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長編小説『because』 59

 先に二階に上がる彼の後を追い、二階へ歩を進めた。幅が狭く、やたらと急な階段は昇るのが困難で、横に付いていた銀色の手すりを掴んだまま、なんとか二階へ私は辿り着いた。中央に小さな窓の付いた木製のドアを開けると、狭い店内が私たちの前に広がり、テーブルクロスと同じ柄の前掛けをこしらえている女性が私たちを笑顔で迎え入れてくれた。

 テーブル席が窓際にしかないため、私たちは窓際の席に案内され、先ほど外からみたテーブルクロスに触れる。外から見たその赤と白の配色よりも幾分鮮やかな色に見えたけど、それは本当に微々たる差に過ぎない。店内に客は私たちだけで、すぐそこにあるカウンターの奥では、屈強な体つきをし、髭を蓄えた男性が今にも張り裂けてしまいそうな程のサイズのシャツを着て、急か急かと物音をたてながら動いていた。

 私たちを案内してくれた女性はグラスに水を二つ注いでいる。おそらくだけど、まだ店を開けたばかりなのだろう。そんな一日を始めようとする空気が店内には漂っていて、私はその日の第一組目の客として、もてなされているようだった。それはとても気持ちのいいもので、それだけでこのお店を好きになってしまいそうになるくらいで。
「どれにしようか?」
彼が私の方にメニューを差し出してくれた。
「どれにするの?」
と私は彼に聞き返した。
「うん、俺はね、決まってるんだ」
とメニューを見たまま言った。
「ここ、よく来るの?」
と質問を続けると
「たまにね」
と優しく彼が言った。

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