黒歴史の発掘

今日は過去作の整理をした。今まで自分の処女作は高校生の時に書いたシリアス中編だと思っていたが、今日の整理ですっかり忘れていた中学生の時の作品を発見した。総字数38,204字のライトノベル風長編が、実際の処女作だった訳である。かなり薄くなった記憶を何とか思い出すと、これは中2の夏休みに「富士山についてなら何でもいいから書け」という課題で書いたものだった。その後中3で無理やりねじ込んでいた富士山要素を削除し手直しした。
それから約5年経った今見返すと、我ながら中学生にしては良く書けているように思う。だが、全体的に中学生特有の「あの感じ」が満載で、内容や表現の粗よりその中学生らしさに気が引かれる。しかも、この作品を当時の国語教師に自信満々に見せたと思うと…… これが黒歴史というやつか、とゾクゾクした。
という訳で、これをお読みの方にも共感性羞恥のゾクゾクを味わって頂こうと思う。もう5年前の作品なのだ。さすがに自分の手を離れた感覚で、もはや公開しようとも恥ずかしくはない。飽きるまで、ちょっとずつ公開していこうと思う。

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連作遊戯


[『今日から毎日、その日に起こった出来事を書き留めていく事にした。今まで日記を付けようと思ったことはなかったが、そうすると文章力が上がるらしいというのを小耳に挟んだので、物は試しで書いてみることにした。この日記の存在を知っているのは一人のある友人……仮にYとしておく……だけだ。』

 *

「おーい、裕(ゆたか)!早くしろー!」
もうすぐ春だといっても、まだコートが手放せないくらいに冷え込んだ朝。青く澄んだ高い空に、博廸(ひろみち)の大声が響く。
「お〜、今行く~」
先の張りのある声とは対照的な、柔らかく間延びした声が気怠げに返事を返した。
「全く君は、いつもいつも! こちとら君のせいでいつも遅刻ギリギリだっていうのに! いや、ギリギリどころか普通に遅刻する! こっちだって単位が掛かってるんだからな!」
この光景は近隣の住民にとっては普段となんら変わりない、取るに足らない日常の一片となっていた。幼馴染のよしみとでも言うのだろうか、この青年は随分と甘いようで、毎朝遅れる友人を飽きもせず迎えにくるのだ。 それにこんな田舎では彼ら高校生は貴重な若者であるため、朝っぱらから大声で友人を急かしていようとも、元気なのはいい事、で済ませてもらっていた。
「おはよー。待たせて悪りぃ」
先程の遣り取りから五分程経つと、ようやく裕と呼ばれた青年が表に姿を現した。少し長めの蓬髪でくたびれた制服を着崩している姿は、古い言葉で言えば所謂蛮カラ、現代風に言ったらさながら不良、といった風貌である。しかしそれらの格好には余りに不釣り合いな高級そうなコートと、長い前髪から時折覗く鋭い瞳を始めとした整った顔立ち、柔らかく奥行きのある声音は、彼の育ちの良さを匂わせていた。
「君はいつもそうやって! 本当に悪いと思ってるのか? 今日も遅刻したらいよいよ単位ヤバイんだぞ! お互いにな! ……あ、そうだ、波瑠(はる)ちゃん、またな」
博迪は突然思い出したように、裕に向けていた険しい表情とは打って変わった優しい笑顔で、先程まで共に話していた少女に声を掛けた。
「なんだ、あいつ、またお前と話してたのか……」
裕は一瞬、家の中へと帰っていくその少女の背中に不審そうな目を向けた。彼女は裕の妹の波瑠であった。この兄妹は揃って聡明で美しいと昔から近所の評判である。
「またって、それは今日も君が遅いからじゃないか。君が僕を待たせている間、波瑠ちゃんは気を利かせて僕の話し相手を務めてくれているんだろう?」
博迪は呆れたように裕の姿を眺めた。
「まあ、そりゃあ分かってんだけどさー…でも、最近は随分と打ち解けていらっしゃるようで? まさかとは思いますけど、やっぱりそういうご関係で?」
裕は茶化すような口ぶりで二人の関係性を尋ねた。しかし、道化た薄笑いを浮かべるその顔は、どこか引き攣っているようにも見えた。
「相変わらず君は嫌味ったらしい訊き方をするな……別に、そんなんじゃないよ。お宅の妹君は、どうせ僕なんかには高嶺の花ですよー」
博迪は半ば自嘲的な口ぶりでそれに応えた。口を尖らせてむくれるような顔をしていた彼は軽く空を見上げたまま、裕の表情は見ていないようだった。いや、もし仮に彼が裕の表情を正面から見ていたとしても、日頃鈍感な彼が裕の繊細な変化に気付けていたかどうかは分からないが。
「と言うか、そもそも君が毎朝僕を外で待たせなければ、波瑠ちゃんが態々話しに出て来ることもなくなるんだぞ?」
「いや、それは何か違う。お前らの恋愛事情のために俺が早起きなんてする訳ねぇだろ? ここで折れたら負けだ……」
裕はここでお得意の我儘を発揮し、小さい子が駄々をこねるように首を左右に振った。年齢に似合わないはずのその言動も、彼がすると「まあ、それもそうか」と受け入れられそうな気がしてくるから不思議である。
「はぁ〜、君はまたそれか! 全くもう……いい歳なのに……それに、恋愛事情なんかないって……」
博迪はさも悩まし気に手で顔を覆った。はあ、と大袈裟なため息が朝の冷気の中で白くなっている。
「はは、悪いって。でも、今日はいつもよりちょっとは早いから大丈夫だろ」
裕は口では謝りつつも特に済まなそうな素振りはちらとも見せていない。先程の博迪の様子からあの二人は本当に無実だと悟ったらしく、ただ機嫌の良さそうな笑みを浮かべていた。
「あ、それもそうだったな! ……というか、今日は早く来いと言った君が遅れるのは……いや、もういいや、うん」
博迪は自分がいつもより早い時間に来たことをようやく思い出したようでまた文句を言おうとしたが、急に諦めた顔をして一人で頷いた。
「あー、はいはい、明日は善処しますよー。まあ、ほら、良いものあげるから機嫌直せよ」
「え? 良いものって?」
博迪は先程までの不貞腐れたような顔など嘘のように目を輝かせている。その様子には彼の持ち味である能天気な明るい雰囲気が良く表れている。
そんな彼の性格を熟知している裕はおおよそ予想通りの反応に更に気を良くした風で、自慢気な笑顔で背中に隠していたものを差し出した。
「ジャーーン! これさ!」
彼が自信満々で差し出したのは、紫色の押し花が貼り付けられている細身の栞であった。
「……おお! 綺麗だな! 裕、君が作ったのか?」
「はは、そうだ。俺の腕も中々だろ? これは親戚からもらった花なんだけど、名前は、何だったっけな……確か、く……? くろ……クロック! そうだ、クロックとか言ったと思う」
「それってもしかして……クロッカス、のことか?」
博迪はいつになく真剣な表情で栞を見つめたまま口を開いた。彼は日頃植物が好きだと公言するだけあり、その手の知識には事欠かないらしい。
「おお、そいつだ! お前は植物が好きだと言うからもしかしたらと思ってたが、やっぱり知ってたんだな」
「ああ! この美しく上品な紫色の花弁に、鮮やかな黄色の雄しべや雌しべ……この前図鑑で見て、中々気に入ったからな! 覚えてたんだ」
博迪は予想外の贈り物が余程嬉しかったようで、じっと栞に見入っていた。そうして黙って真面目な顔をしていれば、彼も裕に遜色ない美青年であることが窺える。彼も元々気品のある整った顔立ちをしており、柔らかい目元が裕とはまた一味違った風味を添えている。気障な振る舞いを本気で格好いいと信じ込み、その信念の通りに行動してしまうところが玉に瑕ではあるが。
裕は満足気に博迪の様子を眺めていたが、彼の口が軽く開いてきている事に気が付くと神経質そうな細い肩を震わせて笑い出した。
「お前はホント、アホ面だなー」
その裕の笑い声を合図に、博迪はハッとしたようにいつもの表情へと戻った。
「し、失礼だな! この美しさに見惚れないなんて、君こそ感受性が乏しいんだろ⁈」
「はは、ソウデスネー。まあ、気に入ってた花だったなら良かった」
博迪はまたもやハッとしたような表情になった。彼は昔から表情が実によく変わる。彼本人は感情を表に出さない、寡黙で冷静な男に憧れを抱いているようだ。しかし、まさにその「冷静な男」である裕には、彼のように表情豊かな方が精神的に鮮やかな人生を送っているように思えるのだ。なるほど、「ないものねだり」という言葉は真理なのだろう。
「そうだ、まだ礼を言ってなかったな。ありがとう、大切にするよ! しかしまさか君から、栞とは言え花を貰うことがあるなんてな!」
博迪はパッと太陽の光がさすような明るい笑顔を友人に向けた。その友人は長年共に過ごしてきた相手に改めてそのような反応をされるのは照れ臭いらしく、いつもより一層気難しそうな顔をして口を開いた。
「ああ、まあそもそも貰い物だしな、気にするこたぁねぇよ。……そうだ、折角だから、『紫の花』の詩を即興で作ってみせろよ」
裕は照れ隠しの為か、少し苦いような顔をして唐突にそう言った。
普段から彼らは文学青年宜しく、文豪と呼ばれる作家の小説の感想を言い合ったり、「文学的な」言葉遊びをしたりということはよくしており、その延長線として創作をして批評し合うことも少なくなかった。
その創作の中でもよくやる遊びの一つに即興の詩を作るというものがある。この即興詩対決は、二人が「連作遊戯」と名付けている、二人で代わる代わる一つの小説を書いていく遊びと並んで、彼らが気に入っている遊びであった。
「えー、いきなりすぎるだろ……最近はそれもあんまやってなかったのに……」
「まあ、細かいことは気にすんなよ。そうだ、それの礼ってことでどうだ?」
博迪は珍しく渋っていたが、彼のその詩才を知っている裕は、彼が押しに弱く頼めば大体のことはやってくれるという性格も熟知していた。
「…分かったよ。全く、横暴なお坊っちゃまには困ったものだな〜……うーん……

―――紫色のその花は
はらりはらりと身を零す
君は静かにそれを聴く
涙で濡れた愛の懺悔を

僕はただ独りになった
寒い街に花は散った
寒い国に愛は散った
寒い世界に君は散った
僕はただ独りになった―――

……どうだ?」
渋っていた割には自信作が出来たらしく、博迪は自慢気な顔でこちらを見てくる。
「ははは、さすがは博迪だな! ふふ、最高だ!」
「あ、馬鹿にしてるだろう⁈」
「そんなことねぇぜ。でも、お前にしては珍しく暗い雰囲気だな。失恋の歌か?」
「ああ、紫色のクロッカスの花言葉は『愛の後悔』だからな」
「へー、そうなのか。『花の貴公子』サマはさすが、花言葉まで知ってんだな」
裕は口では茶化すような事を言っているが、本心では彼の才能に感心していた。確かに即興でこれ程整った詩を作る事が出来るのは大したものである。
そして博迪も、裕が本当は自分の詩に感動している事、そしてそう言った事を素直に言わない性格である事もきちんと分かっていた。
ちなみにこの『花の貴公子』というのは、博迪が普段から植物のうんちくばかりを話しているせいで友人から下賜された、博迪にとっては有難くないあだ名である。
「ふふん、見直したか?でもその呼び方はやめろ」
博迪は自慢気な顔を一層輝かせ、裕の本心を見抜いていることを伝えるように挑戦的な瞳を投げかけた。最後の一言にドスを効かせるのも忘れてはいなかったが。一方博迪に本心を見透かされている事に気付いた裕は、決まり悪そうな顔で俯いて足元の石ころを蹴った。その拍子に、博迪の外套のポケットから金の鎖がちらりと覗いているのが彼の目に入った。その鎖は、博迪が周囲に自慢するために持ち歩いていると言っても過言ではない、アンティークの懐中時計のものだった。彼は普段気障な態度をとるくせに、こういったアンティークのものも好きなのであった。植物といい懐中時計といい彼の趣味の幅は全く留まるところを知らない。
普段ならば彼のその趣味を知っている裕は見慣れたその鎖を見ても気に留めないのだが、今日はそれを見た瞬間一瞬動きを止め、その後ゆっくりと呆れたような、引きつったような微妙な笑顔を貼り付けた顔をあげた。
「博迪〜、時間……今何時だ……?」
博迪はサーっと血の気が引いたらしく、青い顔で懐中時計を取り出した。
「あー! ヤバイ‼ 遅刻するぞ!」
やっぱり、と裕はため息をついた。長々と駄弁っているうちに随分と時間が過ぎていたようだ。
「…走るぞ!」
裕はそのため息から一呼吸置いた後出し抜けにそう叫ぶと、大通りへ向かって駆け出した。
「あ、置いてくなよ!」
博迪も後から走り出した。どうやら彼の方が裕より足が速いようで、あっという間に追いつき、横に並んだ。
「走ればまだ間に合うか?」
「…知らね」
裕はそう答えたものの、この時間ではどれ程急ごうとも間に合う訳がないことはよく分かっていた。彼は元々遅刻などどうでも良いのだ。ただ二人で澄んだ空気の中を駆け抜けるこの瞬間の快楽に、呑まれるように身を委ねているだけであった。
(続)

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