が求めていない身体的・精神的・感情/情緒的習慣がある。

  • 私たちはそれを変えたいのだが、多くの場合、私たち自身は自分にそんな習慣があることすら知らない。

  • 私たちにはそのプロセスを手助けしてくれる誰かが必要である。

  • アレクサンダーテクニーク教師は、問題を引き起こしている習慣に気づき、それを変える手助けをする専門家である。



キリが良さそうなので、今回はここまで。
次回、もう少しアレクサンダーテクニークを深掘りしてみようと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?