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トリノスサーカス⑤ 『最後はウーマロ』

 

小説を書いてからの挿絵、ではなく、
描かれたイラストから発想し小説を書く。
それが『絵de小説』


今年は月に1作品、連作短編でやっていこうと思っています。
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。

https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/

 https://twitter.com/nakagawatakao 



○舞台設定○

 
 
場所は白百合町。
いろんな動物たちがニンゲンのように暮らす平和な町。
そんな町の中央広場にあるのが、みんなに人気のトリノスサーカス。
トリノスサーカスを舞台に、いろんな動物たちのいろんな物語。
月1UPの連作短編(全12話)です。

 


前回まで
① 『トリノスサーカス新春公演』

② 『さよなら空中ブランコ乗り』


③ 『怪力パンダの息子』

④ 『ピエロは今日も仮面をかぶる』


 
登場キャラクター
コナルズ ……イヌ。衣装係。
カッツ  ……ゾウ。衣装係班班長。
クレイト ……フクロウ。衣装班。コナルズの後輩。
ロッキ  ……サル。衣装班。コナルズの後輩。
レミット ……ネコ。空中ブランコ乗り。
ジョーンズ……ブタ。トリノスサーカス団長。
ドララ  ……ニンゲン。道具係。白ヒゲ長い人。
 
 
 
 

⑤ 『最後はウーマロ』




 
 
なにごともカッコウから入るものだ。

三つ揃いのスーツ。上着はブラウン。ベストとネクタイは紺色。パンツはカーキ。

おっと、色違いだと三つ揃いとは言えないな。

鹿撃ち帽は上着と同じ色。
なまいきにパイプをくわえ、鏡の前でシックにキメてみる。

誰がどう見たって探偵そのものだ。

疑いようがない。

ネクタイを整え、オレは部屋を出た。
オレ――そう、このカッコウには自分をそう呼ぶのが似合っている。
 
 
  *
 
 
「え?」
 そう声がもれたっきり、イヌのコナルズは言葉を失ってしまいました。
 手渡された衣装をマジマジとながめます。

「す……いません」
 ようやく言葉は謝罪でした。

 コナルズはトリノスサーカスの衣装係です。
 数十匹もいる団員の衣装、アクセサリーなどは衣装係のたった4匹で担当しています。

 時は年末。

 年明けすぐに、トリノスサーカスとしては毎年1番大きくて、大切な新春公演があります。

 団員は新春公演に向けて毎日練習練習の日々。
 裏方の衣装係班も忙しくなる時期でした。
 団員たちは皆、新しい衣装で新春公演に望むからです。

 今日も朝早くから衣装作りのために事務所にやってくると、たまたま通りかかったネコのレミットに「ちょいとお前さん」と呼び止められたのです。

 そして、
「ナルさん、こいつ、注文したのと違いますぜ」
 と言われ、新春公演用の衣装を渡されたのです。

 くわしく聞いてみると、袖の部分が頼んでいたのは黄色なのに、ピンク色なのでした。

 レミットは空中ブランコ乗り、しかもメインの演者。新春公演のトリを務めるのです。

 つまりは新春公演で1番重要演目を演ずる団員なのです。
 そのんなレミットの衣装を間違って作ってしまった。
 その事実に言葉を失ってしまったのでした。

「すぐ……つくりなおします」
「できますかい?」
「はい」
 即答はしたものの、これからの仕事に手直しを入れるのは、考えたくもないことでした。

 できるかできないかではなく、できなくてはならない――そんな心境でした。

「なら、よろしくたのんますわ」
 レミットはぽんっと軽く肩を叩きます。

「でもさ、なんで間違うんだろうね」
「え?」
「おたくの親分さんとさ、あんなに綿密に、何回も打ち合わせしたのにさ」
「すいません……」
「あんたに謝ってもらってもしかたないさ」
 レミットと別れ、コナルズは重い足どりで衣装室に向かいました。
 
 
   *
 
 
 ふふふ。
 おっと、笑ってる場合じゃなかった。

 やっこさん、オレに気づきもせずにのんびり歩いて行くじゃないか。
 マンションの部屋から出てきたとき、一瞬こっちを見たから、ちょいとドキっとはしたがな。

 階段のカゲで隠れ、1時間は待たされた。
 他の住人に変な目で見られたのはちょいと困ったな。
 マンションの外で待とうかと思案しだしたとき、やっこさんが出てきやがった。

 付かず離れず、絶妙な距離を保ちながら後ろをついて歩く。
 まさか1匹で朝食、ってわけでもあるまい。

 しかし、なんて歩くのが遅いんだ。
 距離を保つのがなかなか難しい早さだ。
 まあ、老年だから仕方あるまい、そこは多めに見てやろう。
 やっこさん、そのまま町の中心に向かって歩いて行く。
 まさか休みの日に事務所に行くわけじゃないだろうな?

「おやおや、コナルズさんじゃないですか」
 声にオレは振り向いた。

 黒のダブルスーツに黒のハット。
 グレーのストライプパンツ。
 中になにが入っているのか、いつも持ち歩いているカバンを持ってる。
 ニンゲンのドララさん――いや、ドララだった。今日のオレにはそう呼ぶのがふさわしい。

「どうしました? やけにめかしこんで。まるで探偵のようじゃないですか」

 探偵のよう? 面白いことをいうヤツじゃないか。
 今日のオレは探偵なのさ。

 おっとそれどころじゃなかった、素早く視線を戻すと、やっこさん、こっちには気づかずにのんびり歩いて行く。

「おやおや、パイプまで持って、おっほっほほ」
 どうしただって?
 あんたこそこんなところでなにしてんだ?
 まあいい、変にやっこさんに気づかれてもかなわん。

 仕方なくオレは足を止め、ドララの相手をする。
 話好きのドララをなんとかやりすごし、最後はやや強引に置き去りにしてやっこさんの後を追う。

 すっかり見失ってしまった。
 まあ、いいさ。
 行く場所の見当はついている。
 
 
   *
 
 
「うわっ!」
 叫び声と共にバタンバタンガランガランドタンドタン、とものすごい音がしました。
 何事かと、作業をしていた皆が手を止めて隣の部屋に向かいました。
 隣の部屋は衣装係の倉庫部屋で、生地がたくさん置かれている部屋です。

 みな倉庫部屋を見て言葉を失いました。
 棚が倒れ、生地が散らばっていたのです。

 そして、衣装班の班長であるゾウのカッツが倒れていました。

「大丈夫ですか!?」
「大丈夫っスか!?」
「ヤバ」
 みな口々にそう言いながら、いそいでかけつけます。

 カッツは「ううぅぅぅ……」っとうめき声を上げ、寝返りのように身を動かしました。

「すっころんじまった……」
 カッツはコナルズの手をかりてようやく身を起こしました。

「ハデに転びましたね」
 カッツの無事がわかってか、コナルズの言葉にみんなして笑いました。

「なんとかこらえよとして……棚、つかんだら倒しちまった……」

「ロッキ、悪いが医務室に連れてってやってくれ」

 言われ、一番下っ端もサルのロッキがカッツに肩を貸しました。
 巨体のカッツ小柄なロッキ。肩を貸しているロッキの方がよろけている感じがします。

「大げさな……大丈夫だよ」
「いえ、ダメです」
 コナルズの強い口調に、カッツはなにも言い返しませんでした。

「すまんが、片付けといてくれ」
「へ~~い」

 カッツとロッキはヨロヨロと部屋から出て行きました。
 コナルズはその後ろ姿をながめ、それから地面に散らばった生地見て、ため息をつきました。
 
 
   *
 
 
 ふふふ、やっぱりな。
 ドララのせいで見失ったやっこさんを見つけた。
 先回りしてこの白百合総合病院に来ていて正解だった。
 やっこさん、オレには気づかずにのこのこ入ってきた。
 後は、なに科を受診するか確かめるだけだ。
 
 
   *
 
 
「年取りましたよね、親っさん」
 コナルズはカッツのぶちまけた生地を、後輩でフクロウのクレイトと片付けていました。

「そう思いません?」
「まあ、実際いい歳だしな」
 そうは言ったものの、コナルズはカッツの正確な年齢を知りませんでした。

「最近、やたらとあの生地取ってきてくれとかって多いんですよ」
 コナルズは眉間にシワをよせます。
「そうなのか?」
「あれぇ? 知りません? ロッキがよく使われてますよ」
「昔からじゃ考えられないな。『テメェで使うモノはテメェで用意しろ』だったもんな」
 コナルズがカッツのマネをしてそう言うと、クレイトが手を叩いて笑いました。

「オレが入ってきた頃には丸くなってたんでしょ?」
「そうだな」
「あれで丸いんだもんなぁ」
 クレイトがしみじみ言うと、こんどはコナルズが笑います。

「職人気質だからなぁ。説明は1回だけしかしてくんなかったし」
「1回でよくおぼえられましたね」
「おぼえられるわけないだろ。職人は目で盗め、だよ」
 クレイトはそれを聞いてわざとらしく肩をすくめました。

「まあ、それでも無理だから、怒鳴られようがなにしようが聞いたんだけどな」
 コナルズはそう言いながら昔のことをぼんやりと思い出していました。
 無口で職人気質。衣装班に入ってから1年は、怒鳴り声しか聞いたこがないと言っても言いすぎでありませんでした。

 それでも腕は確かで、仕事しているのを見ているだけで勉強になったのでした。

「なんか、どっか悪いんですかね?」
「それは……ボクもちょっと思う」
「また痛風ですかね? アレ取ってきてくれって」
「かもな」

 2匹は話しながら生地の片付けは進めていても、量が量だけになかなか終りません。
 種類と色とをちゃんと棚に収めなければいけないので時間がかかるのでした。

「お前、レミットさんの話聞いたか?」
「いや?」

 コナルズは昨年末の出来事を話しました。

「親っさんがねぇ……。本当に歳なんですかね」
 クレイトは真剣か顔つきでつぶやきました。
 冗談で言っていたことが本当だった、そんな感じです。

「1回聞いてくださいよ、大丈夫なのか」
「本当に悪かってもすなおに答えてくれないだろ」
 クレイトは口をひん曲げてうなずきました。

「その間違い、親っさんはなんて言ってたんですか?」
「ボクが内緒でなおしておいたよ」
「マジっすか!?」

 あの忙しい時期によくやりましたね、そんな顔でした。
 あの時コナルズは、職場ではカッツに見られる可能性があるので、自宅に持って帰って仕立て直ししたのでした。

「おっ!」
 コナルズは1枚の小さい、ハンカチほども大きさの生地を手に持ちマジマジとながめました。

「なんですか?」
「ウーマロだ」
「マジっすか!?」

 それはつややかなピンク色の生地でした。
 クレイトに手渡すと、彼もマジマジをながめました。

「へぇ~~初めて見ましたよ」
「残ってたんだな」
 クレイトは手触りを確かめたりしています。

「もらって帰っていいですか?」
「バカ」
「いいじゃないっスか。これじゃ使い道ないんだし、忘れられてたヤツなんだし」
「親っさんにバレても知らねぇぞ」
「ふふ、大丈夫ですよ」
 クレイトさっとポッケにしまい込みました。

「派手好みの団員からも評判よかったし、親っさんが好きで昔はよく使ってたからな。発色が他と違う」
「また、仕入れたりしないですかね?」
「無理だろ。あの頃でも高かったのに、今じゃ1反でも2月分の給料飛ぶぐらいするぞ」
「マジっすか!?」
「特にその色は高いしな」

 クレイトは宝モノでもおさめているかのように、ポッケをなでなでしました。
「ウーマロか……」
 コナルズはぽつりとつぶやきました。
 
   *
  
 
 
「おやおや、コナルズさんじゃないですか」
 声に視線をむけるとドララ――いや、ドララさんだった。探偵はもうやめたんだった。

「またか、こんなところでなにしてんだ?」
「おやおや、私はさっきあなたに会ったときかずっと、ここにいるだけですよ」

 ドララさんはカフェのテラス席に座っていた。
 確かにさっき会ったのはこのお店の前だった。

「どうです? コーヒーでも飲んでいきませんか?」
 言われてオレ――いや、ボクはドララさんの前席に腰を下ろした。
 すぐにドララさんが手を上げてコーヒーを注文してくれた。

「カッツさんには追いつけたのですか?」
「ボクが親っさんを追いかけてたって、どうして知ってるんだ?」
「おっほっほほ、見ればわかるでしょ」
 言われて少々恥ずかしくなった。

 店員がすぐに持ってきてくれたコーヒーを、意味も無くかき混ぜてごまかしてしまった。

「なにかあったのですか?」
「うん……まあね」
「この前クレイトくんがイロイロ言っていましたよ」
「知ってたのか」
 思わずため息がでた。

「カッツさん、調子が悪いんですって?」
「みたいだ。ハッキリとはわかんないけど」
「本人はなんと?」
「聞いてない。聞いても教えてくんないだろうし」
 ドララさんは「おっほっほほ」と1人笑った。

「それで今日はそれを確かめに?」
「まあね」
「で、カッツさんどこが悪かったんですか?」
 ドララさんに今日の出来事を話してみて、なんだか自分の行動がバカみたいに思えてきた。

「実は来週、親っさんの誕生日なんだよ」
「おやおや、それはそれは」
「でさぁ、まっ、こんなことしたことないんだけど、誕生日、プレゼントやろうかと思ってるんだ、元気づけるために」
「ほほう、それはいい心がけじゃないですか」
「まあ、でも、無理だな」
 やっと1口飲んだコーヒーは薄かった。

「無理とは?」
「あんた、ウーマロって知ってるか?」
「高級生地ですよね?」
 黙ってうなずく。

「親っさんが好きな生地でな、高いから何年も使ったことないんだけど」
「なるほど、それでお誕生日にその生地をあげようと? まさに衣装係ならではの発想ですね」
 そう言われるとむずがゆい。

「でも、無理だな」
「おやおや、どうしてです?」

「ただですら手に入らないのに、来週までだなんてとうてい無理な話さ」
 コーヒーという名の黒い水を一気に飲み干す。

「あんた、もしかして手に入らないかい?」

 そう聞くと、ドララさんはすぐに答えなかった。

 彼の、妙な話を聞いた。
 年が明けてすぐ、かつての花形だった、空中ブランコ乗りのネコのシンが引退興行を行った。
 その時、長年の付き合いだった親っさんがシンの衣装を作ろうと話をしにいったら、「すでにある」と言われてしまったのだ。

 見せられた真っ赤な衣装は、かつて『火の玉シン』と呼ばれたころに着ていた衣装だった。

 あの衣装は、親っさんがデザインしたものだった。
 どころか親っさんが作ったものだったそうだ。

「テメェが作ったものぐらいわかるさ」
 親っさんはそう言っていた。

 大切にしまっていたのかと聞くと、違う、と言われた。
 小道具係のドララさんにもらった、っと言われたそうだ。

 親っさんはドララさんがあの衣装をどこで手に入れたのか聞いたそうだ、なんと答えられたかまでは知らない。

 なぜだかわからない。

 でも、頭の隅に、ドララさんならなんとかなるんじゃないか、っという考えが芽生えている。

「おっほっほほ」
 笑ってごまかされた。

「いや、忘れてくれ」
 コーヒーの代金をおいて立ち上がる。

「お座りなさい、コナルズさん」

 鋭い目つきに、すぐに腰を下ろす。

「全てお話なさい。手に入れるかどうかはそれからの話です」
「全て?」
「そう、全てです」

 すぐにピンとこなかった。
 考えをめぐらし、ぽっぽつぽつとボクは全てを話た。

「なるほど、わかりました」
 ドララさんはいつもの穏やかな目でそう言った。

「問題はその高級生地が手に入るかどうかより、何色かどうかですね」
「……」
「あなたは何色を望みますか?」

 迷い、ボクは希望の色を言った。
 親っさんの好きな色は知っている。

「では、最後にひとつだけ質問してもよろしいですか?」
「なん……ですか?」

 再び、目の前の好々爺の視線が鋭くなった気がした。

「あなたはそれをカッツさんに渡す覚悟が本当にあるんですか?」

「覚悟?」
「そうです」
 急に、重いモノが肩に乗せられた気がした。

 何のための覚悟か。
 己のための覚悟か。
 他のための覚悟か。

「ありますよ」
「おっほっほほ、では協力させていただきましょう」
 そう言って、ドララさんは足下に置いてあったカバンを手に取った。
 
 
   *
 
 
「カッツさん、ちょっといいですか」
 そろそろ終業時間といったころでした。コナルズがしゃべりかけ、作業の手を止めさせます。

「なんだ?」
「あの……今日は……」

 こんなことをしたことがないだけに、どこかむずがゆい感じがします。
 今からなにを言うのか知っている、クレイトやロッキ達はニヤニヤしながら2匹を見ています。

「お……誕生日、ですよね?」
「おっ……おん」
 カッツはキョトンとした顔で返事になっていない返事を返しました。

「おめでとう!」

 クレイトとロッキがそう言い、立ち上がって手を叩きます。
「おいおい」

 どうしてイイかわからず、カッツはとまどっています。

「これ、誕生日プレゼントです」
 クレイトが包みをカッツに手渡し、ロッキがプレゼントをカッツに手渡しました。

「おいおい……やめてくれよ……」
 カッツのとまどいがとまりません。

「まあ、そう言うなよ」
 ケーキを手に、団長でブタのジョーンズが入ってきました。
 後ろには他の団員数名が続いてゾロゾロ入ってきました。

 みな口々に「おめでとう!」と言い、手を叩き、クラッカーを鳴らし、プレゼントを渡して祝いました。

「まあ、まあ、ありがとよ」
 恥ずかしげにカッツは言いました。
 衣装班の作業場が、今日ばかりはお誕生日会場となってしまいました。

「ん? そいつは?」
「ボクからです」

 1度部屋から出て行き、戻ってきたコナルズは、特に大きな棒状の包みを持って来て、カッツに渡しました。

「開けてください」
「おん」
 豪快に包み紙を破きます。

「こいつは……」
「ウーマロです」
 カッツはロール生地の手触りを確かめました。

「お前、よく手に入ったな」
「えぇ、ちょっと、ね」
「やっぱいい生地だ」

「カッツさんの1番好きなピンク色のウーマロですよ」

「……あぁ……この……つややかなピンク色が最高なんだよ」

 部屋にいるみんなが、静かにカッツに視線を集めていました。
 ざわめきが、静けさに変わりました。

 ふと、手触りを確かめていたカッツは、視線をウーマロから周りに向けました。
 
 同じ思い、同じ視線、同じ疑問をみんながカッツに向けていたのでした。

 カッツは、なにが起きたのか、一瞬わからずにいました。

 そして、ウーマロを見ました。

 カッツは重いため息をつき、深く椅子に体を沈めました。

「お前……気づいてたのか?」
 カッツがコナルズに言います。

「はい……すみません」
「バカヤロウ……」

 あれほどお祝いムードだったのに、2匹のやりとりに、みんなはさらに訳がわからずにいました。

「どういうことだ?」
 聞いたのはジョーンズでした。

「ジョーンズ、こいつは何色だ?」
 カッツはウーマロを指さします。

「そりゃあ、どう見たって黄色だろ」

 カッツはそれを聞いて深いため息をつきました。

「そうかい、オレにはくすんだグレーにしか見えねぇよ」
 みながザワっとしました。

「カッツさん……目が………………」

「そうだよ」
 コナルズが継げない言葉をカッツが継ぎました。

「2年ぐらい前からかな、ちょっとずつ悪くなってな」
「……」
「ここ数ヶ月でオレは……色がほとんどわからなくなっちまったのさ」
 部屋にいる誰もがなにも言えませんでした。

「お前、いつ気づいた?」
 聞かれ、コナルズはそれに答えはじめました。

 まずは、レミットの衣装の間違い。
 ロッキをつかって生地を取りに行かせる。
 休日には眼科に。
 さらに、

「あの時、棚をひっくり返したのはわざとだったんですよね?」

「あん日、目の調子が良かったから、大丈夫って思ったんだよ」
「……」

「2つ3つ生地を取りに行って、出した生地を戻そうとして、どれをどこに戻していいかわからなくなっちまったのさ」

「……」

「日頃から、整理整頓は口うるさく言ってたからな。テメェ自身が適当に置いて帰る、なんてことはデキねぇって思っちまったんだ。デキたことと言ったら全部ぶちまけてごまかすことだけさ」

 みんなが静かに耳を傾けます。

「すがっちまったのさ、なさけねぇ」

 そう言って、カッツは両手で拳をつくりました。

『なんで言ってくれなかったんですか! ボクはそんなに頼りにならないんですか! 色がわからなくたって、ボクらが助ければいいだけの話じゃないですか!』

 コナルズはそう叫びました――心の中で。

 心の中で湧き上がり続ける思いを、ひと言も口から出すことができませんでした。

 ただ出るのは涙だけでした。
 問わずとも答えはわかっていました。

 プライド――そんな軽い言葉で言い表せることはできません。

 いつの間にかそこにいたドララと目が合いました。
 彼は静かに、やさしくうなずきました。

 あのとき決めた覚悟が形となって今目の前に存在していたのでした。

 その覚悟の形によって、この後カッツはどうするのかも予想はできていました。

 そして、それはきっと、外れることはないでしょう。
『ありがとうございました』
 ただ、コナルズは頭をさげました。


 
 
 
 
 
 

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