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焼き鳥に感情移入する客

 残業の帰り、腹が減った僕は小さな焼き鳥屋に寄った。店内はとても静かで人の会話がほとんど聞こえない。ただ、何やら鼻をすする音がよく聞こえる。いったいなんだろう。
 僕は客席に座りレバーを注文した。店員の眼が少し赤いように見えたのは気のせいだろうか。
 品がくるまでの間、僕は店内を軽く見渡す。はっきりとは確認できないがみんな目が充血している。一体どうしたのだろうか。
 三分ほどして品がテーブルに置かれた。僕が串を持つと、女性の客がハンカチで目元を拭った。

「あの、どうかしました?」

 放っておいてもよかったのだが気になって仕方がない。彼女は再びハンカチで目元を拭い、おもむろに口を開いた。

「そのレバーって元は生きていた鶏の肝臓だったわけじゃないですか」
「ええ、そうですね」
「だから鶏が生きていたときのことを思うとつい……すいません、お食事前にこんな話して」 
「あ、いえ。そういうことでしたか」
 
 肉に感情移入する人は初めて見た。というか、泣くぐらいなら来なければいいだろう。なぜ来た。ってことは、ほかの客も? 類は友を呼ぶと言うがここまでとは思わなかった。
 彼女は「お気になさらずどうぞ」と促す。気にするなという方が無理だ。僕は何もないことを祈り、串を一旦皿に置く。それから手を合わせて合掌した。

「いただきます」

 僕は彼女がまた泣き出したりしないか不安に思いつつ、レバーを口に運ぶ。ふと彼女に目をやると、僕に微笑みかけていた。よく見ると結構美人だ。

「このお店に来るのは初めてですか?」

 僕がレバーをさっさと食べ終えると彼女はふいに訊いていた。僕は首肯する。

「そちらは?」
「私はよく来てます。ここお気に入りなんです。ハツとささみが特に美味しいんですよ」
「……へぇ」

 両方とも胸部じゃないか。なんか怖いな。
 
「ハツとささみはよく食べるんですか」 
「はい、つい感情移入して泣いちゃうんですけどね」 
「そうですか」

 来ては食べて泣くのか。忙しい人だな。

「ほかの方もそうですよ。ねっ、店員さん」

 彼女はそう言って近くにいた若い男性店員に微笑みかける。彼はバツが悪そうにそっぽを向いた。そうなのか。

「あんたが毎度毎度泣くからでしょ。そのくせ食うのはハツばっかり」
「ささみも食べるけど」
「たまにじゃないっすか」

 やり取りを見る限りだと仲はいいようだ。暗い雰囲気だった店内も笑いに包まれる。これはいいことだ。
 ひとつだけ言うとしたら、お店のBGMが「おさかな天国」であることだろうか。どうせ流すなら鳥関連の曲にしてくれ。

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