少なくとも

『短編小説』第4回 少なくとも俺はそのとき /全17回

「ところで佐伯さぁ、仕事どうなのよ?」
旧友に会ったのは実に三年振りだった。もう会わないと決めていたやつで、以前関係が途切れそうになっていた時にしきりに連絡をくれていたが、俺はそれをしきりに断り続けた。あるようなないような適当な理由を付けては、ただただこいつから離れようと思っていた。
 そんなやつと俺は今一緒にいる。時間というものは実に恐ろしい。自分が持っていた気持ちなんていとも簡単に変えてしまうのだから。
「……ん、まあまあ」
曖昧な相槌を打って、やっぱり今日ここに来なければよかったと後悔した。なんで俺は今日、俺自身をここに来ることを許してしまったのか悔やまれる。
「まあまあって、お前なあ……。っていうか、佐伯が辞めた後結構大変だったんだからな。あまりにも突然だったし、俺に相談もなかったし」
なんで俺が仕事を辞めるのにお前に相談するんだ、と思いながらも、俺は曖昧に頷いた。
 彼と俺は元同僚だ。小学生の頃に勉強に目覚めた俺はそれから中学、高校と必死に勉強をした。いや、勉強ばかりしていては人生など楽しくないと気付いたのが随分と遅かっただけかもしれない。それに気付いた中学三年の夏には、既にそれぞれのグループが出来上がっていて、俺は一人孤立し、グループに入る余地なんてなかった。高校に入学した時に心機一転と思ったが、それまで友達付き合いなんてほとんどなかった俺には、友達の作り方だってよく分からなかった。結局孤立した俺に残されていたのは勉強だけで、「ああ、俺はこういう生き方をするべきなんだ」と悟ったのは高校一年の夏だった。その一年の間、儚い夢を見て、ただ無駄に時間は過ぎ去ってしまっていったのだった。
 勉強しか残っていなかった俺は、その後勉学に勤しみ、名門大学に受かり、大手の広告代理店に入社した。そこで同期入社したやつこそ、今目の前にいる佐々木だった。彼はやたらと俺に話しかけてくるような鬱陶しいやつで、俺としてはもうそういった交友関係みたいなものを諦めていたから、佐々木の存在というのは悪の根源そのものだったけど、結果俺が根負けした形になった。聞けば、佐々木も俺と同じように勉強が友達というタイプだったらしい。新しい会社という場所にどうしても居場所を作りたいがために頑張っていたのだろう。そして俺には自分に似た波長のようなものを感じ取っていたのかもしれない。

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