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避難所に現れた”妊婦様”

昨夜の台風で私は初めて避難をした。

家の近くの川が氾濫するかもしれないとのことで、市内放送やサイレンが響き渡り恐怖心を煽られたからだ。川の氾濫なんて経験したことがないし、私には守るべきもうひとつの命がある。身の安全を守らねばと思いつつもnoteを書いてから荷物を準備し、夫と共に高台にある避難所へ向かった。

避難所に着くと先に来ていた近所に住む義父が手招きをしている。義母は身重な私を気遣って荷物を運んでくれ、地べたに座らせないようにパイプ椅子を借りてくれた。

「ありがとうございます。」と、そのときは素直に言えた。


けれども空腹に負けた私は後に”妊婦様”になってしまった。


避難所に来てから1時間ぐらいしたところで私はお腹が空いてきた。家を出る前にとっさにバッグに詰め込んできたポップコーンを取り出す。ポップコーンは台風に備えて夫がコンビニで買ってきた特大サイズのおやつだった。

夫にせがみポップコーンを開け、私は欲望のままに食べた。とうもろこしを使っているから少しはお腹が膨れるだろうと思っていたけれども、ちっとも膨れない。これでは一袋食べきってしまうと正気に戻り半分食べたところで封を閉めた。夫は「俺のおやつが非常食になるとはね」と苦笑いしていた。


ふと前を見ると、同じように避難している女性4人組がお菓子を取り出して食べていた。避難といえどもよく準備してきたなと思える種類の豊富さに私はまじまじと4人がお菓子をほおばるのを見てしまった。

食べるものがポップコーンしかなく、ちょっと甘いものが食べたいと思っていた私は夫に小声で話しかけた。

「ねえ、あの隣の人たちが食べてるマフィンおいしそう、いいなぁ・・・」

4人組に対して背を向けて座っていた夫はいきなり妻が言い出したことがわからずに、

「ええ?何?隣の人のマフィン?」と少し大きな声で聞き返してきた。

「ほら、見てみて。隣の人たちが食べてるチョコのマフィンおいしそうでしょ?」

「ポップコーンまだいっぱいあるじゃん。これじゃ足りないの?」

なんて他愛のない会話のつもり、だった。


そしてしばらくすると隣に座っていた女性がすすっと私たちに近寄り、

「これ、よかったら食べてください。」

と、栄養補助食品を差し出してきた。

突然のことで私は固まってしまった。

代わりに夫が「いいですよ、大丈夫ですから。」とオーバーに返事をしていた。

すると私が持っていたポップコーンを見て女性は、

「いや、少しでも栄養があるものを摂った方がいいと思って・・・。お大事にしてくださいね。」

と言って私に1箱まるまる栄養補助食品を持たせてくれた。

「ああ、ありがとうございます・・・。」


私は戸惑いながら感謝の言葉を絞りだした。


戸惑い、と言いつつも、「やったぁー!甘いものもらえてラッキー!」というのが本音だった。なんてやつだ。

夫に一応、いただいていいのかな・・・・?と確認すると、ありがたくいただけば、と少しふてくされて言った。私は数十秒も経たぬうちにびりっと封を開け、悪びれもせずむしゃむしゃと栄養補助食品を食べ始めた。


ここまで書いてきて改めて自覚するが、私は空腹に弱い。読んでくれている方はきっとあきれているだろう。


そうこうしている間に夕食時の時間になり、避難所に備蓄してある非常用のおこわとクラッカーが配られた。夫がお腹が減ってないと言うのをいいことに私はそれをもほぼひとりで独占し、むしゃむしゃと平らげるのであった。

夫は配られたクラッカーを先ほど栄養補助食品をもらった女性にひとつ渡そうとしていたが、断られていた。


数時間が経ち、避難所の消灯の時間になった。雨のピークも過ぎ、川の水位も下がってきたという情報がアナウンスされたので、私と夫は帰ることにした。

帰宅後、夫に栄養補助食品をくれた女性の話をした。

「さっきの女の人、私のお腹が大きいの見て栄養補助食品くれたのかな?すごい優しい人だよね。」


「・・・違うよ。俺たちの話聞いてたからだよ。」

夫はあきれたように答えた。


私は聞こえていなかったのだが、夫が言うには女性が栄養補助食品をくれたとき「さっきの話聞こえちゃって・・・」と前置きした上で渡してくれたのだそうだ。


とっさに夫との会話を思い出す。

私が4人組の女性たちが食べていたマフィンをうらやましがった件。

私はしきりに隣の人のマフィンおいしそうだよね、と繰り返していた。


正しく言えば、隣ではない。4人組の女性は私たちが座る向かい側の人達だった。

本当の位置として隣にいたのは、栄養補助食品をくれた女性だったのだ。


私はハッとした。

女性は私がしきりに自分の食べ物をいいなぁとうらやましがっているのが聞くに堪えなくなって自分の食料を渡したのではないか、と。

しかも女性は旦那さんとお子さんが2人いるお母さんだった。私にくれた栄養補助食品は家族で分けあって食べるつもりで持ってきたであろうものだ。


ほんとになんてやつだ。

私は恥ずかしさでいっぱいになり体が熱くなった。きっと女性に不快な思いをさせてしまっただろう。

自分本位の妊婦様である。

夫は「やっちゃったね。」と苦笑い。


避難所から帰るとき、女性は横になって眠っていたので声をかけずに帰ってきてしまった。

申し訳ないことをした。

空腹で思考力が下がっていたとはいえ、配慮が欠けていた。

私は夫に聞いてみた。

「でも隣で自分勝手なこと言ってるの聞こえたってわざわざあげなくても聞き流してればよかったのに。どうしてあの人はくれたんだろう。」

夫は「そんなこと聞いたらあげたくなるのが人情なんだよ。」

だそうだ。

ここで詫びても仕方がないが、女性にお詫びしたい。

そして、こんな自分勝手な妊婦に貴重な食料を分けてくれて感謝と言ったら嘘くさい、な。

しっかりおいしく頂きました。

何も返すことはできなかったけれど、もう少し人の気持ちに寄り添える人間になりたいと思った。

そして災害はいつ訪れるかわからない。呑気に毎日を過ごせるのは当たり前のことではない。


備えあれば憂いなし。

この言葉を痛感した1日だった。

書いているとエネルギーを使うのか、甘いものか揚げ物が欲しくなるんです。 健康を害さない程度につまみたいと思います。