見出し画像

長編小説『because』 68

 二人は隙なく会話を続けた。私がすぐ隣で相槌を打つのさえ難しいくらいに、二人は二人の世界の中で会話をし、それは確かに私の知り得ない内容だったからかもしれないけど、多分、ここにいる三人が共通して知っている人物、事柄の話をしていたとしても、私は今と全く同じような疎外感を味わっていたに違いない。今、確実に私とこの二人の間には見えない分厚い壁があって、たまにその人は私を気にしてか、こちらの方に目を向けているけど、その目だって私ではなく、私の前にあるその分厚い壁に向けられているような気になる。
「ちょっとトイレに行ってくる」
二人の会話が今どの辺りにいるのかなんて全然分からなかった。私は隣でなんとなく相槌を打ってはいたものの、話の筋は全くといっていい程見えなかった。その話が一段落ついたのか、それとも、まだ全然途中にいるのか、分からないけれど、その話の中のどこかで彼はトイレにいくために席に立った。向かいに座っているその人もそれに頷き、彼がトイレに行くその姿を何の抵抗もなく受け入れていた。
 彼が席を立つと、当たり前だけど、そこの席には私とその人二人だけになった。そこには私とその人がいるはずなのに、どうしてか私はまだ一人でいる感覚を拭えずにいた。この感覚は彼と一緒にいる時にいる感覚に似ている、その人は彼ととても似ているのだ。雰囲気、というか香り。人間の匂い。私はその香りを嗅ぐと一人っきりになってしまう。彼や今目の前にいるその人がすぐ側にいようとも、ただ独りでいる感覚に襲われている。

***アマゾンkIndle unlimitedなら読み放題!***
読み放題はこちらのページ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?