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今日も、名前を知らないあの子が私を連れ出す

「久しぶり、今日何してるの?」半年ぶりに、名前を知らないあの子から連絡が来る。

「え、お久しぶりです。今日は家でインターネットしてます」

「暇じゃん!今から飲みにいこうよ」

家でダラダラして、気が向いたら美術館に行って、お腹が空いたらコンビニ飯。

そんなループから、こうやって、いつだって、どこか知らない世界へするりと、誰かが連れだしてくれる。

選択肢が多すぎる東京で、ひとりでは何も選べない私は「誰かに連れていってもらう」ということを覚えた。

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大学入学を機に上京して、人生で初めてのバイトに選んだのはガールズバーだった。

人と話すのは決して得意じゃないのに。


大学1年生の夏休みから働き始めたガールズバーは、井の頭線沿いの閑静な住宅街にあった。

主に地元の人が仕事終わりに飲みにくるような場所で、40-50代のお兄さんが多く、落ち着いた客層だった。

キャストのコスチュームは派手なピンクのチアガールやバドワイザーガール。

内装もスパンコールが散りばめられてギラギラしたガールズバーなのに、飲み方はしっぽりという温度差のある空間が好きだった。

指名制ではなく、1時間程度で客席につくキャストが交代する。

時間になるとベルが鳴り、キャストが反時計回りに客席を移動する。

私は小さなガールズバーをくるくる回って、みんなから知らない世界を教えてもらっていた。

下ネタは照れながら程よくのるのがウケること、社会人はつらいけど学生よりお金があって楽しそうでもあること、不倫をしていても奥さんを愛していることは有りうること、芋焼酎はソーダで割るのもイケること、ウイスキーは安くてもちゃんと美味しいハイボールができること。

彼らは、私の目だった。

名前も知らない彼らは、くるくる世界を飛び回って、小さいガールズバーに戻ってきて、見てきた世界を私に報告してくれる。

今まで私が見てきた世界のなんと狭いことか。 もっともっと、彼らが見てきた世界を見てみたい。

残念ながら、連絡先の交換は禁止されていたし、既婚者が多かったので、ガールズバーの外には連れ出してもらえなかった。

あのとき彼らがどこかへ連れて行ってくれてたら、どんな世界が見られたんだろう。

大学との両立が難しくて、たった3か月でやめてしまったけれど、この場所は、今の私の原点だったかもしれない。

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今日、私を連れ出してくれたのは、いつかの渋谷で出会った女の子だった。

数年前、飲み会に向かうために渋谷の駅前をひとり歩いていたら「ここら辺でなんか美味しいお店知りませんか?」と突然声をかけてきたのが彼女だった。

適当に何軒かお店を教えながら、出身地や年齢など、5分ほどの初対面トークを経て、今度飲もうということでLINEを交換した。

LINEに登録しているのは、お互いにファーストームだけだから、未だにフルネームを知らない。

彼女が今日連れて行ってくれたのは、新宿三丁目の日本酒飲み放題のお店。

(冷蔵庫にずらりと並ぶ日本酒は、私の好きな銘柄ばかりだった。その日本酒ひとつひとつも、誰かが教えてくれたものだけれど)


彼女と飲んでいると、メイドカフェに初めて連れて行ってくれたあの子や、アンダーグラウンドの世界を教えてくれたあの子を思い出す。

彼女に似て、天真爛漫で少し影の見える女の子だった。本当にディープな世界は、案外女の子から学んだ気がする。

私に世界を教えてくれるのは、何も男ばかりではないのだ。

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大学3年生の冬頃、私はゴールデン街に通い始めた。

就活で知り合った男の子と行ったゴールデン街のバーで、その店の常連の男の子と仲良くなった。同年代なのにゴールデン街に詳しく、教えを乞うために私は彼についていくようになった。


ゴールデン街は、約2000坪の中で、280軒ものバーに入れ替わり立ち替わり人が出入りする。

知っているお店から飲み始めて、そこで仲良くなった誰かに、別のお店に連れ行ってもらう。22時くらいから朝まで、その出会いの繰り返し。

朝方は記憶があまりないけれど、だいたい10人と話し、そのうち気があった数人はゴールデン街でまた飲んだり、連絡先を交換してどこかで飲む。

何度も会っているのに、未だに、仕事も年齢も、名前も知らない人も多い。

ただ、お互いにお互いの知らない世界を少しずつ見せ合う、その瞬間を楽しむ。

あのときのガールズバーの感覚が蘇ってくる。

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日本酒を飲みながら、ドラマ「モテキ」の話で盛り上がった。

私たちは、夏樹ちゃんが好きだった。

主人公、幸世の人生で一番好きだった女、夏樹ちゃん。

酔っ払うと色々どうでもよくなって、男とやってしまうことが原因で、婚約者とも別れてしまった夏樹ちゃん。

「夏樹ちゃんってさ、夏樹ちゃんにとって俺って、ただ何となく曲がった道だったんだよね」
「うん、私ね、自分が思ってもいない方向に進む人生が好きなの」


たいして可愛くもない2人が、日本酒を飲みながら共感する。

渋谷で声をかけてきた彼女も、出会ったその時から同じ人種なのはよくわかっていた。

私たち、夏樹ちゃんくらい可愛かったらやばかったよね、とかいいながら。

私も、くるくると変わっていく私の人生が好きなんだ。

知らない人が、知らない場所、知らないお酒、知らないご飯、知らない音楽を教えてくれる時が大好きだ。

目の前がぱあっと明るくなって、鼓動を打つ力が少し強くなって、笑みがこぼれてしまう。

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もう20代も後半になって、知らなかったものが定番に変わり、いつも行くお店、いつも飲むお酒、いつも聴く音楽も増えてきた。

相変わらず、人付き合いは広く浅くだけど、そのうち、いつも一緒にいる友達、いつも一緒にいる恋人ができるのだろうか。

それは喜ばしく、とても素敵なことだけれど。


幸世は、最後に夏樹ちゃんに言う。

「夏樹ちゃん、楽しんで生きろよ。俺、そういう夏樹ちゃんが好きだから」


まだ、もう少しだけ、ガールズバーでくるくる客席を回った時のように、無限に広がる東京で、誰かに、どこかへ連れて回してほしい。