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トリノスサーカス⑨『ゼゼンブコワセ』

今年は月に1作品、連作短編でやっていこうと思っています。
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。
https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/

https://twitter.com/nakagawatakao

○舞台設定○



場所は白百合町。
いろんな動物たちがニンゲンのように暮らす平和な町。
そんな町の中央広場にあるのが、みんなに人気のトリノスサーカス。
トリノスサーカスを舞台に、いろんな動物たちのいろんな物語。


前回まで


前回までのあらすじ

トリノスサーカスの美術班の、イタチのファルゴは、絵を描くのが昔から好きだった。
しかし名家に産まれ、父は絵描きになることを許してはくれなかった。
家を飛び出し、絵を描き続ける日々。
なぜか誰からも認められない。
職場のトリノスサーカスの仲間の助言で個展を開く。
結果は変わらず、訪れるほとんどは職場の連中。
失意の中にいる彼のもとに、現れた謎のニンゲンの男。
彼はファルゴにささやくのである。
そして、突然、白百合町に鬼が現れた。


登場キャラクター
フィンレイ……パンダ。トリノスサーカス団員
エミリ  ……パンダ。トリノスサーカス団員。
ジョーンズ……ブタ。トリノスサーカス団長。
リッチ  ……ブタ。トリノスサーカス団員。
ファルゴ ……イタチ。トリノスサーカス美術班。
ドララ  ……ニンゲン。トリノスサーカス道具係。


⑨『ゼゼンブコワセ』




 ソレにはじめに気づいたのは。お客さんの誰かでした。

 トリノスサーカスの昼公演。お客さんの入りもイイです。
 マジックショーが最後のマジックをやっているときでした。

 パンダのフィンレイが箱に入り、いかにも『マジシャン』っといった、燕尾服にシルクハットにマント姿の、パンダのエミリがお客さんをあおります。
 最近話題のひとつになっている、切断ショーの途中でした。

 お客さん達の視線がなぜかこちらに向いていない――気がしたエミリは自然とお客さん達の視線の先を追います。

 そこには、トラのパンツをはいて、頭には角が生えていて、金棒を片肩にかついだ大きな、大きな体の何者かがステージのすみっこに立っていました。

 それは、誰が見てもおとぎ話に出てくる『鬼』でした。

 全身は真っ赤です。

 新しい出し物かなにかだろうか? などとお客さん達はザワつきはじめました。

「ガッツン!!」

 突然、鬼が金棒を振るって近くの柱に叩きつけました。
 ものすごい衝撃に、テント全体がゆれました。

「ちょっと……」

 すると赤鬼の後ろからゾロゾロと鬼達が歩いてきます。

 青に緑に黄、肌の色はさまざまで、体の大きさも小さいのから大きいのから、見上げるほど大きいのまでさまざまです。
 することははみな同じで、テントや舞台、道具などを金棒で破壊しているのです。

 誰だったでしょうか、悲鳴をあげ、逃げ出したのきっかけに、お客さん達はわれ先にと出口にさっとうしたのです。

「エミリ!」
 箱から顔だけを出した状態のフィンレイが、あぜんとながめているだけのエミリに向かって叫びました。

「ああぁ、すぐに出すわね」
 そう言ったが早いか、フィンレイは体をゆすりだしたと思うと、にゅるっと、首だけだした箱の穴から体せんぶを出し、1匹で脱出してしまいました。

 あまりに素早い動きにエミリはまたあぜんとしてしまいました。

「エミリ、逃げるぞ!」
 フィンレイはエミリの手を取って舞台裏に向かって走り出します。
「フィン! すごい!! あんなこともできたの!!」
「どうだっていいだろそんなこと!」 

 お客さんが混乱し、トリノスサーカスの団員達も混乱していました。
 舞台裏で控えていた団員達が右往左往しています。

 鬼達を止めようとして組み付き、軽く振り払われたりしている者もいます。

「なんだ!!」
 団長のブタのジョーンズが飛び込んできました。

「わかりません!」
 フィンレイが答えます。

「あいつらがいきなり来て!」
「お客さんは!?」
「逃げてます!」
「誰が誘導してる!?」
「え?」
「バカヤロウ! 先にお客さんの安全が最優先だろうが! 来い!」
 ジョーンズが舞台に向かって行ったのにつられ、フィンレイは手をつないだままのエミリも連れて行きます。

 鬼達は客席まで破壊していました。
 お客さんの数はずいぶんへってはいました。

「落ち着ついて! 落ち着いてください!」
 団子状態になっている出入り口のお客さん達に向かってジョーンズが叫びます。

 誰の耳にも届きませんでした。

「落ち着いて!」
「落ち着いてください!」
「1匹ずつ! 落ち着けって!!!」
 3匹して叫びます。

 必死に、何度も、何度も叫びました。
 誰も聞いてくれません。

「やめろ!!」
 ジョーンズが叫びました。

 鬼が3人ほどで、テントの中心にある、大柱に向かって金棒をぶち当て始めたのです。

「クソっ! はやく逃げろ!」
 ジョーンズは残ったお客さん達をせかしだしました。

 あの、大柱が倒れてしまったら、テント自体が倒れてしまうのです。

「逃げるぞ!」 
 最後の1匹の後ろを、3匹して逃げ出します。

 外に出て、さらにテントから離れます。

 ガッタッッッバッタァァァァン!!!

 3匹してふり返ってすぐ、テントがむなしく倒れて行きました。

 ただ、ながめているだけしかできませんでした。

「クソ……なんなんだよ」
 外も、似たような混乱であふれかえっていました。

 鬼達が町の建物という建物を破壊し、町の住人達が逃げ惑っているのです。

「ジョーンズさん!」
 声にふり返ると、ニンゲンで道具係のドララでした。後ろには何匹かの団員もいました。

「大丈夫か?」
「あなたこそ」
「大丈夫だ。お前らは?」
 ジョーンズは後ろの団員たちに声をかけます。みな口々に大丈夫だと言いました。

「テントが……」
 エミリがボソっとつぶやきました。

「大丈夫だ」
 迷わず答えたジョーンズを見ます。

「でも……」

「テントがなくても体ひとつあれば金は稼げる。それがサーカスってもんだろ」

 それを聞いて、みな目になにかがみなぎった感じがします。

「アイツら何者なのかしら?」
 エミリの疑問に誰も答えることができません。

「に、してもまいったな。ここも安全ってわけでもなさそうだし」

「しかたありませんね……。」
 ぽつり、ドララはつぶやくと、手に持っていたカバンを地面に置いて開きます。

「なっ……」
 ドララは驚いた声を上げるとピタリかたまりました。 

「なに?」
 エミリがドララの後ろからのぞきこみます。

 カバンの中は――空っぽでした。

 ドララはわずかに震えているように見えました。

「ん? 誰だ?」
 ジョーンズがそう言って指さした先、みんながいる広場の向こう、市役所の屋上。そこにウマに乗ったニンゲンがいたのです。

 そんなところで何をしているのか、混乱にうずまいている町をながめています。

「シャバア……」
 ドララはポツリと、そうつぶやきました。

 男は手に持っていたカバンを高々とかかげ、こちらに見せつけると、ウマが動き出し、姿を消しました。

「ドララさんあの人のこと――」

「ドオオオォォン!!!」

 エミリが問いかけの途中、突如爆発が起きてかき消されました。

 モクモクとあがる黒い煙が見えます。

 どこからともなく悲鳴。
 町は、さらに混乱の色を増していきます。

「おいっ、マジかよ!」
 つぶれ、倒れたテントの中から鬼達がのそのそ、っと出てきたのです。

「ここにいてもしょうがない、逃げるぞ」
「逃げるってどこにですか?」
 団員の1匹が聞きます。

「知るか! 安全なところだよ!」

 みんなして苦い顔をしました。

「ドララさん、他の団員はどうだ?」
「……」
「ドララさん?」
「……」
「ドララ!!」
「……はい……それは……わかりません」
 怒鳴られ、ドララはようやく正気を取り戻した、そんな感じでした。

「そうか、じゃあ手分けして確認しに行こう」
 ジョーンズはテキパキ指示を出し始めます。

「今日休みなのは誰だ?」
「ファルさんよ」
 エミリが素早く答えます。

「そうか……」
 ジョーンズの声には力がありません。
 美術係のファルゴは絵が趣味で、個展をやっていたのです。
 その展示会場が、ちょうど今さっき爆発が起きた方だったのです。

「私が見に行きます」
 ドララが言うと同時に走り出しました。
「そうか……じゃあ頼むよ」

「私も行くね!」
 エミリが走り出します。

「お前は……」
「じゃあボクも行きます」
 フィンレイもドララとエミリと同じく、言うがはやいか走り出しました。

「十分気をつけろよ!」
 ジョーンズはそう言うしかありませんでした。

「ドララさんまって!」
 ドララは老体とは思えないほどの速さで走っていきます。

 追いかけながらエミリが呼びかけても、チラリとこちらを見ただけで足を止めようとはしません。

 街角をひとつ曲がると、混乱はさらにその色の濃さを増していました。
 建物という建物は壊されている上に、火がそれらを巻き込んでいるのです。

「ドララさんって!」
 さすがの光景に足を止めたドララの肩を、エミリはつかみました。

「どうしてついてきたんですか?」
 振り向きもせず言い放った心ない言葉に、エミリのまゆがぴくりと力入ります。

「さっきからなんか変よ」
 ドララは答えません。

「まさか――」
「さっさと確かめに行こうよ。ここにいるのも危ないよ」
 フィンレイの言葉にエミリの言葉がかき消されてしまいます。
 走り出します。

 ファルゴの個展会場まで、まだ少し距離があります。

 暴れる鬼達をよけ、がれきをよけ、火をよけながら走ります。

「え? おい、あれ!」
 フィンレイの言葉の先、地面に倒れこんでいる1匹のブタがいました。
 みんなして駆け寄ります。

「リッチ!」
 エミリが抱き起こします。

 リッチはトリノスサーカスのジャグラーです。

「こんなところでなにしてるのよ!?」
「あぁぁ」
 彼は、泣いていました。

「ゴメンよ……」
「はぁ?」

「ゴメンよ……ホントにゴメンよ……」
 エミリは思わずフィンレイを見ました。
 フィンレイは頼られ困った顔をします。

「ドララさん……ゴメンよ……どうしても……こいつが欲しかったんだ」
 そう言いながらリッチは手に持っていた小瓶を見せます。

「リッチさん……まさかアナタが私のカバンをあの男に?」
 力なくリッチがうなずきます。

「バカなことを」
 ドララが言い捨てます。

「それで、あの男は?」
「知らないよ。どっかにいちゃった」
 それを聞いてドララは舌打ちしました。

「あなた達は彼をつれて、ファルゴさんの所に行ってください」
 そう言ってドララはまた走りだし――そうになったのをエミリがドララの手をつかんで止めます。

「ダメ、みんなで行くの」
 ドララは素早くその手を振り払います。

「ドララさん、落ち着いて」
 次はフィンレイに肩をつかまれしまいました。

「いいよ……オレのことはほっといてくれ」
 リッチが言います。

「ダメよ」
「いいんだって。それに……一緒には行けないよ」
 リッチがドララを見ます。
 それでなんとなく何かを感じ取りました。

 ドララは3匹に興味なし、といった感じでひとり走り去ってしまいました。

「どうしよう?」
「止めたって行くんだろ?」
「ごめんね」
 エミリはフィンレイに手を合わせてあやまりました。

「リッチ、ちゃんと逃げてよね」
 リッチを無理やり立ち上がらせます。

「ここにいちゃダメだからね!」
 また、走り出します。

「……」
 最後の角を曲がったときでした。

 炎はさらに非道く、建物という建物は破壊されいました。
 とうぜん、個展会場も壊され、燃えていました。
 町の住人の姿はどこにもありません。
 いたのはその光景をぼんやりとながめるドララだけでした。

「どうしよう?」
 フィンレイが聞いたものの、ドララもエミリも答えませんでした。
 見に行くまでもない――それが沈黙の答えでした。

「ホホッホイ! ホイ!」
 それだけではありませんでした。

「ホイ! ホイ! ホホイ!」
 ゆかいに舞っています。

「コワセヨ! コワセ! ゼゼンブコワセ!」
 ランプを持ち、頭から白い布をかぶったオバケのようなヤツが、ピョンピョン跳ね回って踊っています。

 それにあわせて顔のついたカボチャがケタケタ笑っています。
 まわりの鬼達は金棒を振るって、これ以上ないというほど破壊しています。

「まさか……あいつが?」 

「何者なのあんた! これはあんたの仕業なの!?」
 エミリが怒鳴っても、オバケ笑って答えません。

 オバケはランプをユラユラさせ、顔の前に持っていきます。

「フ~~~~!!」
「うわっ!」
「きゃ!」
 突然、ランプから火炎放射のように炎がこちらに向かってきました。
 みんなしてすばやく横っ飛びで炎をよけました。

「コワセヨ! コワセ! ゼゼンブコワセ! ゼゼンブコワセ!」
 ユラユラと顔カボチャが飛んできました。
 そしてドララたちの周りを飛び回ります。

「うわ!」
「なによ!」
 手で振り払うも、とらえることができません。

「ホホッホイ! ホイ!」

「ホォラァホラホラ! フ~~~~!!」
 また炎を吹きかけてきたのであわててよけました。

「クソっ!」
 フィンレイは近くの落ちていた鉄パイプをひろい、オバケに殴りかかりました。

 しかし顔カボチャが前に飛んできてジャマをします。
 フィンレイは顔カボチャに向かって鉄パイプをブンブン振り回しました。

「ホホッホイ! ホイ!」
 当たったりするものの、顔カボチャにはきいていないようで、飛び回るのをやめません。

 エミリも同じように拾った木棒を振り回します。
 どうしても当たりません。

 ただ、ひとり静かに立っていたドララは、
「バッチッ!」
 っと、一発で顔カボチャのひとつを素手で叩き落としました。

「アタッタ! アタタッタ! スゴイ! スゴイ!」
 オバケはゆかいに跳びはねます。

 ドララはそんなオバケに目もくれず、じぃっと自分の手を見ています。

「はぁはぁはぁ……」
 どれだけ振り回したのでしょうか、とうとうエミリとフィンレイ2匹しつかれはててしまいました。

「こっちです!」
「えっ!?」
「逃げますよ!」
「えぇ!!」
「ふぇ!?」
「早く!」
 返事を待たずに走り出すドララに、2匹してついて走ります。

「ホホッホイ! マテ! マッテ!」
 オバケに顔カボチャ、そして鬼達が追いかけてきます。

 ただ、少し走っただけでピタリと足を止めてしまいました。
 そして突然、ドララはオバケに向かって突っ込んでいきました。

 オバケはあわてもせずにランプをユラユラさせ、顔の前に持っていきます。

「フ~~~~!!」

「キャァ!」
 ランプから火炎放射のように、炎がドララに向かってきました。

 ドララはそれをよけようともせず、全身に炎をあびます。
 どころか、そのまま向かっていき、ガシッと捕まえてしまいました。

「クッックルシイ!!」
 ドララはオバケをつかんだまま、高々と上に持ち上げます。

「火は、ホンモノでしたか」
 ドララはまるで服についたホコリを落とすかのように、手で服についた火を払います。

「ハッハッッナセ!!」

「どうしました? 助けてあげないんですか?」
 そう聞かれても、顔カボチャも鬼達も動こうとはせず、顔カボチャはドララの周りをユラユラ飛び回るだけでした。

 ドララはそのまま歩き出します。

 顔カボチャも鬼達も、遠巻きにそれに付いてきます。

「ハワワ、ヤメロ!」
 ドララが逃げて立ち止まった先、そこは町の中央公園でした。
 そこにあった噴水にむかって歩いて行きます。

「ヤメロ! ヤメロ!」
「町のみんなもそう言ってませんでしたか?」

「ギャァァァ!」

 オバケを噴水にたたきこみます。
 この世の終わりのような悲鳴をあげました。
 暴れに暴れています。

「アァァァァァァ……」

 声は次第に小さくなっていき、オバケは溶けてなくなってしまいました。

 ドララは手で水をすくうと、鬼達に向かって投げつけます。
 鬼達は一目散に逃げていきました。

「どういうこと?」
「見ての通り、水に弱いんですよ」
 エミリの質問に、ドララが答えます。

「町のみんなで鬼達にもかけてやりなさい、面白いぐらいに溶けてなくなりますよきっと」

「……」
 ドララはイヤな角度のでクチの片端をあげました。

「エミリ……いこ」
「……うん」
 2匹は静かにその場から離れていきました。

 まるで怖いなにかから逃げていくように。

 ドララはまた、歩き出します。
 向かった先は、ファルゴの個展会場でした。

 さっき来たときと同じ、全ての建物が壊され、メラメラ燃えています。
 ドララは歩みを止めず、火が付いているのも気にせずにドアを蹴破りって中に入って行きました。

 そこには、驚いた顔でふり返るファルゴがいました。

「こんなところでなにをしてるんですか?」 
 ドララは、やはり歩みを止めずにファルゴに近づいていきます。
 ファルゴは立ち上がり、ドララをにらみつけます。

「お絵描きは楽しかったですか?」
「うるさっ!」
 ドララはファルゴの首をつかんで持ち上げます。

「鬼も絵なら、オバケも絵ですか」
「くっ!」

「まさかこの建物のまわりの炎も絵とはね。すっかりだまされましたよ」
 ファルゴのいたところの足下、ドララには見憶えのある絵の具が散らばっていました。

「ずいぶんなことをしてくれましたね」
「どっちのセリフだよ!」
「なに?」
「お前達がじゃましたんじゃないか!」
「私たちが?」

「そうだろ! ボクは……ボクはお前らが思ってるよりずっとずっとすごい絵描きなんだぞ!」
 宙に浮かされた状態で、ドララの手をつかみ、ファルゴはドララをニラみつけます。

「お父さんからお金をもらってお前らはボクのジャマばっかしやがって!」
 ファルゴはドララの手を、腕をポカポカ殴りつけます。
「ボクにはその復讐をする権利がある!」

「はははははっは」
 ファルゴは歯ぎしりを立てました。

「笑うな!」

「お前さんの絵が認められなかったのは、お前さんに才能が無かったからだよ」

「ふざけんな! ボクは――」
「お父さん? お前ら? 他者のせいにするな」
「……」

「才能がないヤツにかぎって、そうやって誰かのせいにするんだよ」
 ファルゴはただ、ドララをみつめます。

「かわいそうになぁ」
 そう言って、ドララは笑いました。

「笑うな!!!!」

「無理言うなよ。お前さんみたいなかわいそうなヤツ見て、笑わないでいられるかよ、ハッハハハハハハハハハハハハ」

 腹がちぎれて落ちるかのように、ドララは1人笑います。

「んががぁぁぁぁぁあああ!!!!」
 ファルゴは、叫んで、暴れて、殴りつけても、ドララの手から逃れらませんでした。

「クソクソクソ!」
「ハハハハハハ」
 バカにするような笑いを止めることができませんでした。

「クソクソ……ク……ソォ……」
 ファルゴの叫び声はやがて泣き声に変わり、そして抵抗するのをやめました。

「どうした? もっと哀れに暴れて笑わせてくれよ」
「ぐすっ……ぐす……ぐすぐす」

「お前さんにはその才能はあるぞ」

「もういいよ」

 そっと、ドララの腕をつかみます。
 それは、ファルゴをつかんでいる方の腕、ではなく、もうひとつの拳をにぎっている方の腕でした。

 見ると、ジョーンズでした。

「もう、いいだろ?」
 おたがい、静かにみつめあいます。

 それから静かにファルゴを下に下ろしました。

 ファルゴは床に力なくうなだれ、シクシク泣いています。

「……ファルさんが今日のアレを?」
「……そうです。あの、絵の具でね」
「どういうことだ?」

「あの絵の具で描けば、思いが形となるんですよ」
「ふぅん」

「こういう風なヤツがいたらなって、思いながら描くと具現化されるんですよ」
 ジョーンズはいまいち理解していないような返事をしたせいでしょうか、ドララはさらに説明をくわえました。

「あの鬼達は、水を掛けてやれば溶けて消えてしまいますよ」
「そうなのか?」

「ええ、しょせんはただの絵の具ですからね」
「じゃあはやくみんなに知らせないと!」

「エミリさんとフィンレイくんがいま町のみんなに知らせてくれてますよ」

 走り出そうとしたところでそう言われたので、ジョーンズはずっこけてしまいました。

「団長」
「なんだ?」
「本当の犯人は別にいます」
「なに!? どういうこった?」

「お願があります」
 そう言って、ドララは入り口に目をやり、遠くの建物を見上げました。
 


――続く
 






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