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マングローブ的な生存戦略 ― 奄美大島旅行記

2023年11月、格安航空のセールを使って奄美あまみ大島に行った。沖縄のちょい北にある島である。

奄美大島と周辺の島々

「セールで安いぞ!」と何も考えずにとった便が朝7:00成田発。埼玉の自宅からは始発で出ても間に合わない。空港前泊すると格安便の意味がないため、深夜の2時半に起きて車で成田に向かう。成田空港の駐車場は3日で4200円(早朝割)。人間の宿泊費に比べればだいぶ安い。

島に到着、そこかしこに書かれた「いもーれ」の文字が飛行機を降りた客たちを迎える。沖縄の「めんそーれ」と同じで「ようこそ」を意味する。奄美は行政的には鹿児島県だが、言語的にも文化的にも沖縄圏に属する。このあと行く先々の観光地で「いもーれ」と挨拶されるのだが、イントネーションが微妙に「Good Morning」に近いため外国人と勘違いされてんのかなと思った。

11月なのに半袖で汗ばむ陽気。水分を求めて空港でみきという飲み物を買う。カルピス風の何かだろうと思ったら、飲むヨーグルトなみのべっとりとした粘性がある。甘酒をろ過して固形分だけ取り出したような味で飲むほどに喉がかわく。500mLのボトルを飲み干すのに3日かかった。

1日おくと発酵が進んで酸味が増す

2泊3日で6000円という逆に不安になる値段のレンタカーを借り、海沿いに島内をドライブ。空港周辺は平地でサトウキビ畑がいっぱいに広がり、街路樹にはヤシ、シュロ、ソテツといった南国のアイコンみたいなのがにょろにょろ生えている。

前回の八丈島編では「東京都内だしなんかあるだろ」と舐めプして廃ホテルに迷い込む恐怖体験をしたため、今回はちゃんと事前に計画を立てていく。奄美出身作家の藤井太洋さんに「どこ行ったらいいですか」と聞いたところ「カヌーに乗ってマングローブとか見るといいですよ」と言われたため行く。

マングローブのトンネル

川のカヌーは操縦がかなり難しい。池の貸しボートであればオールを水に突っ込めば抵抗で止まるが、ここでは水自体が動くから川に沿って流されてしまうため、地面に対して静止するのは困難を極める。最終手段として枝を掴んで止まるというのがあるが。

「マングローブというのは特定の植物ではなく、海水と淡水のまじった汽水域に生息する植物群の総称です。塩分が過剰になるので、あの黄色い葉にためて落としているんですよ」といったことをスタッフの方が説明してくれた。恒常性のバケモノみたいな生物だが、よく考えると真冬でもかたくなに体温を37℃に保つ我ら哺乳類も似たようなものである。生きるとは環境に抗うことだ。

1時間ほどでカヌーを降り、再びレンタカーでぬるぬる島内を走る。奄美大島は離島といっても東京23区より広いため、内陸に入ると海の気配はほとんどない。うっかりすると島にいることを忘れそうになるが、とはいえ山の植物を見るだけで本土にない南国の雰囲気が伝わってくる。

ちょくちょく見かけるのは無人販売所。たいていは野菜や果物なのだが、中にはちょっとした雑貨屋さんみたいなところもある。

ハイカラ無人販売

説明書きによると「集落の公民館を建て替える費用集め」とのことなのだが、海で拾ったとおぼしき石や貝殻やアルミの塊を数十円〜数百円が売っているだけなので、これで建設費用を集めるのは宇宙的な時間スケールが必要なのではないだろうか。

よ〜分らんアルミ残がい 200円 安!(原文ママ)

日が傾いてきたころに空港の反対側までたどりつくと、電柱が大量に水没している異様な光景にでくわす。これもマングローブの一種だろうか? と思ったがそんなわけがない。調べてみるとエビの養殖場で、水中に酸素を供給するための設備らしい。

ヨコハマ買い出し紀行かと思った

島の西南端にはホノホシ海岸という名所がある。その位置的な都合から常に荒い波が押し寄せるため、あらゆる石が削られて同じような卵型になってしまう奇妙な海岸である。

巨大な玉石が海岸にびっちりと並んで、そこに荒い波が押し寄せている。よく見ると削られているのは石に限らず、サンゴや人工物も転がっている。ここに来ればみんな丸くなる。ミヒャエル・エンデの小説に出てきそうな童話性がある。

おそらく造礁サンゴの成れの果て
パイプが内部に刺さっている。漁業の道具?


日が沈んでからホテルに向かうと、とつぜん黒い獣がスッと道路を横切ってきた。なけなしの動体視力で認識した限りでは巨大なネズミだが、あとで調べたところ島の固有種である天然記念物アマミノクロウサギであった。危ない危ない。

天然記念物アマミノクロウサギ(環境省のサイトより)

アマミノクロウサギといえば音楽漫画の金字塔『のだめカンタービレ』で一瞬だけ登場する。毒蛇のハブに困った島の住民が天敵のマングースを持ち込んだところ、ハブを食わずに貴重な固有種を食いまくって繁殖したという寓話性の高すぎる(しかし本編とまったく関係ない)エピソードが唐突に紹介されている。

しかし防除活動の成果あってここ数年は奄美大島でマングースは確認されておらず、年内には根絶宣言が出る予定らしい。生き残ったウサギも個体数は回復傾向にあるそうである。来島初日の観光客がドライブ中に出くわしたのが何よりの証拠。


前が見えねぇ(駐車場)

島内のホテルに宿泊し、島の黒糖で作った焼酎などを飲み、一晩明けると台風並みの豪雨。屋外観光は早々に諦めて、ビッグIIという巨大な店で買い物をする。スーパーとホームセンターとドン・キホーテと百均が合併したような店。人生に必要なすべてが揃う。

離島だけあって本土とは物価がだいぶ違う。ドラゴンフルーツが100g78円で売っている一方、牛乳は1L330円と高い。異様に小さいバナナをひと房買って食べる。果物らしい酸味があって普通のバナナよりも好みである。

島のバナナ(自宅にて)

続いて島の名産品である大島つむぎの店に行く。機織り体験コーナーがあるのでやらせてもらう。

手動の織り機。手前の板が椅子になる

張ってあるタテ糸をペダルでガッコンと上下させながら、と呼ばれる器具をシュッと左右に往復させて横糸を張り、「バッタン」と呼ばれるレバーをバッタンと倒して固める、ペダルを踏んでガッコンと経糸の上下を入れ替える。ガッコン、シュッ、バッタン、ガッコン、シュッ、バッタン。ずっとやってるといい感じに精神が無になっていく。

この世の往復運動するものを「シャトル」と呼ぶのはこの杼(shuttle)が語源である。バトミントンのシャトル、体力測定のシャトルラン、イベント会場のシャトルバス、NASAのスペースシャトルときわめて幅広い往復運動に使われているが、確かに機織りほど「往復」を実感する操作はそうそうない。

八丈島の黄八丈もそうだが、人口に比して農地の乏しい島嶼部では、農作物のかわりに機織りが主要産業になることが多い。なるほどこれは往復運動がそのまま経済的価値に変換されていくのが実感できる。

羅生門かな?

雨が止んだので適当に島をうろつく。そこかしこで孵化する前の怪獣みたいな植物を見かける。これはソテツの実で、適切に毒を抜けば食べられるため救荒食として用いられたらしい。本土でいう彼岸花のポジションか。

ソテツの実

博物館の資料によると、かつてこの島は琉球王国の統治下(那覇世なはゆ)、そのあと薩摩藩に支配された(大和世やまとんゆ)が、この大和世では商用作物であるサトウキビの生産が奨励されたため、主食であるコメの生産にもこと欠いて、ソテツの実や皮を食べてしのいでいたらしい(なんとソテツは皮も食べられる)。南国のアイコンにも意外と過酷な歴史がある。

「クロウサギに注意」という本土でまず見ない路面標示

アマミノクロウサギを写真に収めたい、と思って昨日と同じ道を通るが見つからず。おとなしくホテルに戻って寝る。

最終日。テレビをつけると地元ニュースで奄美復帰70周年の記念式典をやっていた。沖縄は1972年までアメリカの施政権下におかれていたが、奄美諸島も戦後8年間だけ同様の境遇にあったようで、この時代を「アメリカ」と呼ぶらしい。まず琉球王国、続いて薩摩藩、それからアメリカと、地理的な都合もあってかコロコロと統治者が変わり、ずいぶん歴史に翻弄されてきた島である。

レンタカーを返して空港に向かうと、おみやげ売り場に「沖縄じゃない」と書かれたビールの看板が置かれていた。傍から見ると「奄美は沖縄じゃない」とわざわざ主張するところに、なんらかの「島の自意識」みたいなものを感じるのであった。



前回の離島旅行記:八丈島



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