見出し画像

2024/03/18(月)の日記「息子の生きづらさと、息子のチカラ。」

クリニックの待合室で、ノートパソコンを開く。

私は今、息子を2階の発達教室において、ひっそりと階段を降り、1階のクリニックの待合室のいすに座ったところだ。
意識は2階の部屋に半分おいてきてしまったのか、あまり集中できない。

2階で息子がうまくいかなければ、呼び出しが来るはずだ。
ちらちらと、階段のある廊下の方を気にしてしまう。
時計も気になる。
11時30分には2階に戻らなければならない。
あと25分くらい。
念のためスマホのタイマーをセットした。


息子は、1年生の5月から不登校になった。
母子分離不安症のようなものがあり、愛着形成の遅れもある。
そのうえ対人恐怖症のような状態で、同学年の子どもを怖がり、異常に避けるようになった。

子どもの状態が分からなくなり、公認心理士さんに検査をしてもらった。
WISKの結果は見事な凸凹。
高い数値と低い数値の差が15以上あると生きづらいといわれているところ、なんと51の差があった。
この息子の大変さを数値としてはっきり理解したのは1年生の夏だった。
そして予約待ちをして、こころのクリニックに診てもらい、自閉スペクトラム症とADHDと診断された。

市の検診、保育園、医者、就学前相談、学校、カウンセラー。
それまで、息子に感じた違和感、困りごと、何度も相談してきた。
でも、それほどじゃないよね、で終わってしまっていた。
放課後等デイサービスの無料体験に失敗し、もうどうしていいか分からなくなって、こころのクリニックに併設している、できたばかりの発達教室に飛び込んだ。

ここは、息子を受け入れてくれて、困りごともわかってくれて、寄り添ってくれる。
息子が大変だということ、そして私も大変だったということ、やっと分かってくれるところができた。

しかし発達教室でも、やはり私と離れることができず、他の子と授業を受けることはできなかった。
ひと月、ふた月と過ぎたころ、息子の様子が変わった。
母と先生が話していても邪魔をしてこなくなったのだ。
それまでは母を独占するように、母の腕を引っ張り、自分と遊ぶことだけに集中させようとしてきたのに。
母が信頼をして心を許している、ということが、息子の判断基準になっていると指摘された。

息子は見ていないようでとてもよく見て、とても繊細に感じているのだ。
驚くくらいに。

そして次のステップに入った。
まず次の授業に出ている2年生2人と顔を合わせ、少し一緒に遊ぶということを2回ほど行った。
息子は、他の子と一緒にできたという自信になったようで、「少ない人数なら大丈夫だ」というようになった。

先週、初めて、息子がその2年生2人と一緒に並んで授業を受けた。
その間、母は、椅子に座って見守っていた。
これも、驚くべきことで、それまでは母に駆け寄ったり抱き着いたりが当然だったし、母に抱っこしたままということが普通だった。
それが、同じ部屋にいるとはいえ、離れて過ごせたことはとても驚きだった。

そして、今日、である。
今日も2時間目を他の子と一緒に受けたい、息子がそう言ったのだ。


1時間目は一緒に母と楽しく遊んだ。
切り替えができなくて、片付けて遊ぶのをやめるのが難しかった。
息子なりに緊張があるのかもしれない。
上手くいかなければ、途中でやめて、振替にしましょうと先生と話した。
一度1階に降りて、サッカーのボードゲームで遊んで気持ちを切り替えた。
2時間目の始まるときに2年生の子がやってきて、息子は遊ぶのをやめて立ち上がった。

先生からそっとメモを渡される。
「カルタが始まったらそっと部屋を出てください。15分前には戻ってきてください」
つまり、母と完全に離れる時間を作ろうということだ。
私は緊張を感じながら、息子とともに2階に上がった。
息子は私のそばではなく、並べてあるカルタを気にしていた。
私の方は気にしていない。

いつもは私がいるかどうか確認していたし、すぐに駆け寄ってきたし、なんならどこにも行けないようにしがみ付いてきた。

その息子が、私の方に注意を向ける様子がない。

私は部屋の奥に置いてある椅子に座り、カルタが始まるのを見守った。

カルタが始まった。
最初のカードを息子が取ったのか2年生の子が取ったのか覚えていない。
私は気もそぞろで無事に部屋を抜けられるのか、そればかり考えていた。
2つ目のカードを読み始めたところで、そっと鞄をもって、部屋を出た。

息子の方は見なかった。

息子は駆け寄ってこなかった。


ひとまず1つの仕事を片付けた。
時計を見ると11時28分だった。
30分には2階に行かなければならない。

パソコンを閉じて鞄にしまい、11時30分にセットしたタイマーをオフにした。
席を一度立つ。
待合室の人は少し減っていた。
11時29分。
あまり早いと、良くないかもしれない…。
また座る。
11時30分、再び立ち上がり、2階の階段へと向かった。

そっと扉を開けて発達教室の部屋に滑り込むと、息子は席に座って、ひらがな積み木を触っているところだった。
部屋を見回すと、奥の椅子に補助の先生が座っていて、その椅子に座るようにと促された。
奥の椅子に座って息子の方を見ると、息子は私の方を見ることもなく、授業を続けている。

授業が終わるまで15分、自分はまるでそこにいないかのように息をつめて見守った。
実際、授業が終わるまで、息子は私の方に駆け寄ってはこなかった。

すごい。
息子の成長が。
私はどこか、信じ切れていなかった。
こんな風に座って、母と離れて、授業を受けることは、息子はできないのではと不安に思っていた。
文字を書くことが大嫌いだったのに、母のいない間に漢字プリントまでやっているなんて、うれしすぎる想定外だった。

今までやってきたことの積み重ねが、息子に自信をつけていたんだ。
一個一個小さな小さなチャレンジを重ねたことで、できるようになったんだ。

息子は普通の学校生活はできないだろう。

でも、普通じゃなくて、大丈夫。

息子はちゃんと力を持っている。

自信を持てる環境、困りごとへの配慮、それさえあれば、成長し力を発揮できる。

息子の力を信じること。
息子の生きづらさを知り、配慮をしていくこと。
環境を用意すること。

母ができるのは、こういうことなんだ。

誰か助けて、と叫んでいた去年までの私に教えてあげたい。

大丈夫だよ、あなたが信じてあげて。
大丈夫だよ、ちゃんと力がある子だよ。
大丈夫だよ、あなたに寄り添ってくれる先生も見つかるよ。

これからも息子の成長を見守っていこう。
そう強く感じた。


今日も、良い日だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?